水素の電気で暮らしてみた。

2021.06.17

【実証】人は水素の電気で生活できるのか!?
トヨタとHondaの人がダンボールブースで一晩暮らしてみてわかったこと

昨年12月、トヨタとHondaが共同で構築した移動式発電・給電システム「Moving e(ムービングイー)」を使用して、実際の避難所を想定した宿泊実験が行われた。「Moving e」とはトヨタが開発をすすめる燃料電池バスから、Honda製の大容量可搬型バッテリー「モバイルパワーパック」に充電できるシステムのこと。これを使い一晩暮らしてみようというのだ。

実験に参加したのはトヨタとHonda、両社の開発エンジニアたち。平常時のイベントでの使用に加え、震災や豪雨による避難生活や大規模停電など、予見できない災害時対応への活用が期待されている「Moving e」の有効な使い方と、そこにどのような課題があるのかなどを検証した。

京都府の協力のもと実証実験をスタート

12月20日、底冷えが厳しいことで知られる京都の冬。あえてこの時季にトヨタとHondaのエンジニアたちが、自ら実証実験を行った。避難所生活の困難さを実体験し、そこで「Moving e」がどう役立てられるかを検証するためである。

場所は京都府庁舎内にある福利厚生センター。環境への取り組みや、水素や燃料電池の普及を進めている京都府から全面的に協力を受けることができたのだ。屋内とはいえ、冬の京都は朝晩氷点下を下回る日もあるだけに、Hondaの可搬型バッテリー「モバイルパワーパック」の電力だけで果たして過ごせるのだろうか。誰もが一抹の不安を抱えながら、ダンボールブースを設営し実証実験はスタートした。

会場に持ち込まれたのは各地の避難所でも実際に使われているダンボールブースと、停電時を想定しているため工事現場などで使われるバルーンライトとLED投光器が計3台。そして普段、家庭で使われる炊飯器や電子レンジ、湯沸かしポットなどの各種電化製品である。

これらを稼働させる電力は、Hondaのモバイルパワーパックと専用の充電・給電器を使用する。このセットは中のモバイルパワーパック自体を取り出して充電することができる、Hondaの電動バイクでも採用されているもの。電気が空っぽになった際も長時間充電するのではなく、充電済みのモバイルパワーパックに交換することで、すぐに使うことができる。

「Moving e」に搭載される充電・給電器「Honda Mobile Power Pack Charge & Supply Concept」(上)と中身の「モバイルパワーパック」(下)

モバイルパワーパックを充電するのは、トヨタの燃料電池バスを改良した「CHARGING STATION(チャージングステーション)」。圧縮水素を燃料としているため、走行時はもちろん充電時も、CO2を一切排出しない。トヨタの燃料電池バスは「SORA」という名称で、現在、都バスなどでも採用されているので、目にしたことがある方もいることだろう。今回の「CHARGING STATION」は、従来の約2倍の容量の水素を搭載することができ、車両後部の電源供給ポートも増設され、より電力供給しやすい設計となっている。

「Moving e」はトヨタの燃料電池バス「CHARGING STATION」と、Hondaの可搬型外部給電器「Power Exporter 9000」、可搬型バッテリー「LiB-AID E500」・「モバイルパワーパック」、モバイルパワーパックの充電・給電器「Honda Mobile Power Pack Charge & Supply Concept」で構成される

ポータブル電源を上手に使う工夫とは

キャンプや非常時に備えて、ポータブル電源を所有している方もいるだろう。使ったことがある人なら分かると思うが、一般家電の電力消費量はかなりのもので、1000W程度のポータブル電源では使えない家電も多いうえ、あっという間に電力を使い切ってしまう。アウトドア用の小電力家電を用いたほうが安心と気づかされた。この日持ち込んだ炊飯器や湯沸かしポットは家庭用のもので電力消費が大きいものだった。

なかでも電力消費量が多いのは、暖房用に持ち込んだホットカーペットだ。機種にもよるが、そのまま使うと2~3時間程度でバッテリーが空っぽになってしまうため、避難所に向かないことが分かった。電子レンジやIH調理器などの実際の電力消費量も把握することができた。

この日の昼食は湯沸しポットでお湯を沸かしてカップラーメンを作り、電子レンジで冷凍の焼きおにぎりを温める。ここで電気を著しく消費したモバイルパワーパックは、バスに持ち込んで充電済みのものと交換した。再び時間をかけて充電するより、中身を入れ替えるほうが作業も短時間で効率的だからだ。空のモバイルパワーパックは、また充電にまわす。これを繰り返すことで、効率よく電気が使えるのだ。

快適な夜を過ごすためは、もっと明かりが必要だった

昼食後はダンボールブースで思い思いの時間を過ごした。スマホで動画やSNSを見たり、パソコンで仕事をする人もいる。電子機器はそれほど電力を使わないため、スマホの充電ぐらいならポータブル電源1台あれば数日間は使えそうだ。テレワークも1日ぐらいなら問題ないだろう。

意外と活躍したのが、最近車中泊などでも注目されている小電力電気毛布だった。ホットカーペットより電気を使わないため一晩ぐらいなら余裕で使うことができる。おかげで、12月の京都の夜を無事に過ごすことができた。さらに言えば、夜暗くなってからに気づいたことは、もっと照明があってもよかったということ。災害で停電してしまった避難所を想定していたので、バルーンライト等を3台持ち込み、各自ダンボールハウスにLED照明などを持参していたのだが、やはり各ブースに照明があると安心感がある。電源があることのありがたみを、身を以て体験することできた。

翌朝は再び炊飯器で米を炊き、さばの缶詰をIH調理器で湯煎したり、湯沸しポットでインスタント味噌汁を作ったり。寒い避難所で冷たい食事ばかり出されては気が滅入りそうだが、温かい食事がとれることで体と心が温まり安らぐ。被災地であればこの後、片付け作業を頑張ろうという気にもなるだろう。避難所で温かい食事が、いかにありがたいことか身に沁みて知ることができた頃、24時間の実証実験はタイムアップとなった。

災害時は、エネルギーの使い分けが必要だ

実験結果をもとに詳細な使用電力量を計算すると100km先の避難所への往復も含めて、約50名が3日間過ごすことができることがわかった。一般的な避難所は30名以下のところが多いという調査結果を考慮しても、「Moving e」1台セットで避難所生活を少しでも快適にできることが実証されたのだ。

もちろん実際の避難所生活は、今回の実験とは比べ物にならないくらい厳しいものだろう。水や食料の確保、食事の提供もスムーズではないかもしれない。炊飯器や湯沸かしポットの数も十分ではないだろうし、季節はもちろん地域によっても、厳しい気候にいかに対応すべきかを考慮しなくてはならないとも思う。だが検証実験の収穫は確かにあった。

それは「エネルギーは使い分けることが大切」ということ。たとえば、米を炊くのに今回は炊飯器を利用したが、外の焚き火で飯盒を使ったり、カセットコンロを使い鍋で炊く方法もある。その結果、電力消費を抑えることができ、燃料となる水素を充填するために帰還するサイクルも長くすることができる。燃料をうまく使い分けることで、長期間にわたる避難所生活に耐えることができるはずだ。

電気が使えることのメリットは電化製品が使えることだけでなく、人の心をポジティブにすることができることだ。そのための電源確保は被災時の大きな課題となる。未来のクリーンエネルギーとして期待されている水素を使い電力供給できる「Moving e」が、少しでも災害時の役に立つことを願いながら黙々とダンボールブースを片付けたのだ。

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