消えない葛藤 稼働できない工場で起こっていること

2022.09.15

納車をお待ちいただいているお客様がいる。一刻も早くクルマをつくりたい。現場の苦悩を記していく。

「本音しか話しません」

取材冒頭に発せられたこの言葉に、現場の覚悟を感じた。終わりの見えないコロナ禍や半導体不足、クルマをつくりたくても身動きできない状況に、愛知県豊田市にある元町工場 総組立部の明里雄二次長は内情を包み隠さず話してくれた。

ビニールで覆われた新車たち

編集部が現場を訪れたのは7月。工場建屋に入った瞬間、異変に気付いた。賑やかで活気にあふれる工場が、静まり返っている。組立ライン上の大量のクルマはビニールで覆われ、止まったままだ。

日本中で多くのお客様が納車を楽しみに待っている。販売店や、部品などを納入してくださる仕入先の皆様も待っている。一刻も早くクルマをつくりたい。でも、つくれない。

取材冒頭の「本音しか話しません」という言葉には、この異常事態を“キレイごと”として伝えてほしくないという想いと、迷惑をかけてしまっているお客様や販売店、仕入先への想いの強さが伺えた。

この記事ではリアルな現場の空気をそのまま記していく。

さみしいですよ。静かな工場は工場じゃないです

今回取材した元町工場は、乗用車の黎明期であった1959年、“東洋一の乗用車生産工場”として稼働を開始し、今ではクラウンやbZ4X、MIRAIなどを製造。約5500人が働いているのだが、今年6月下旬から9月の頭まで2カ月以上にわたって、稼働がストップしていた。

「私はこの工場と同い年」という明里次長は、会社生活のほとんどを元町工場で過ごしてきた。稼働停止がつづくなか、「工場が止まっている今だからこそ、普段はできないことをいっぱいやりました。と、本当は自慢したい。でも・・・」と語り、こう続けた。

明里雄二 次長

止まっているラインで、班長や組長が部下に訓練・模擬を行っています。ラインが止まっているから何もできない訳ではないんです。

4S(整理・整頓・清掃・清潔)をしながら、(クルマをよりつくりやすい工程にするための)改善活動にも取り組んで進歩している。人材育成として将来の貯金にもなっている。ただ、動いているラインで、目の前の仕事ですぐ役立つことを教えてあげられないという悩みもある。

さみしいですよ。“暗い静かな工場は、工場ではない”ですよ。お客様に待たせているなかで、すごく心が痛いです。

同部第1組立課の金田成一郎課長も、同じような苦しさを口にした。そして時間ができた今、工場のメンバーが何をしているかを教えてくれた。

金田成一郎 課長

安全や品質などイチから目的を再確認しています。「過去にこういうことがあったから、今はこういう形になっている」「年末はこうなるから、体制をこう変えていこう」と。

今まで忙しくてできなかったことも、時間があるから確認できる。過去の失敗を本当の意味で理解できる。そして先輩と後輩で一緒にやる。何度でもやる。やらされているのではなく、目的を理解することで、より自主的に動けるように体質改善しています。

部下のために、上司が成長する

クルマをつくれないなら、働きやすい仕組みをつくる。工場内の至る所で体質改善が進められていた。

部品を載せた台車を、組み付けるクルマのすぐそばまで近づけられるように改善。作業がラクに、時間のムダも削減できるという
台車を引き出すと、磁石の力で必要な部品が必要な分だけ取り出せる「からくり機構」も。知恵を使いムダな電力は使わない

作業のやりづらさを部下から聞き出し、工場の既存材料で上記写真の機構をつくったのが第1組立課の足立圭吾さん。自身も購入したクルマの納車待ちだそうだ。「自分も早く欲しいように、多くのお客様に少しでも早くお届けしたい。クルマをつくれないことが本当に悔しい」と話す。

工場内の多くの場所で、メンバーが話し込んでいる姿が見られた。足立さんが考えた機構のように、良いものはどんどん横展(横展開)で情報共有しているという。安全、品質、生産、人材育成…。あらゆる面で全体の底上げを図っているのだ。

明里次長は「部下の話を聞き、上司が改善する。さらにそれを他人に説明することで上司が成長する」と話す。

先が見えない不安、お客様や販売店、仕入先への想い。その葛藤

工場はクルマを組み立てるだけの場所ではない。仕入先から納品された部品を、各ラインに届けるチームも重要な存在だ。元町工場総組立部 物流課の坂井克久課長はこう話す。

坂井克久 課長

稼働停止になった当初は正直、体がラクになることもありました。でも二回三回と続くと「大丈夫なんでしょうか?」と若手から不安の声が届くことも。生産現場は、やること、やる量、やる時間が決まっていることには強い。でも「何をしようか考えよう」となると弱い面もある。

とはいえ物流領域でも、かなり改善活動ができました。「分かっているようで分かっていないこと」を改めて理解することで、仕事への取り組み方が変わってきています。

元町工場では一日に約1300箱もの部品を納入。同じ量の空箱を返送している。しかし今年前半、忙しさや種類の増加に伴いミスが起こった。部品が入ったままの箱を返送してしまい、不足分を仕入先に急遽追加納入していただくという迷惑をかけてしまったのだ。

箱についたカンバン(生産や運搬に必要な情報が書かれたカード)で管理しているが、カンバンが外向きに見えないまま積んでしまい、空箱に交じって未使用の部品が返送されることがあった

このようなミスをなくすため、若手メンバーが自主的に動き出した。経験のない新人でも標準作業を簡単に正しく理解できるよう、作業工程の注意点を知らせるビデオを自主制作。動画で誰もがひと目で分かる“教科書”をつくったのだ。

「このビデオが私たちの財産になっている」と話す物流課の鈴木佑組長
「全員の責任感を高めれば、仕入先様にご迷惑をかけずに済む」と同課の山際大地さんは語る

自分たちのちょっとしたミスで、仕入先のどれだけ多くの方に迷惑がかかるか。さらに大切な部品がムダに廃棄されてしまう可能性もあること。新人を含めた全員で再確認し、責任感を高めるために話し合いも増やしたそうだ。

トヨタには、仕入先を「トヨタの分工場」と考え、「共存共栄と相互繁栄」を目指す思想がある。これまで、作業者一人ひとりにまで徹底できていなかったが、改めて振り返ることでその思想を受け継ぐ人材の育成も進めている。

とはいえ、工場の稼働停止がいつまで続くのか、現場には不安が渦巻いている。萱森新之介さんが胸の内を明かしてくれた。

「出勤すべきか休むべきかも直前まで分からない。期間従業員の皆さんや、他部署から応援で来ていただいている方など、立場もバラバラなので、チームのモチベーションが落ちかけたこともあった」という。しかし「コロナ禍や半導体不足など、自分ではどうしようもない問題だからこそ、自分でできる改善活動を行うように意識している」と話す。

改善活動は工場建屋外にまで広がっている。元町工場の第1ラインでは、クルマの動力源であるパワートレーンが異なる4車種を同じラインで製造。

そのため部品点数が多く、一部を工場内の別の場所で引き取り、そこから10tトラックで生産ラインに運ぶチャレンジを行っていた。そのトラックからオイル漏れがあった際にどうするか。

4tトラック用の紙の対応マニュアルしかなかったため、ビデオマニュアルがつくられ、多くのメンバーが新しい車両に異常が発生したときの対応を学べるようにした。

この取り組みを進めた松下育央TL(班長)は、稼働が止まっている時間を利用して大型一種の免許を取得。「普段は忙しくて免許も取りに行けない。この期間を有効に使わせてもらえた」と振り返る。

「地域の皆様があってこその工場。オイル漏れで地域の環境に迷惑をかける訳にはいかない」と松下さんは話す

生産ラインは稼働できない。しかし「つくること」を生業にしている工場の人間たちは「止まる」という選択肢を選ばない。どのような状況になろうと、自分たちの手で目の前の状況を動かそうと改善を試みる。

前例なき長期の異常事態。先が見えず、底知れぬ不安がある。しかし、「お客様に早くクルマを届けたい」といったブレない共通の軸。そして現場で汗をかきつづける人間の力が、これからも「いいクルマづくり」を支えていくように思えた。

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