写真家、三橋仁明氏が、ルーキーレーシングの戦いを写真で伝える連載。2021スーパー耐久シリーズ第2戦SUGO編。
GRヤリス最後の雄姿と、関わってきた人々の姿を収めるのが今回のテーマ
「まだ報道発表前でしたから、木曜のフリー走行後に初めて、クルマが変わることを聞きました」
4月22日にトヨタが公式発表した通り、2021年スーパー耐久シリーズ第3戦富士SUPER TEC 24時間レースから、ルーキーレーシングは水素エンジンを搭載するカローラ スポーツへと、2台体制のうちの1台をスイッチする決断をした。それに先立つ第2戦スポーツランドSUGO(以下SUGO)は、GRスープラの開発が継続される一方で、GRヤリスは最後のレースになることを意味した。かくして、専属フォトグラファーとしてチームにレンズを向けてきた三橋氏のSUGOでのテーマは決まった。これまでルーキーレーシングの活動の基幹となってきた、GRヤリス最後の雄姿と、関わってきた人々の姿を収めることだった。
フリー走行で、エンジンからの駆動力をタイヤに伝えるドライブシャフトの軸受け周りが破損したものの、予選前にトラブルを未然に防げたことで、GRヤリスはST-2クラスのポールポジションを手中に収めた。これまで走行を重ねてきたことによる金属疲労に加え、サーキットの縁石をまたいで走ることがカギとなるSUGOならではのトラブルだったが、「もっといいクルマづくり」のためセンサーを磨き上げてきたチームだからこそ難なくのり越えられた、ひとつの成果でもある。
「予選後のミーティングは、モリゾウさんが今回のポールも決して楽に獲れたわけでないと話し、現場でクルマを追い込んで壊してくれるのが(さらなる進化につながるため)喜びだと齊藤(尚彦)チーフエンジニアが応じるなど、和やかな雰囲気でした。『GRヤリスの切り拓いた流れが水素につながっていく、新しいチャプターに入っていく』というモリゾウさんの言葉が印象的でした」
参戦台数が増えたため、第2戦の決勝はGRスープラの出走する午後のグループ2に先んじて、GRヤリスらのグループ1が午前中に行われた。
「1コーナーに、GRヤリスが先頭で飛び込んで来たんですよ。今回のハイライトというか、“GRヤリスの花道”を見た思いがしました」
だがレースは、さらにドラマチックに展開した。GRヤリスは当初、佐々木雅弘選手>モリゾウ>井口卓人選手でリレーする予定だった。だがクラッシュによるセーフティカーの導入をはさみ、走行ライン以外の路面のところどころが雨で濡れていた状況もあって、オーダーを急遽変更。井口選手が2番手を務めるが、今度は雨が上がり乾いていく路面でタイヤの摩耗が進んだ。そのためモリゾウが、予定以上の周回数を走ることになったのだ。
予定より12周も長い周回を50分間にわたり、同じクラスの強豪たちの追撃を抑え、自己ベストのペースでモリゾウは力走。後に、乗り込んだ時に、何らかの理由でイヤホンのプラグが正しくはまっておらず、状況が無線で伝わらないままの孤軍奮闘だったことが判明する。最後に抜かれ、表彰台は逃したが、ST-2クラスは別のプライベーターチーム、神戸トヨペットのGRヤリスが、前戦に続く2連勝を果たした。先行開発を担ったルーキーレーシングのGRヤリスにとっても、ひとつの大きな成果といえる。
「チェッカーを自ら受けた直後、モリゾウさんの清々しい、やり切ったという表情が撮れました」
三橋仁明氏が切り取った、2021年スーパー耐久シリーズ第2戦SUGO
スーパー耐久 第2戦を目前に控えた木曜日、スポーツ走行終了後に、ルーキーレーシングのメンバーは新設されたSUGOのピットビルの一室に集まっていた。ここで、次戦の富士24時間で、新しいプロジェクト、水素エンジン カローラスポーツについての説明が行われた
2020年の開幕戦から共に戦ってきたGRヤリス。その戦いが今回で最後になるかもしれない。ここで有終の美を飾らせてあげたい、そのドライバーの想いが、これまで以上にGRヤリスに「カイゼン」という名のムチを打つ
モリゾウ自身も、GRヤリスを駆る。しかし、走行してすぐ、ステアリングに違和感があった。もっといいクルマづくりのセンサーを、絶えず磨き続けている結果だからこそ異常にはすぐに気がついた
原因はドライブシャフト内のベアリングを受ける、通称「トリカゴ」と呼ばれる部品の疲労破断だった。この疲労破断は、走行マイレージによる寿命と、縁石走行からくるマシンへの負荷によるものだった。すぐさま対策にあたった
今回のSUGO戦から、新しくGRヤリスで参戦するプライベーターの仲間が加わった。無事に車検を終えたオーナーがモリゾウと談笑する
土曜日は朝のフリー走行から土砂降りの雨
予選は午後0時30分から行われた。まだ路面はウエットながらも、雨は徐々にやみつつあった。そんな難しい路面状況で、Aドライバーの井口はトップタイムをマーク
続くBドライバーの佐々木。ライバルが無難にレインタイヤでアタックするところを、スリックタイヤで挑んだ。与えられた予選時間をフルに使うため、メカニックが佐々木のコースインのタイミングを計る
まだ乾ききっていないスリッピーな路面だったが「気合いと、根性と、みんなの気持ち」で、1分41秒718という他を圧倒するスーパーラップでポールポジションを獲得
GRスープラも、さまざまなカイゼンを盛り込み、このSUGOに挑んでいた。Bドライバーの豊田大輔は、滑りやすい路面コンディションをレインタイヤでアタック。タイヤの摩耗状況と対話しながら、1分40秒987というベストタイムをマーク
Dドライバー枠の予選では、グループ1のGRスープラと、グループ2のGRヤリスが同じ時間に走行することとなった。もう見ることのできない、2台のランデブー走行だった
予選終了後、GRヤリスのメンバーでミーティングが行われた。モリゾウはこの仲間とともに戦えることへの感謝の想いをあらためて伝えた
日曜日、決勝。昨日までの荒天から一変、快晴に恵まれた
GRヤリスが走るグループ2の決勝は早朝から行われた
グランドスタンドには、ヤリスシリーズなどを生産するトヨタ自動車東日本のメンバーがTGRフラッグを持って応援に来てくれていた
グリッドでは、ルーキーレーシングのドライバー全員でGRヤリスを囲み、記念撮影。モリゾウと大輔の、GRヤリスに添える手から伝わる感謝の想い
午前8時43分、グループ2の決勝がスタート。ポールポジションを獲得したGRヤリスが、28台のライバルを引き連れて、SUGOの1コーナーに飛び込む
ストレートスピードで勝るST-3クラスのマシンと、コーナリングスピードで勝るGRヤリス。スタートドライバー佐々木が、プロの技でライバル勢を抑える
スタートから43分が経過したころ、他チームのクラッシュによりセーフティカーが導入される。本来、佐々木の次はモリゾウにつなぐ予定だった。しかし、このピットインのタイミングと、後半の展開を考え、急遽井口に交代となった
井口はラップライムをどんどん上げていき、トップを快走するも、タイヤの摩耗が思ったよりも早く、2番手とのタイム差を思うように広げることができない状況にあった。モリゾウに交代する時間が刻一刻と迫っていた
前日のミーティングで「GRヤリスを運転していて楽しい」「もっと乗っていたい」と話していた。いつもと変わらないグータッチと笑顔で、GRヤリスを待つ
午前10時54分、井口からモリゾウに交代
ピットインのタイミングで、後ろから追いついてきたライバルたちを、周回を重ねるごとにどんどん引き離していく
実はモリゾウに交代したピットインのタイミングで、無線のプラグがうまくはまっておらず、モリゾウの声は聞こえるが、ピットからの指示は聞こえない、ノーインフォメーションの状況となっていた。セーフティカー導入のタイミングで、予定よりも長く乗ることになった。順番も、結果的にチェッカーを受けるドライバーとなった。のちにモリゾウは、自身のこのスティントを「孤独の50分」と振り返った。しかしそれは、レースの神様が与えてくれたモリゾウとGRヤリスの2人だけの時間だったに違いない
ピットでは、ルーキーレーシングのみんなが食い入るようにモニターを見つめていた。このときGRヤリスは3番手を走行していた。しかし4番手を走るライバル車が、1周2秒近く速いペースで、GRヤリスとのギャップを縮めていた。しかし無線プラグが抜けたままの今、その情報はモリゾウには届かない。ただただ祈るしかなかった
結果、GRヤリスは4位でチェッカーを受けた。ファイナルラップの、チェッカーまであとわずかというところで、後続のライバル車に先行されてしまった。それでも、ルーキーレーシングのみんなは、最終コーナーを立ち上がってくるモリゾウを全身で迎えた
パルクフェルメ(車両保管所)にマシンを停め、ピットに向かって歩くモリゾウは清々しい顔をしていた
ピットに戻って、結果4位だったこと、ファイナルラップでライバル車に抜かれたことを初めて聞かされた。それでもモリゾウは笑顔だった。マスタードライバーとして、やり切った充実感に包まれていた。その姿を見て、ルーキーレーシングのみんなも自然と笑顔になった
グループ2の決勝のあと、GRスープラが走るグループ1の決勝が行われた
スタートドライバーはDドライバーの小倉康宏。小倉がスタートドライバーを務めるのは今回が初めて。次戦の富士24時間レースに向けて、不測の事態にも対応できるよう、これまでのドライバールーティンとは違うかたちでのチャレンジだった
午後1時58分、グループ1の決勝がスタート
モリゾウは、自身が走らずとも、じっと、GRスープラと、仲間の走りを見守っていた
38周の周回を終え、小倉から豊田大輔に交代
午後3時25分、ファンが集まるイベント会場ではレースクイーンのPRステージが行われていた。ルーキーレーシングのレースクイーン2人もステージに初登壇。その姿を見たモリゾウも、両手を広げ、飛び跳ね、ファンと一体となってこのイベントを楽しんだ
スタートから1時間40分を過ぎたころ、コース上では2台のマシンがクラッシュ。散らばった破片処理のため、レースは一時赤旗中断となった
午後4時43分、レースはセーフティカー先導でリスタート。最終ドライバーを任された蒲生尚弥は次戦の24時間レースに向けてタイヤの摩耗テストもトライするなど、難しいスティントとなったが、安定した走りで総合15位でチェッカーを受けた
決勝後の終礼で、モリゾウは、これまでのGRヤリスの功績を振り返り、あらためてメンバー全員に感謝を伝えるとともに、「我々は新しいチャプターに行く」と語った
新しいチャプターに行くが、仲間は変わらない。そんなワンチームの想いとともに、今回も「ジャンボ!」の合言葉と笑顔で、SUGO戦を締めくくった
次戦はいよいよ富士 SUPER TEC 24時間レース。新たなカーガイとともに、決戦の場へと挑む