記録的な暑さ、相次ぐ自然災害――。電力問題が注目を集める中、トヨタが住宅用蓄電池を発売。新しい領域に足を踏み入れたワケを取材した。
手づくりのプロジェクト
「おうち給電システム」の開発が始まったのは、2020年6月。
「トヨタが培ってきた安心・安全な電池技術を、もっと世の中の役に立てよう」という社内の方針を受け、車載電池の設計を担うEHV電池設計部でワーキングが発足。同部の新規事業として、産声を上げた。
プロジェクトメンバーに任命されたのは、PHEVの電池制御を担当していた久保和樹主任をはじめ、20~30代の若手部員20名。
電池の設計を手がけてきたとはいえ、全員、住宅用についての知見はゼロだった。
クルマの開発期間は一般的に4~5年。しかし、住宅用蓄電池の場合は、各社、さらに短い期間で新商品を投入している。
最後発のトヨタが悠長に取り組んでいられるはずもなく、開発陣に与えられた期間は2年。スピード開発が要求された。
さらに、トヨタの名前で世に出す以上、安心・安全な品質は絶対条件。でも、競合との価格差もできる限り抑えなければならない。
「未知の領域で、まったく手探りだったので、ただただ、不安だった。でも、メンバーの中には、新しいことをやり遂げようという気概もあった」(久保主任)
品質、価格、スピード。そのすべてを実現するため、既に実績と信頼性のある自動車部品を活用した。電池はPHEVのものを半分にして、極力、追加の手間をかけないよう設計。
また、電力の制御を行うECU(Electronic Control Unit)やリレー(継電器)などの重要部品も、自動車用のものの制御を最適化して使うなど、部品の半分は横展開した。
その他、開発費を抑えるため、自分たちでできることは自ら取り組んだ。
住宅での評価テストは、グループ会社のトヨタホームの協力で、住宅展示場を貸してもらい、開発陣が住み込んで、データを収集した。
蓄電量の確認や運転モードの設定などを行うアプリの開発でも、モニター調査を外注するのではなく、開発陣が社内の仲間に協力を依頼。5日間で、220人の声を拾い集めた。
さらに、広報活動の予算もなかったため、ウェブサイトの動画やパンフレットにはモデルを使わず、久保主任とご家族が出演するなど、手づくりで広報ツールを整えた。
久保主任は「商品を開発するだけでなく、部品の調達や組み立て、広報や施工に至るまで多くの仕事に携わった。メンバーのみんなが、今までの仕事の延長線上ではできない経験ができた」と収穫を語る。
失敗で学んだトヨタの価値観
後に、新しい取り組みに共感してくれた元町工場、新事業企画部のメンバーが仲間入りしたことで、開発品をつくって、売るところまでがつながった。ただ、全員、“家電”を扱うのは初めて。失敗は度々にわたった。
例えば、当初は販売や施工まで考えが至っておらず、製品ができあがってから、重さが基準を超えており、設置に重機が必要だということが発覚した。
何とか重機を使わずに済むようにと、開発陣は部品を小分けにして重量を抑え、現場で組み立てる方法をとることに。
しかし、つくり手のミスを後工程に負担させただけ。「施工業者の手間を考えていない」と厳しい指摘を受けた。
また、家電なら当然だが、商品の梱包、発送は生産者が行う。しかし、クルマにはその概念がない。
製品にキズが付かなければいいだろうと、自動車部品で使用する既存のサイズの箱に詰めた結果、「サイズが大き過ぎる。運ぶことまで考えられていない」と現場は困惑。再度、施工業者に迷惑をかけてしまった。
「『お客様第一』『YOUの視点』とこれだけ口酸っぱく言われていながら、自分自身、こんなにも想像力が欠けていたのかとショックだった。初めてご一緒する方々に、商品をお客様にお届けするとはどういうことか、たくさんのアドバイスをいただいた。つくる人だけでなく、売る人も一緒になって、商品をつくり上げていった」(久保主任)
初めての経験の中で遭遇する問題にひとつずつ向き合いながら、プロジェクトメンバーは「お客様目線」を学び直していった。
そんな数々の失敗と苦労を重ね、8月24日、「おうち給電システム」は発売に至った。