ヤリスの欧州COTY受賞は、欧州でどう受け止められているのか。反響を探るべく、森田記者が現地で事業や生産、販売に携わる3名に取材した。
2021年の欧州 カー・オブ・ザ・イヤー(以下、欧州COTY)を受賞したヤリス。欧州といえば、2050年のカーボンニュートラル達成に向け、脱炭素の先頭を走っている地域だ。顧客の環境意識も非常に高く、実際に電動車は急速にシェアを伸ばしている。そんな地域だから、欧州の自動車メーカーも電気自動車(BEV)やプラグインハイブリッド(PHV)といった電動車の投入に熱心で、力の入ったモデルを投入している。実際、今回の欧州COTYの最終候補に残った7台には、フォルクスワーゲンのID.3やフィアットの500といったBEVが含まれていたことからも、欧州の電動化に対する意識の高さがうかがえる。
そんな中、最終的に選ばれたのはハイブリッド(HV)を搭載するヤリスだった。ヤリスが搭載するハイブリッドシステムは高効率を誇る最新世代だが、そのアイデアの原型はトヨタが1997年に初代プリウスで提案し、20年以上育ててきたもの。決して目新しい技術ではない。なぜ今、HVのヤリスが、脱炭素で世界をリードする欧州で受け入れられ、評価されているのだろうか。欧州においてヤリス、そしてトヨタという会社がどのように見られているのか、欧州でヤリスの事業や生産、販売に携わる関係者たちを、森田記者が取材した。
ヤリスが激戦を勝ち抜いた理由
<トヨタ・モーター・ヨーロッパ マット・ハリソンCEO>
まず話を聞いたのは、欧州におけるトヨタの事業活動を統括するトヨタ・モーター・ヨーロッパ(TME)のマット・ハリソンCEOだ。欧州販売のトップという立場から、ヤリスの欧州での展開を率いてきた。そんなハリソン氏だが、欧州COTYの頂点に立つことができたのは驚きだったという。
森田
欧州COTY受賞おめでとうございます。
ハリソン
トップ3に入る自信はありましたが、まさか受賞できるとは思っていませんでした。とても誇りに思っています。とりわけ今回ヤリスの開発に携わった日本、欧州のメンバーは喜んでいます。
森田
トップ3になる自信はあったけど、トップになる自信はなかったとおっしゃいましたが、これはどうしてでしょうか。
ハリソン
新型フィアット500やフォルクスワーゲンID.3のように、BEVの強力なライバルがいましたし、それぞれ地元のジャーナリストたちが強く後押ししていたからです。
森田
それだけ競争が激しい中を勝ち抜いての受賞だったのですね。
ハリソン
今回最終候補に残ったクルマは、強力なブランドや素晴らしいモデルがそろっていましたし、その中にはBEVも含まれていました。その中でヤリスが勝ち抜いたのは、本当に信じられない思いです。
そんなライバルたちに対抗するために、最終選考のプレゼンテーションでは3つのポイントをアピールした、とハリソン氏。そのひとつは、ヤリスの売り上げの80%以上がハイブリッドモデルであることだ。走行中の二酸化炭素排出量という面だけを見れば、HVはBEVにはかなわない。走っている時、BEVはまったく二酸化炭素を出さないのだ。ところが、現状BEVは航続距離の不安もあり、一部の市場を除いて販売台数はまだまだ多くないため、環境へのインパクトは限定的だ。一方のヤリスは、最終選考車種の中でも2020年の販売台数は約20万台とシュコダのオクタビアと並びトップの販売台数を誇る。その8割以上がHVだから、二酸化炭素削減への貢献は大きい。
2つ目は、GR YARISの存在。ヤリスは、単に「環境に優しい実用車」というだけではない。欧州の道を走り込んで鍛え上げられた走りも高く評価されている。そんなヤリスのエモーショナルな側面を象徴するのが、GR YARISだ。WRC(世界ラリー選手権)をはじめとする「レースで勝利する」ことを起点に生み出された生粋のスポーツカーは、その素晴らしいドライビング体験によって、トヨタの走りへの情熱をアピールした。
そして最後のポイントとして、豊田章男社長自らもヤリスに多大な情熱を注ぎ込み、審査員たちに熱いビデオメッセージを送ったことが欧州COTY受賞の「強力な後押しになった」とハリソン氏は振り返る。
受賞につながった、勇気ある決断
ここで、ハリソン氏は満面の笑みで欧州COTYのトロフィーを取り出して見せてくれた。両手で支えられたトロフィーは、ずっしりと重そうだ。欧州COTYは、例年ジュネーブモーターショーの期間中に会場で授賞式が行われている。ところが2021年はコロナ禍の影響で、ショーそのものが中止となり、授賞式はオンラインで行われることになった。ハリソン氏はTME本社があるベルギーのブリュッセルから参加していたため、その場でトロフィーを受け取ることはできなかったが、ちょうど手元に届いたのだという。「これから豊田社長の元に送りますが、今はちょうど手元にあるのでお見せしますよ」とハリソン氏。
森田
トロフィーの重さには、いろいろな方の努力が詰まっているのではないですか?
ハリソン
はい、すばらしい例えですね。今回の開発の背景には非常に多くの人たちの努力がありました。誰もがこのセグメントで最高のクルマをつくろうという思いにあふれていました。
おそらく2015年ごろだったと思いますが、開発に当たり非常に難しい決断をしました。当初の計画より発売時期を遅らせるという決断です。発売を延期すると、ヤリスはライバルと比べて最も長いライフサイクルを持つことになり、ビジネス上のリスクも出てきます。とても勇気がいる決定でしたが、振り返ってみればこれは正しい決断でした。この決定のおかげで、競争力を高めることができました。それが今回の受賞にもつながっていると思います。
発売時期を遅らせてまで「もっといいクルマづくり」にこだわった結果、高い品質や耐久性という従来の延長線上にある価値だけでなく、より商品力を重視する若い世代にも訴求できるモデルに仕上がった、とハリソン氏はいう。
「欧州におけるトヨタのイメージは変わりましたか?」という森田記者の質問に対し、ハリソン氏は「変わってきている」と明言。2015年ごろまではトヨタに対して固まったイメージがあったが、それ以降、大きく変わっているという。TNGAプラットフォームの導入や、C-HRをはじめとするエキサイティングなモデルの登場、ハイブリッド車の成功といった要素がブランドイメージの向上につながった。そしてもちろん、WRCの成功もブランド強化の一因となっている。「今回の欧州COTYの受賞によって、これまで培ってきた良いブランドイメージがさらに向上するはずです」とハリソン氏は強調する。
ハリソン
ヤリスはトヨタにとって欧州で最も売れていて、同時に最も現地で生産されているモデルでもあります。そして2021年の第1四半期、ヤリスは乗用車として欧州で最も売れたクルマとなりました。これはトヨタにとってだけでなく、日本の自動車メーカーとしても初めての快挙です。
ヤリスは、ライバルと比べても独自の立ち位置を持つクルマで、革新的で高い安全性や運動性能を備えながら、価格も手頃です。欧州では「ヤリス=トヨタ」、といえるくらいの強力なイメージを持っていますから、今回の欧州COTY受賞は、トヨタ全体のブランド強化にもつながると思います。
ヤリスの3つの強み
続いて森田記者は、欧州COTYの最終選考に向けてアピールした「ヤリスの3つの強み」について質問した。最初は、HVについてだ。
欧州は、他の地域と比べても電動化に積極的な地域のひとつ。そんな欧州で、トヨタのHVがどのように見られているのだろうか。ハリソン氏によると、(ロシアやウクライナといった国々を除く)西ヨーロッパでは、2021年にトヨタおよびレクサスが販売したクルマの約70%はハイブリッド車だったという。つまり「トヨタ=ハイブリッド」という独自のブランドイメージができあがっているという。
以前は欧州ではディーゼルが人気だったが、現在その需要は低下している。それに代わるベースラインのパワートレインとして存在感を増しているのがBEVとHVだ。特にHVはすでに十分実績を積んでおり信頼性が高く、価格もディーゼルと同程度。インフラ不足や航続距離に悩まされることもないため、欧州でも好評を博している。欧州のブランドはPHVやBEVを積極的に手がけているが、少なくとも2025頃までは充電インフラなどの環境が整わないため、引き続きHVの需要は高いだろうとハリソン氏は見ている。
2つ目は、GR YARISについて。欧州では、WRCをはじめとするモータースポーツが高い人気を誇る。2017年にWRCに復帰したトヨタは、レース車両としてヤリスを選び、快進撃を続けた。「WRCを通じて、間違いなくヤリスのイメージは高まりました」とハリソン氏は断言する。「誰も、こんなに短期間で競争力があるクルマをつくり、圧倒的なポジションを獲得するとは思わなかったでしょう。この大成功が、クルマにダイナミックなイメージを与えてくれました」(ハリソン氏)。
そんなWRCで戦うレース車両を市販車に落とし込む、という従来とは逆のアプローチで生まれたのがGR YARISだ。まさに、レーシングカーと呼べるようなクルマがショールームに並ぶのだから、そのインパクトは大きい。
ハリソン
GR YARISは、完全に違う次元に到達しました。私は21年この会社にいますが、メディアや販売店、お客さまのこんな反応は見たことはありません。欧州での年間販売目標は9000台という高いものでしたが、2021年分は既に完売し、2022年分についても売れています。想定以上の需要がありました。
そして3つ目のポイントは、豊田章男社長の存在だ。欧州の人々は、豊田社長についてどう見ているのだろうか。自動車メディアの間で豊田社長は有名人だ、とハリソン氏。カー・ガイ(クルマ好き)であり、どれだけ情熱的に「いいクルマづくり」を推進してきたかもよく知られている。
一方、ビジネスメディアの間ではビジョナリーとして知られている。環境問題やカーボンニュートラルについてだけでなく、未来のモビリティについても明確なビジョンを打ち出している。さらに1年以上続くコロナ禍においても、いち早くリーダーシップを発揮し、勇気を持って売り上げ予測を発表し、コミットした点などが評価されているという。
ハリソン
豊田社長は「ワールド・カー・パーソン・オブ・ザ・イヤー」も受賞するなど、10年以上、トヨタの社長を務めてきた中で、欧州でも多くのお客様から知られる存在になってきました。
また販売店からも愛されています。2014年に、ベルリンの汎欧販売店会議で「No more boring cars!」(もう退屈なクルマはつくらない!)」と約束したのです。そして実際にそれを実行してきたことで、販売店の皆さんからも大きな信頼を勝ちとりました。
豊田章男社長の「もっといいクルマをつくろうよ」の声がけに応えたいと、努力を積み重ね、欧州での信頼とブランドイメージを築いてきたトヨタ。そんな土台の上に花開いたのが、ヤリスの欧州COTY受賞なのだ。
「ヤリスはフランスのクルマ」
<トヨタ・モーター・マニュファクチャリング・フランス デビット・パルマー生産担当副社長>
次に、森田記者はフランス工場でのヤリスの生産の様子を取材した。話を聞いたのは、欧州向けヤリスの生産を手がけるトヨタ・モーター・マニュファクチャリング・フランス(TMMF)生産担当副社長のデビット・パルマ―氏。TMMFは2001年1月から、約20年にわたり主に欧州向けのヤリスを生産してきた。2020年12月には同工場において通算400万台の生産を達成している。
パルマー氏自身はヤリスの開発時は日本のトヨタ本社に勤務し、ヤリスの欧州展開の計画を策定してきた。3年前にTMMFに着任し、自らつくった計画の実行に携わっている。そんなパルマー氏に森田記者が欧州COTY受賞に自信があったかと尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
パルマー
ヤリスをつくる上で理解を深めるために、自分自身でもたくさん運転しました。ですから、このクルマが本当に特別だということは知っていました。でも、評価する(審査員の)方々にそれを感じていただけるかは分かりませんでした。
欧州では電動化という大きな流れが加速している。その中でヤリスは先頭を走るハイブリッド技術を備え、軽快に走る高い運動性能も持つ。それが欧州のインフラ事情やお客さまのニーズに合致したのではないか。パルマー氏はそう分析する。
ではフランスの人たちは、自国で生産されているヤリスをどのように見ているのだろうか。
森田
フランスの審査員たちが入れたポイントをみたら、ヤリスがトップでした。フランスにおいて、ヤリスはどんな存在ですか。
パルマー
フランス人の心の中には「ヤリスはフランスのクルマ」という気持ちが強くあると思います。トヨタがフランスに工場を建設したのは20年前ですが、ここを起点に欧州産のクルマとして欧州市場にアピールしていこう、という意図がありました。
私はイギリス人ですが、フランスは欧州のハブだという感覚があります。そんな場所でつくられていますから、ヤリスが「欧州産」だというイメージは、フランスはもとより他の欧州諸国にも根付いていると思います。
待ち構えていた大きな試練
新型ヤリスの開発が完了し、いよいよ欧州でも生産開始というタイミングで、大きな試練がパルマー氏とフランス工場を襲った。新型コロナウイルスによるパンデミックだ。瞬く間に欧州に上陸し、フランス国内でも急速に感染が拡大した。2020年3月18日、フランスでのロックダウン実施を受け、TMMFの工場も稼働を停止した。そのときの様子を、パルマー氏はこう振り返る。
パルマー
はじめはコロナの状況がよく理解できず、よく分からないことが起きている、くらいの認識でした。時間の経過とともに、それが世界中に波及するパンデミックで、我々の安全に関する問題なのだということが分かってきました。
私たちにとって、最も重要なのは従業員の安全確保です。生産台数よりも、利益よりも、安全です。TMMFは(欧州にある8工場の中で)最初に稼働停止を決めました。難しい判断でしたが、これは今振り返ってみても間違っていなかったと思います。勇気を持って判断を下しました。
フランス工場の稼働停止は約1カ月にも及んだ。その間、パルマー氏は何を考え、どんなことをしていたのだろうか。最初の1週間は、パルマー氏も他の従業員とともに自宅勤務をしたが、2週目には工場に戻ったという。工場を再開するために何をすればいいのか、考えるためだ。
フランス工場は、平時であれば1日3交代制を敷き、24時間稼働している忙しい工場だ。ところが稼働を停止した工場にいるのはパルマー氏ただひとり。自分で工場の電気をつけ、オフィスのデスクの前に座って「どうすれば再開できるのか」と頭を悩ませたという。その結果、TMMFは他社に先駆けて生産再開に成功する。
森田
どうやって迅速に工場を再開できたのでしょうか。
パルマー
いち早く再開できた理由は、考え方にあると思います。急いで元通りに生産しようと考えるのではなく、従業員の皆さんが安心して作業に取り組める環境づくりに取り組んだのです。特にがんばって準備したのは、マスクと手指衛生のためのアルコールジェルです。
通勤に関しても、従来はクルマをシェアしてもらっていましたが、各自自分のクルマで通勤してもらうようにしました。すると当然駐車スペースの確保が必要です。ほかにもレーザープリンターを用いてフェイスシールドをつくったり、ドアの取っ手を工夫して手で触れずに開けられるようにしたりと、安心して生産に取り組めるようたくさんの工夫をしました。
生産ペースもいきなりフル稼働にはせず、徐々にペースを上げていった。まずは1日1シフトで1週間試し、2交代制に移行。最終的にはコロナ禍以前と同じ3交代制まで増やしたという。とにかく従業員が安心して作業に取り組める環境作りを最優先にした。
そしていよいよ工場再開初日。パルマー氏を含む経営者層が全員駐車場に並び、工場に戻ってきてくれた従業員たちを出迎えた。そして従業員一人ひとりに、マスク、ハンドジェル、軽食や飲み物を入れたウェルカムキットを手渡したという。こうして従業員の安全を最優先に取り組みを進めた結果、「工場内にいる方が、外にいるより安全に感じる」という声もあった、とパルマー氏は振り返る。
フランス工場で働くすべての従業員が一丸となって再開に向けて取り組んだ結果、2020年7月7日、ついに新型ヤリスの生産がスタートした。
フランス工場にも根付く「からくり」
先日取材したトヨタ自動車東日本の岩手工場は、このフランス工場の親工場となっている。同じヤリスを生産する工場として交流もあるという。その関係性について、パルマー氏は「お互い学びあって成長する関係だと思う」と語る。TMMFではフランス工場のチームリーダーを1カ月間岩手工場に派遣するプログラムも行っており、逆に岩手からも駐在や出張という形で人材が派遣されている。
もちろん、岩手工場で行われている「からくり」も、フランス工場に導入されている。「からくり」とは作業工程にある課題を改善するために手づくりする道具のこと。大がかりな機械を使うのではなく、電気などの動力は極力避け、工夫を凝らしたアイデアによって課題を解決し、生産効率向上につなげる。
パルマー
「からくり」の考え方は、ここフランスにもしっかり根付いていますよ。例えばブレーキチューブや燃料タンクといった作業工程で、ひとつの作業を数秒短縮したり、少しラクにするような工夫が日々行われています。
森田
そういった小さなカイゼンの積み重ねが、競争の激しい欧州COTYの受賞にもつながったと考えていいでしょうか。
パルマー
はい。その通りだと思います。カイゼンの精神に終わりはありません。常にもっとよくできるという視点は、結果的により良い製品の提供につながり、結果的に欧州COTYの受賞につながっているのだと思います。
ヤリスに流れるギリシャの血
<トヨタ・ヘラス アリス・アラバニス会長>
最後に森田記者がインタビューしたのは、お客さまの声をよく知る人物。ギリシャの販売代理店を統括するトヨタ・ヘラスの会長&MD、アリス・アラバニス氏だ。
実はヤリスとギリシャには浅からぬ縁がある。「ヤリス」という名前はギリシャ神話の美をつかさどる女神「Charis(カリス)」に由来しているのだ。さらに、今なおファンの多い初代ヤリスのデザイナー、ソティリス・コボス氏はギリシャ人だ。欧州の中でも特にギリシャでヤリスの人気が高いのは、ヤリスの根底にギリシャの血が流れているからなのかもしれない。
森田
欧州COTY受賞おめでとうございます。
アラバニス
素晴らしい成果だと思います。欧州トヨタのファミリー全体、そしてもちろん日本のチームも含めた全員の成果だと思います。
森田
欧州でヤリスを販売する立場としては、どう受け止めていますか。
アラバニス
もちろんポジティブな気持ちです。特にお客さまにヤリスを販売している現場のスタッフは、誇らしい気持ちですし、喜んでいます。今回の受賞がお客さまの成約につながっていますし、Bセグメントにおける需要喚起という面でも大きいと思います。
欧州において、ヤリスが属するBセグメント(コンパクトカーの区分)は非常に競争が激しい。日常の足として多くの人に使われるボリュームゾーンであるため、走り、実用性、安全性、燃費、デザインなど、あらゆる面で高いレベルが求められる。しかも、それを手の届く価格で実現しなくてはならないのだ。そんな激戦区のBセグメントで、ヤリスはどんな存在になっているのだろうか。
アラバニス
お客さまから見て魅力なのは、最もスマートで安全性が高く、燃費もいいという部分でしょう。「このクラスで最高のモデル」という認識が定着してきていると思います。一方でダイナミックな走りやエンジンも高い評価を得ていて、ハートとマインドのどちらにも訴えかけるモデルになっていると思います。
8年間、人気トップを独走
ギリシャではヤリスが大人気だ、とアラバニス氏。なんとBセグメントの新車購入を検討している人の4人から5人に1人はヤリスを希望するという調査もあるという。2013年以降、8年間もヤリスはマーケットリーダーのポジションを築いている。さらにヤリスの人気にけん引され、トヨタ車はCセグメントやDセグメント、SUVなどでも20%以上のシェアを得ているという。
森田
ギリシャの人たちはどういった部分を気に入っているのでしょうか。
アラバニス
現在のポジションは、過去20-25年かけてトヨタが一歩ずつ培ってきたものです。はじめはQDR(品質、耐久性、信頼性)からスタートしました。少しずつ信頼を積み重ね、そこにハイブリッド技術や魅力あるモデルを投入したことで、幅広い人気を獲得していったのだと思います。
2017年から復帰したWRCへの参戦は、ギリシャの人たちにどう受け止められているのか。トヨタやヤリスのブランドイメージ向上に効果はあったのか。森田記者が質問すると、アラバニス氏は「絶対にYES」と即答した。単に復帰しただけではなく、特に大切なのは「HOW(どのように)」と「WHY(なぜ)」だ、とアラバニス氏。トヨタはレースに勝つために戻り、実際に勝利を重ねた。限界を押し広げるためのクルマをつくり、よりよいクルマづくりへの情熱が形になった。この姿勢が共感を呼び、ブランドやクルマに対する評価を高めたのだ、とアラバニス氏は分析する。
ギリシャのトップが共感した「尊重と思いやり」
アラバニス氏がトヨタ・ヘラスに入社したのは1991年。なんと今年で30年だ。そんなアラバニス氏の目に、トヨタはどんな会社だと映っているのだろう。
アラバニス
これまでトヨタで仕事をしてきて、常に一貫した優れた価値を提供するということがベースにあったと思います。単に素晴らしい製品を提供するだけではなく、会社の根幹には優れた原則や戦略、ビジョンがあると感じています。
森田
具体的にはどんな原則や戦略、ビジョンに共感されているのでしょうか。
アラバニス
ひとつは他者を尊重する精神です。社会やステークホルダー、持続可能な社会などを尊重する姿勢が、会社の土台を形作っていると思います。もうひとつは、相手に手を差し伸べる、思いやりの精神です。人々や社会、お客さまの生活すべてに対して手を差し伸べようという気持ちがある。そこが素晴らしいと私は感じています。尊重と思いやり、この2つに私は強く共感しています。
昨年、トヨタは「トヨタフィロソフィー」を策定し、ミッションとして「幸せの量産」を掲げた。豊田社長も、ことあるごとにこのミッションを口にしている。アラバニス氏が共感するという尊重と思いやりの精神は、どこか幸せの量産につながるものがある。そう森田記者は感じた。ギリシャでも幸せの量産ができていますね、という森田記者の問いかけに、アラバニス氏は「もちろんYESです」と自信を持って答えてくれた。
アラバニス
素晴らしいクルマをつくることで、お客さまは家族や友だちに会いに行けますから、幸せを提供しているともいえるでしょう。お客さまに運転を楽しむという喜びも提供しているかもしれません。
クルマという製品と同時に、トヨタはテクノロジーも提供しています。例えば電動化技術により空気の質という目に見えない価値に貢献していますし、例えば障害のある方の自由な移動をお手伝いしています。ですから、私たちがお客さまに提供する製品やサービスが、多くの幸せを提供していると自信を持って言うことができます。
トヨタが欧州で目指すこと
欧州のビジネス全体を統括するTME、ヤリスの生産を担当するTMMF、ギリシャの販売を手がけるトヨタ・ヘラスという3つの違う視点から、欧州におけるヤリスの現在地を眺めた森田記者。3人の話から見えてきたことは、欧州においてハイブリッドシステムが現実解として高く評価されていること、新しいヤリスの走りもまた好評であること、そしてヤリスとトヨタが欧州で着実に存在感を増していることだった。
そんな欧州で、トヨタは今後どんな方向を目指そうとしているのだろうか。TMEのマット・ハリソンCEOは5つのポイントを挙げた。
森田
今後、TMEをどのように導いていきますか?
ハリソン
今後については、5つのポイントに集約できると考えています。ひとつは成長です。現在トヨタは欧州で年間約100万台を販売しています。持続的に、責任のある形で、排ガスを減らすべく取り組んでいます。今後はさらにモデルやパワートレインを拡充していきます。
2つ目は、電動化の流れに対応してビジネスを変革していくことです。2020年代後半にラインナップをすべて電動化するためには、サプライチェーンやビジネスモデルを変革する必要があります。電動化に伴って収入が落ちる部分は、別の領域で補う必要があるためです。この部分に関しては、2025年を待つことなく課題解決を進めていきます。
3つ目はSDGsです。ここは競合他社と大きく違うところだと思います。なぜならトヨタには創業時から続く「長期的な視点で社会に貢献する」というDNAがあるからです。お客さまに正しいソリューションを提供していくという点については、欧州のどのメーカーよりも欧州のお客さまとエンゲージメントを深めていけると考えています。
4つ目はモビリティです。これについては、KINTOのサービスを拡大していきます。現在サブスクリプションやシェアリングなど、5つのサービスを提供していますが、例えばサブスクリプションモデルの展開も含め、グローバルの基準になれるよう進めていきたいと思います。
最後のポイントは、ダイバーシティ(多様性)、イクオリティ(公平性)、インクルージョン(包括・包含)です。欧州はもともと地理的にも文化的にも多様な地域で、人材構成にも多様性があります。ですからこれらの原則を取り込んだ形でビジネスを進めていきます。
この5つの項目に、迅速かつ正しく取り組むことで、欧州におけるトヨタをさらに成長させていきたいと考えています。