トヨタが堺市と実証実験を開始する。119通報だけでは把握が難しい災害にドライブレコーダーを活用し、消火、救急、救助にあたる。この取り組みが見据える未来とは?
「ものの始まりなんでも堺」
現在は、ドラレコ400台という限定的な取り組みにとどまっているが、より多くの事案でシステムを有効に機能させるためには、町中のさまざまなクルマから情報を得られるのが理想となる。
つまり、多くのドライバーの協力が必要だ。
「自分のクルマがとらえた映像が誰かを助け、誰かのクルマの映像が自分や大切な人の命を救うかもしれない――」
誰もが当事者になりうる状況の中、トヨタと堺市は共感の輪を広げていく活動を地道に、粘り強く続けていく。
同時に、忘れてはならないのは、プライバシーへの配慮である。
今回の実証実験においては、有識者にアドバイスをもらい、市民へのヒアリング調査などを行いながら進めている。
しかし、街中を散歩する人の中には、対象のドラレコに自らが映り込む可能性があることに抵抗感を持つ人もいるだろう。
トヨタと堺市は、システムの有用性だけでなく、プライバシーの尊重をこの活動のもう一つの軸に据えている。
塚本課長は言う。「乗り越えなければならないことはまだまだたくさんあります。ですが、そういった苦労も誰かが最初にやらなくてはいけません。その基盤づくりに取り組んでいきたい」。
鉄砲、自転車など、さまざまな技術・文化の発祥の地となってきた堺市。「ものの始まりなんでも堺」という進取の気性はここにも顕在だ。
社会インフラ化するモビリティ
「私たちの使命は、交通事故や火災で亡くなる人をゼロにすることです。命を守るということに関してはトヨタと非常に共通点が多いと思っています」
塚本課長は今回の取り組みへの共感をこう表現する。
クルマがますます社会とつながり、インフラの一部になっていく。そんなことを実感する一つの事例がこの消防向けドラレコ映像活用システムだ。
今年1月、豊田章男会長、佐藤恒治社長の新しい体制を発表したトヨタイムズの生放送で、佐藤社長はこんな決意を口にしている。
佐藤社長
新チームのミッションは、「モビリティ・カンパニー」への変革です。その根底にあるのは「すべての人に、移動の自由を」という願いです。
これからのクルマは、モビリティとして、インフラをはじめとする社会システムの一部になっていきます。
こうした変化の中で「これからもクルマが存在してほしい」。世の中の皆様からそう言っていただけるようクルマを進化させ続けていくこと。それが、私たちの仕事です。
モビリティ・カンパニーへの変革とは、2018年1月、当時の豊田社長が米CESで打ち出した構想だ。自動車の会社を超え、移動を通じて、人の暮らしに貢献する会社でありたいという決意を示している。
それ以来、トヨタでは、変革に向けた数々の取り組みが動き出している。
その多くが既に確立された本部や部署のプロジェクトとして進んでいる一方で、個人の問題意識から生まれ、組織の枠組みを越えて、共感者を得ながら動いていく活動もある。
始まりは、それぞれに異なるが、正解のない変化の時代、一つひとつのチャレンジがトヨタの変革を後押しする力になっていくはずだ。
そんな中でも変わらない、モビリティ社会の究極の願いが「交通死傷事故ゼロ」。これからもクルマが必要とされ、幸せを量産できる存在であり続けられるよう、トヨタはこの課題に向き合っていく。