つらい負けを味わったことがあるからこそ、自身に厳しく、努力するものへは敬意と声援を送る。負けず嫌いではなく、負け嫌い、とは。
表彰台の頂点に立つのはただ一人だけれども、そこには、それ以外の挑戦者一人ひとりが重ねてきた懸命の努力がある。
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豊田章男は自身を「負け嫌い」という。これは豊田の友人であり、野球史に刻まれる数々の記録を残したイチローさんに教わった言葉だ。「食べず嫌いが、食べたことのないものを嫌うことだとすれば、負けず嫌いよりも、僕は負け嫌いですね」。
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赤字で会社を引き継ぎ、“あなたには無理でしょう”と言われ続けてきた豊田。プロを目指すときも、メジャーリーグ挑戦を宣言したときも「お前じゃ通用しない」と言われ続けてきたイチローさんの「負け嫌い」という言葉に、自身を重ね合わせたのは自然なことだったのかもしれない。
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2016年のル・マン24時間レース。今も語り継がれる残り3分でのスローダウン。優勝を逃したレースの後、豊田はこう誓った。「我々、TOYOTA GAZOO Racingは『負け嫌い』です。負けることを知らずに戦うのでなく、本当の『負け』を味わわせてもらった我々は、このル・マン24時間の戦いに戻ってまいります」。そして2018年に悲願の優勝。以降、TOYOTA GAZOO Racingは3連覇を成し遂げる。
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豊田には学生時代にグランドホッケーの日本代表にもなったアスリートとしての原体験がある。だからこそ、全力で戦うアスリートに向ける目は優しく、厳しい。今月、東京2020オリンピックに出場するトヨタアスリートの壮行会のメッセージでは、「僕は、今、子供を運動会に送り出すお父さんの気持ちです」と前置きした上で、「とにかく、ここからは、みんな自分の競技に集中して、絶対に勝ってこい!」と激励する。そこにはアスリートたちが重ねてきた綺麗事では終わらせられない努力への敬意が見て取れる。
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本当につらい負けを知るからこそ自身に厳しい課題を課す。勝ちを掴み取るために厳しい鍛錬を重ねるものへの敬意を忘れず、声援を送る。どれも「負け嫌い」の一面だ。勝ち負けへのこだわりと同等に、挑戦し、戦い続けることに意味を見出す。それは、さまざまなものを背負い、常に負けられない戦いに身を置くものだからこその譲れない信念なのかもしれない。