"速く走るプロ"が警察官に運転を教えた

2022.12.16

ラリーとレースで活躍するプロドライバーが講師となり警察官やNEXCO中日本の職員らに運転を指導する安全運転講習会が開催された。この異色の組み合わせともいえる講習会を取材した。

2022年10月末、ちょっと変わった安全運転講習会が開催された。講師を務めたのは、ラリードライバー勝田範彦選手とレーシングドライバー佐々木雅弘選手の2人。教えられる側は警察官とNEXCO中日本の職員。

速く走るプロドライバーが、速すぎるドライバーを取り締まるプロを教える…そう考えると異色な講習会だが、実際は、プロドライバーがモータースポーツで培った運転技能を活かし、日常業務でクルマを使う方々へ運転のアドバイスをするという取り組みである。

レーサーは究極の安全運転で速く走る

この講習の発端は2022年1月、千葉県の幕張メッセで行われた「東京オートサロン」。レーシングドライバーたちと、モリゾウこと豊田章男社長が参加し「どうやったらモータースポーツファンが増えるのか」について話し合った「モータースポーツ未来会議」の1つのアイデアとして誕生した。

モータースポーツ未来会議で描かれた絵の議事録

11月のラリージャパンでラリーカーが街中を走っていた姿は記憶に新しいが、このような公道を使った取り組みを円滑に開催するための意見が未来会議の中でも交わされていた。

モリゾウ

警察といろいろな連携を組んでもらうといいなと思います。プロのドライバーたちが、運転講習すると『こうすれば、より速く、より安全に走れますよ』とか、危険回避のやり方みたいなのとかね。

そういう交流から始めていくと話し合いができる環境ができるじゃないですか。はじめから、超法規的に(公道を)使わせてよっていうのは無理だと思います。だけどそういう中でルールに則って、まずは会話して、それが安全運転講習になれば、願ってもないことだと思います。

今、いけないのは、「レーサー=危険な運転」という認識。実は速く安全に走っている人なんだよね。それから危険回避も上手いんだという認識をもうちょっと持ってもらいたいんです。

そして、サーキットでは競争をしながら楽しんでいるんだってことを知ってもらいたいです。

勝田範彦

モリゾウさんが言ったように、ラリーでは一般道を使うので、やっぱり警察の方とか行政の方たちと仲良くならないといけないと思うんですよね。

うちの父が(初代全日本ラリー選手権王者ドライバー勝田照夫、勝田貴元選手の祖父)が警察の敷地内でそういうことをやったんです。

だからそういう社会に役立つことをすれば警察とも行政とも近くなれるはずなんですよね。」

警察官たちはレーサーから何を学ぶのか?

当日は、警察官をはじめ約30名の“受講生”が参加した。

講師陣が用意した実技プログラムは、「スラローム」、「ブレーキスピン」、「転回」の3種目。

1つ目はスラローム。水素エンジンカローラのドライバーであり、モリゾウの運転をもっと上手くする男としてお馴染みの佐々木雅弘選手が講師を務めた。

スタート地点から、10メートル間隔に置かれた7個の三角コーンを左右へ交わしていくコースがつくられた。往復140メートルの区間で素早く左右に13回ステアリングを切ることとなる。普段の運転では、ありえない「忙しい」運転が求められるコースだ。

上手く走り抜けるには“ステアリング・アクセル・ブレーキ”の操作技術が鍵になるが、そのためには、まず、正しい“ドライビングポジション”、“ステアリングの握り方”、“目線の置き方”が必要になってくる。

参加者には、まず普段と同じ運転で1回目を走ってもらう。1回目が終わったタイミングで佐々木選手が気になったところや、より安全で正確に速く走るためのアドバイスをする。このアドバイスを意識しながら2回目を走ることで、参加者の運転の癖などが露わになっていく。

佐々木選手からは、シートの前後位置や背もたれの角度、ステアリングの握り方、視線や、アクセルを踏むタイミングとステアリングを切るタイミング、運転するときの心構えなど、それぞれの参加者の技量と癖に寄り添った指導が行われていた。

例えばランドクルーザープラドでハイウェイパトロールをしているというNEXCO中日本職員の挑戦の時…。1回目のスラローム走行を難なく走り抜けると、佐々木選手は「いいですね。では、次はタイムを計ります!」と声をかける。それにより、ドライバーはプレッシャーを感じて、心の余裕がなくなる。すると2回目は、普段の運転ができなくなりミスをしてしまう…。

こうして、ある程度の技術がある人には「心理的な余裕を持って運転することの大切さ」を体感してもらっていた。

【受講者の感想】

佐々木選手のデモを見たときは簡単に見えましたが、実際にやってみると、難しかった。『グリップの握り方で、路面やタイヤの状況が感じとれるようになる』と教えてもらって、2回目にやってみたら、ハンドルの持ち方でタイヤの向きや路面の感覚が掴めるようになりました。

1回目に『近いところばかり見てしまっている。通り過ぎたパイロンも当たってないか気をにしてる』と教えてもらったので、2本目は、しっかり遠くを見るようにししました。1本目より上手く走れました

講師の佐々木選手にも感想を聞いた。

佐々木雅弘

NEXCO中日本のハイウェイパトロールの方たちは、普段も運転されているので、車幅感覚だったり、スピード感だったり、ハンドルを切るタイミング、そしてグリップなどの感覚に優れたものがありました。

警察官の方たちは、スピードを抑制する仕事だと思いますが、クルマは、ただスピードを出すだけではなく、きちんとグリップをさせれば、「走る」、「曲がる」、「止まる」に対して有効な動きになることを理解してもらえたと思います。

さらに、今回のようなスポーツカーだと、より俊敏に動かせるので、クルマの性能差も理解してもらえたと思います。

クルマを的確にコントロールすることで、思い通りに動かせることを体感してもらえたと思います。

みなさんシートポジションをあまり気にせず、普段から乗っているということがわかりました。安全運転には的確なシートポジションが大切になることを知っていただけてよかったです。

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