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「みんなでやった方がいい」 品質基準の適正化 メーカーの垣根を越えて

2026.09.17

トヨタが仕入先と進めてきた、お客様にとって本当に必要な品質を見極める取り組みが、いま自動車業界全体へ広がり始めている。現場の困りごとを起点に、日本の自動車産業の競争力強化につなげる動きを追った。

2026年7月下旬、愛知県田原市の田原工場。この日、普段トヨタの工場ではあまり見かけることのない光景が広がっていた。

レクサスの内外装部品をつくる仕入先と、トヨタの品質管理部門の担当者が、持ち込まれた部品を挟んで向き合う。そのやり取りを、普段は競合関係にあるホンダ、マツダ、スズキ、三菱自動車などの調達・品質担当者が間近で視察していた。

さまざまな作業服が入り混じる会場には、100人を超える自動車関係者が集まり、あちこちで部品を手にした相談が始まっていた。

その場で見て、その場で決める

この日行われていたのは、SSA(Smart Standard Activity=品質・性能基準適正化活動)の「即断即決会」だ。

SSAとは、2017年末にトヨタが仕入先と始めた、競争力のあるモノづくりを目指す取り組みだ。

トヨタと仕入先の間には、部品ごとに品質基準が定められている。しかし、性能には影響しない小さな傷や汚れなど、現場で起こり得るすべての事象まで、あらかじめ基準書に細かく定めておくことは難しい。一方で、基準書に明記されていないものを、仕入先だけで判断するのも簡単ではない。

そのような、生産現場で生じている「困りごと」を持ち寄り、品質基準や判断が本当にお客様の期待に合っているかを、仕入先とメーカーが一緒に見極める。求める品質が行き過ぎていれば適正化し、逆に足りなければ改善する。それがSSAだ。

もちろん、その判断は、クルマを購入するお客様の期待に沿うものでなければならない。トヨタの生産本部を率いる中村好男副本部長は、こう語る。

中村副本部長

まず、お客様の期待値を知ることがベースにあると思います。お客様が強くこだわるところなら、「自分たちが考えていることでは足りない」と気づくこともある。

大切なのは、お客様の期待値と"目合わせ"をしていくことです。

その考え方を、実物の部品を見ながら確かめる場のひとつが「即断即決会」だ。仕入先が生産現場の「困りごと」を実物の部品とともに持ち込み、トヨタの担当者がその場で確認し、対応を判断していく。

例えば、後席用エアコン吹き出し口「リアレジスタ」の樹脂部品。この部品は、溶かした樹脂を型に流し込む「射出成形」でつくられるが、気温や湿度などによって仕上がりが微妙に変わり、ごくまれに風向きを調整する羽根の表面に細かな擦り傷が生じる。機能には影響しないものの、これまでは検査工程で見つけ次第、廃棄していたという。

「発生箇所は分かりましたので、実際にクルマに付けた状態で見てみましょう」

トヨタの担当者は会場内に置かれた実車の後席に座り、部品を実際の取り付け位置に合わせながら、お客様と同じ目線で確認する。

「座ったところから擦り傷は見えないですね」

傷が発生するのは羽根の下面。足元から見上げない限り、視界には入らない。その場で「良品として使用可能」と判断され、担当者が署名した。

別の事例は、前席の間にあるセンターコンソールのふたに使う表皮だ。製造時、表面へ筋のような跡が出ることがある。実車で確認すると、白色では目立ちにくい一方、黒色では光の当たり方によって筋が目立った。

「筋の出方が異なるサンプルをいくつか見比べて、許容できる線を見極めたい」と、この案件は「判断保留」となった。

「即断即決」の名の通り判断は早いが、必要に応じて実車で確認し、判断が難しければ保留する。スピードを重視しながらも、結論ありきではない。

SSAは「品質を下げる活動」ではない

これまで仕入先が「不良」と判断していたものを「良品」とする活動、と説明されれば、購入する側からすると不安を覚えるかもしれない。しかし、トヨタでSSAの全社リーダーを務める西原正二主査は、「SSAは品質を下げる活動ではない」と強調する。

西原主査

お客様の安全、安心と期待値に合わせて基準を適正化し、競争力のあるモノづくりにつなげていく。それがSSAの目指すところです。品質を一方向に緩める活動ではありません。行き過ぎているところは適切に調整する一方で、足りないところは真摯に改善します。

例えば、性能や機能には影響しないにもかかわらず、外観上のわずかな違いによって廃棄や手直しが発生していたケースもあります。曖昧だった品質基準を明確にすることで、不要な検査や廃棄を減らし、そこで生まれた余力を、さらなる工程改善や品質向上に振り向けていくことができます。

なぜそうした「行き過ぎ」が生まれてしまうのか。背景のひとつにあるのは、品質を守ろうとする現場の積み重ねだ。「即断即決会」に参加したトヨタ紡織の中村和彦主査は、仕入れ先の現場についてこう説明する。

トヨタ紡織 中村和彦主査

車両の内装部品では、外観品質について明確な良品条件や規格が定められず、「異常なきこと」という指示のもとで検査していたものもありました。そのため、見た目が少しでも悪いものは、「後工程から何か言われないように」と、仕入先が自発的に廃棄していたケースもあります。

品質を守ろうとする想いが、結果として本来必要とされる以上の検査や判断につながることもある。廃棄が増えれば製造ロスにもなる。それでも、仕入先から自動車メーカーに「ここまでの品質が本当に必要ですか」と問いかけるのは簡単ではない。

SSAは、そうした困りごとを、仕入先とメーカーが本音で話し合うための枠組みでもある。

ただし、すぐに「これは許容しよう」とするわけではない。西原主査は、「モノづくりの現場として、まずは発生源対策をする」と説明する。SSAの出番となるのは、生産工程での対策や改善を重ねたうえで、なお一定の割合で現象が残る場合だ。そうしたときに初めて、お客様の期待値に照らして、その状態が本当に問題なのかを検証する。

「何かあったら言ってください」では言ってもらえない

SSAは、仕入先が困りごとを声にするためのきっかけにはなる。だが、長年の取引関係の中で生まれた遠慮や不安まで、仕組みだけで取り除けるわけではない。西原主査は、そこに「心の壁」があると話す。

西原主査

仕入先にとっては、納入先に困りごとを相談したときに、「次回の受注や価格に影響しないか」「もっと厳しいことを言われないか」と考えてしまう。そうしたことが心の壁になっています。

これはメーカー側から壊していくしかありません。その“忖度の壁”を壊すきっかけとパワーを与えてくれるのがSSAだと思っています。SSAは、仕入先の現場の困りごとを解決する仕組みでもあります。

こうした「仕入先の本音をどう引き出すか」という課題は、今回初めて浮かび上がったものではない。トヨタの労使でも、以前から繰り返し議論されてきた。

2021年の労使協では、仕入先の現場から「トヨタの基準が過剰ではないかと思いつつ、その基準を満たすことに終始している」「その結果、多くの廃棄品が出ている」といった声が紹介された。組合側からも、「何かあったら言ってください、では言ってもらえない」との指摘が出た。

2022年の労使協でも、SSAを通じて仕入先の現場に入り込んできた幹部職から、同じ課題が語られている。当初は「仕入先の収益改善を」という想いで活動を始めたものの、振り返れば、そうした発想自体が「上から目線で壁をつくっていた一因だった」という。仕入先の作業服を着て、その一員として現場に入り、トヨタの各部署に掛け合う。時にはトヨタ自身の評価方法の見直しにまで踏み込む。そうして初めて、少しずつ仲間として認められてきたという。

2018年以降、トヨタ全社事務局が扱うSSA案件は年々増加。2025年までの累計は約7,500件に上り、そのうち67%が採用されている。仕入れ先が困りごとを声にし、メーカーと一緒に解決策を探る。その積み重ねは、現場にどんな変化をもたらしているのか。

田原工場での「即断即決会」の視察後、一行は静岡県湖西市の浜名プラスチックを訪れた。豊田合成のTier2仕入先として、主に空調用レジスターなどの樹脂部品をつくる同社は、現場で生じる困りごとを豊田合成と一つずつ相談してきた。SSAの提案実績は、仕入先の中でもトップクラスだという。

浜名プラスチック 佐原弘恭社長

SSAは本当にありがたい取り組みです。以前、特に検査工程では、見えるか見えないか微妙なものまで、目を皿にして見つけようとしていて、現場の負担は相当なものでした。

SSAで確認し、合意できた部品については、検査工程の負担や製造ロスが減ります。その結果、従業員の残業が減ったり、別の工程の対策に手を回せるようになったりしました。

仕入先が声を上げ、メーカーと一緒に基準を見つめ直す。その効果を実感する現場は、少しずつ増えている。

一方、活動を広げるほど、トヨタグループだけでは解決できない課題も見えてきた。

「トヨタだけ変わっても、うれしくない」

仕入先から、そんな声が聞こえるようになった。

多くの仕入先は、複数の自動車メーカーと取引している。当然、メーカーごとに、それぞれのお客様やクルマづくりの考え方があり、品質の判断基準も異なる。違うこと自体が問題なのではない。難しいのは、複数のメーカーと取引する仕入先が、そのすべてに対応しなければならないことだ。

同じ生産ラインで複数メーカー向けの部品をつくっている場合、あるメーカー向けの基準だけが適正化されても、仕入先は引き続き、それぞれ異なる基準に対応する必要がある。場合によっては、現場の管理がかえって複雑になることもある。

そうした仕入先の声を踏まえ、トヨタは2022年から、他の自動車メーカーとの連携を進めていった。田原工場での即断即決会に各社の調達・品質担当者が集まっていたのも、その取り組みの一環だ。

西原主査

各社と意見交換をしたり、仕入先を一緒に訪問したりして、SSAのメリットや必要性を現地現物で体感いただく活動を進めてきました。ただ、一社ずつ進めていたら、1年、2年、3年、あるいはもっとかかるかもしれない。

業界団体の枠組みでSSAをやれば、複数社と取引がある仕入先にとってメリットがあるし、取り組みが広く浸透すれば業界全体のためになる。そんな機運が自然と高まっていきました。

2025年4月、日本自動車工業会(自工会)と日本自動車部品工業会(部工会)によるSSA合同ワーキンググループ(WG)が発足。翌2026年3月には「SSA推進宣言」を発出し、業界全体で各社の活動を後押しする姿勢を示した。

さらに7月14日には、自工会・部工会が共同でメディア向け説明会を開催。SSAをトヨタの取り組みにとどめず、日本の自動車産業全体の競争力向上につなげていく狙いを改めて説明した。

競うところ、協力するところ

とはいえ、競合する自動車メーカーが何でも共通化できるわけではない。自工会・部工会のSSA合同WGでは、価格や数量、取引条件、各社固有の技術や未公表のノウハウなど、競争に関わる領域は扱わないと定めている。共同で議論するのは、外観品質など、お客様の購買選択への影響が小さい「非競争領域」が中心だ。

7月のメディア向け説明会で、自工会・部工会のSSA合同WGの活動について説明した豊田合成の行元恒平さんは、こう語った。

豊田合成 行元恒平さん

写真:JAMA BLOGより

SSAの基本は各社での活動です。そのうえで、自工会・部工会のSSA合同WGが、共通課題の整理や事例共有、推進宣言、ガイドラインづくりなどを通じて、個社の活動を支援していく構造になっています。

各メーカーの品質基準そのものを一つにそろえるのではなく、それぞれが自社の責任でSSAを進めながら、業界で共有できる困りごとはメーカーの垣根を越えて持ち寄ることで、解決までのスピードを高めていく考え方だ。

競うべきところは競う。一方で、協力できるところは、自動車メーカーの垣根を越えて力を合わせる。そうした協調を、サプライチェーン全体の生産性や持続可能性、ひいては日本の自動車産業全体の競争力向上につなげていくことを目指している。

田原工場での「即断即決会」を視察した他の自動車メーカーの担当者からは、その現在地について率直な声も聞かれた。

自社の取り組みは、まだ発展途上だと感じています。定期的にこうした会を開いたり、その場で良否を判断したりする仕組みも、まだ十分ではありません。

SSAは進めた方がいいと感じていますが、そのメリットを社内にどう伝え、活動につなげていくかも課題だと思っています。

また別のメーカーの担当者は、田原工場と浜名プラスチックの現場を見て、「我々もやらなければならない」という想いを強くしたという。

田原工場では、若手の担当者がその場で判断し、「これでやってみよう」と前に進める姿勢が印象的でした。浜名プラスチックでも、つくりやすい部品なら品質も向上することを実感しました。

モノづくりの競争力を維持・強化するには、こうした取り組みを繰り返していくことが大切なのだと改めて思いました。

各社が抱えている課題も、進め方もそれぞれ異なる。だからこそ、同じテーブルで課題を持ち寄り、ともに考える場として、自工会・部工会のSSA合同WGには意味がある。

SSAをもっと大きなうねりに

SSAが業界全体へと広がる先に、どんな姿を描くのか。中村副本部長は、業界で活動を進めるうえでは、各社の違いを知ることから始める必要があると話す。

中村副本部長

メーカーの垣根を越えて活動を進める難しさは確かにあります。各社で向き合うお客様も、その期待値も異なる。だから、まずはお互いがどう違うのかを知ることから始めればいい。

いきなり「合わせよう」とするのではなく、まず互いを知ったうえで、どこまで一緒にできるのか。そこはコミュニケーションを重ねながら進めていけばいいと思います。

SSAのもうひとつの広がりは、海外だ。トヨタでは北米にSSAの専任チームを設けているほか、欧州やアジアでも活動を展開している。

西原主査

海外への展開はまだ道半ばですが、「なぜSSAを進めるのか」「どういった効果が期待できるのか」まで理解して、自分たちで活動を進めようとする現地のメンバーは増えてきています。

日本で決めた基準や手法を、そのまま海外へ持ち込むわけではない。中村副本部長は「地域のことは、その地域のお客様を一番よく知る人たちが主体的に取り組むのがいい」と話す。

中村副本部長

日本のやり方を押し付けるのではなく、それぞれの地域のお客様の期待値を学び、理解して、適正化の活動に落とし込んでいく。それを日本からしっかりサポートしていきたいと思っています。

北米トヨタでも、現地現物で仕入先の困りごとを確認しながらSSAの取り組みを進めている

そして、中村副本部長がSSAの先に見据えるのは、さらに大きな広がりだ。

中村副本部長

今はSSAという活動ですが、もっと大きなうねりとなって、自動車産業で働く550万人の仲間に伝わっていく。いわゆる"オールジャパン"の動きのきっかけにもなっていけるといいと思います。

一社ではなく、みんなで。
競うべきところは競い、力を合わせられるところでは、ともに変わっていく。

SSAは、日本の自動車産業をもっと強くするための取り組みへと広がり始めている。

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