トヨタのコラム
2022.03.09

「選手の悲願が、私たちの夢に変わった」トヨタがチェアスキー開発を支援

2022.03.09

モビリティカンパニーとして、「すべての人に移動の自由を」を合言葉にさまざまな挑戦を続けているトヨタ自動車。パラスポーツの用具支援もそのひとつだ。

北京2022冬季パラリンピックの日本選手団の主将を務める村岡桃佳選手。そして、これが6回目のパラリンピック出場となる森井大輝選手。ふたりは、いずれもトヨタ自動車に所属するパラアルペンスキーの選手である。

トヨタ自動車は、ふたりのアスリートとしての活動を支援するだけでなく、自動車を開発してきたノウハウを活かして、競技で使用するチェアスキーの開発支援もおこなっている。

左から森井大輝選手、村岡桃佳選手

そこで今回は、森田京之介キャスターがチェアスキーの開発支援チームを直撃。北京2022冬季パラリンピックに向けてどのように開発支援を進めたのか、そしてその仕上がり具合について取材を行った。

0.1ミリの違いを感知する、森井選手の要望に応えた

森井大輝選手は2014年にトヨタ自動車に入社した時点で、すでに4度のパラリンピック出場経験があった。ワールドカップでの年間優勝も経験している森井選手が、唯一手にしていないのがパラリンピックでの金メダル。トヨタと開発したチェアスキーで挑んだ平昌2018冬季パラリンピックでの悲願達成はならなかったものの、北京2022冬季パラリンピックに向けてチェアスキーの開発支援は続いている。

パラアルペンスキーで使用されるチェアスキーでは、2本のアームとベースプレートで構成する「フレーム」と呼ばれる基本骨格、金属バネとアブソーバーを組み合わせる「サスペンション」、座面である「シート」、そして空力性能を向上させる「カウル」という4つの部分で構成されており、その性能が重要となる。

森井選手は、ハイスピードで滑った際にも板がバタつかず「しなやか」に滑ることができ、大きな力が加わった際も「減衰力(バネの振動を抑える力)」のあるチェアスキーを求めていた。

この要望をもとに、フレームを担当した一柳哲也と、カウルの開発を担当した見田達哉、サスペンションのセッティングを担当した西村泰輔に話を聞いた。

左からToyota Compact Car CompanyTCシャシー設計部の西村泰輔、クルマ開発センター 車両技術開発部の見田達哉、トヨタZEVファクトリー ZEV B&D Labの一柳哲也

森田 平昌2018で使ったチェアスキーとの一番の違いはどこにあるでしょう?

一柳 森井選手は、カービングターンといってスキー板のエッジを立てながら鋭く曲がるのが得意なんです。しなやかに滑りたい、コンパクトに曲がりたいという要望があったので、対応策を考えました

森田 具体的には、どういう手法を採りましたか?

一柳 チェアの部分とスキー板をつなげる部分をベースプレートといいますが、ここを2分割する形状にしました。ふたつの部品に分けることで、スキー板全体がしなるので、板のたわみを活かしてコンパクトに曲がれるようになりました

ベースプレート

森田 ほかに違いはありますか?

一柳 シートの下に位置するアームの材質を、アルミからカーボンに変えました。カーボンには軽くて強いという特徴があるんですが、自転車などにも使われるドライカーボンは、ねじれなどの複雑な力を受けた時に、ただ跳ね返すだけでなく微妙な振動を吸収する特性があるんです

ドライカーボンを使用したアーム

森田 チェアスキーにカウルを付ける理由は何でしょう?

見田 平昌2018モデルを開発していた頃に、海外の選手がカウルを付け始めたんですね。カウルを付けて1本走ると、1秒も2秒もタイムが上がるということで、空気抵抗の少ないカウルがほしいということになり、開発が始まりました

森田 その平昌2018モデルからの違いはどこにあるのでしょうか?

見田 一柳が申した通りにカービングターンが森井選手の持ち味で、自分の身体を雪面ぎりぎりのところまで倒して滑るんですね。森井選手が限界まで攻めると、カウルと雪面が接触してしまう。そこで、雪面にあたらないように削ったんですが、すると今度は空気抵抗が増えてしまいました

森田 なるほど、操作性と空気抵抗の二律背反を解決することが必要だった、と

見田 はい、そこで実際に自動車の空力性能を測定する風洞実験室に持ち込んで、風をあてて空気抵抗を測る、という作業を繰り返しました

森井選手高速系チェアスキー

森田 森井選手の評価はいかがでしたか?

見田 カウルを付けていないような操作感で滑りやすいと言っていただきました。チェアスキーは自動車より軽いぶん、空力性能の違いがダイレクトに反映されるので、ミリ単位、コンマ1ミリ単位の調整を繰り返しました

森田 この金属バネとショックアブソーバーの役割を教えていただけないでしょうか

西村 バネが路面からのショックを受け止めてくれるんですが、バネだけだと振動が収まらない。そこで、振動を抑えるのがショックアブソーバーの役割です

森田 では、そのセッティングについて、森井選手からどのような要望があったのでしょう?

西村 振動をどのくらいの早さで収めるか、どのくらい強く抑え込むか、といった森井選手の希望を反映しています。また、サスペンションのアームの角度によって、シートの位置、つまり重心が決まります。森井選手は、このセッティングの違いをコンマ1ミリ単位で感知するので、そこを調整しました

森田 北京に入った森井選手とは連絡を取るんですか?

西村 はい、路面の凸凹の具合によって重心の位置とかバネの硬さを調整する必要があるので、連絡が来るはずです。ただ、雪質や気温は当日になってみないとわからないので、賭けみたいなところがあります。いまは選手と同じくらい、ドキドキしています

森田 トップアスリートと仕事をしてみていかがでしたか?

見田 森井選手は飽くなき探究心を持っていて、アイデアが無限に湧いてくるような方です。だから、一緒に仕事をして刺激になりましたね。普段は、お客様の声をダイレクトに聞く機会があまりないので、目の前でフィードバックがあるのは新鮮でした

「チーム桃佳」は、全員で戦う

村岡桃佳選手は、平昌2018冬季パラリンピックで金銀銅すべての色のメダルを合計で5つ獲得。2019年にトヨタ自動車に入社してからはパラ陸上競技との“二刀流”に挑み、東京2020パラリンピックへの出場も果たした。

北京2022を目指すにあたって、「チーム桃佳」と呼ばれるチェアスキー開発支援チームが結成された。チーム桃佳がまず挑んだのは、シートとカウルをトヨタ自動車の社内で内製することだった。

村岡選手の以前のモデルでは、シートの食い込みが痛みを引き起こしターンの邪魔をしていた。そのため、形状を大きく変えたいという相談から開発支援が始まった。

チーム桃佳メンバー 左からMS Company MS車両性能開発部の岩脇彩香、素形材技術部の船橋和樹

森田 船橋さんがシート開発のプロジェクトの担当になって、最初に思ったのはどういうことですか?

船橋 すでに金メダルを取られているトップアスリートなので、これは責任重大だなという強烈なプレッシャーがありました

森田 最初に取り組んだのは、どういう課題でしたか?

船橋 まずシートの形状ですね。当初は身体があたる部分のエッジが立っているシートだったので、ターンする時に痛いとおっしゃっていました。チェアスキーの選手にとってシートはブーツみたいなもので、隙間が空いていたらうまく滑れないし、逆にきついと身体があたって痛い。また、村岡選手は障害の影響で左右の筋肉に差があるんです。そこで、シート形状も左右非対称の完全な村岡選手専用シートを開発しました

シート

森田 ほかに、村岡選手からシートへの要望はありましたか?

船橋 ターン中に身体を預けた時に、シートがどれくらいたわむのかを村岡選手は重視するんですね。村岡選手が求めるたわみ感を実現することに、一番苦労しました

森田 たわむというのは、シートがしなる感じですよね。その調整はどうやって行うのでしょう?

船橋 シートはカーボン製ですが、カーボンには厚みがあるとたわみづらい、という特性があります。だから厚さで調整できます。またカーボンは繊維を重ねて作るものなので、繊維の織り方でも剛性感を変えることができます

森田 続いて、空力性能に優れたカウルを開発した岩脇さんにお話を伺います。カウルは、どういう形状だと空力性能がよくなるのでしょう?

岩脇 まず前面はなるべく余分なエネルギー損失をしたくないので、後方に向かってスムーズに空気が流れるような形状にします

村岡選手高速系チェアスキー

森田 ちょっと新幹線にも似ていると思うんですが、新幹線も空力が大事ですよね

岩脇 空力を追求するとこういう滑らかな形になると思います

森田 カウルの後ろはどういう形がいいのでしょう?

岩脇 空気抵抗を考えると、後ろに流れてきた風を巻き込んでしまうとよくないので、空気の流れをまっすぐ後ろに飛ばすイメージです。平昌2018で使用したモデルよりも、空気抵抗係数を9%低減させることができました

空気をまっすぐうしろに飛ばす形状

森田 岩脇さんは普段も自動車の空力を担当なさっていると伺いましたが、チェアスキーとの共通点は感じますか?

岩脇 形や大きさが違うのでまったく同じアイテムを入れることはできませんが、前は風の流れを邪魔しない、後ろはまっすぐに飛ばす、という空力の考え方は活かすことができました

森田 逆に、自動車との違いは?

岩脇 人に近い場所に部品を配置することですね。操作しにくいといけないとか、ポールにあたるとダメだなとか、そのあたりは自動車の空力部品とは違います。競技によってはポールにぶつかりながら通過するので、軽くて丈夫、操作のじゃまにならないけれど空気抵抗のいい形を追求しました

森田 手応えはいかがですか?

岩脇 空気抵抗は良くなっているし、桃佳選手もさらに練習を積んでいるので、平昌2018より悪くなるとは思えませんね。でも心のどこかで、大丈夫かな、という不安もあります

森田 一緒に戦う感じですか?

岩脇 そう思っています。このプロジェクトに参加して、開発の自分まで負けたくないという気持ちが湧いてくるんだな、ということを実感しています

チェアスキーの開発支援は、いくつかの企業との共創でおこなわれており、関係者の数も多い。しかし、すべてのメンバーの思いはひとつだ。その熱い気持ちは北京にいる選手たちにも伝わっているはず。雪上での熱い戦いに期待したい。

なお、トヨタイムズ放送部では「北京2022冬季大会」特別番組を月・水・金のお昼12:00~生配信中! 11の国と地域から18人のトヨタパラアスリートたち(Global Team Toyota Athletes、通称GTTA)を全力で応援し、パラスポーツの魅力も余すところなくお届けしている。

3/2は森井大輝選手3/9は村岡桃佳選手とその開発支援チームを特集している。選手本人が語る用具の重要性や競技説明などは、是非そちらをチェックしてほしい。

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