
お風呂に入るという何でもない行為が、高齢者には命のリスクに。入浴介助は負荷も大きい。そこでトヨタが開発したものとは...
実証実験では、食品衛生で使われているテスターや匂いセンサーで計測。すると、入浴後に体を拭くだけできれいになっていることが証明された。
水圧で負荷がかかるお風呂よりも、ミストサウナのほうがラクだという意見をたくさんいただきました。入った後は体が軽くなって、お散歩に行きたくなるという声もあり、温まるだけでなく外出のきっかけになることもわかったんです。
当初は「介護サービス」を想定していた。しかし健康な生活を続けることで要介護状態になることを防ぐ「介護予防」のニーズも見えてきた。
飯山市 宮澤俊昭 民生部長

市の高齢化率は、全国平均よりも高く、皆さんコロナ禍で家に閉じこもりがちになっていました。NUKUMARUをきっかけに外出を楽しんでいただけるかもしれない。そんな願いもあったんです。
当時、地域包括支援センターの所長だった鈴木氏はこう続ける。
飯山市 鈴木靖史 総務部長

家にばっかりいて気持ちが沈んでいく方を何人も見てきました。外で誰かと話しているときは楽しい気持ちになる。家から出てNUKUMARUで気分転換して、住み慣れた町で明るく元気に暮らしていただきたいんです。
現在、飯山市では、介護予防生活支援サービスの一環として65歳以上の方を対象に1回500円(一般は3000円)で利用できるようになっている。

目的がないと、寒い日は外出機会が少なくなる。そんな雪国の課題にNUKUMARUの温浴効果がはまったのだ。
できるんか?このスケジュール
NUKUMARUを利用する人の男女比は半々だという。この結果に、当時の介護支援係長は驚いたそうだ。
飯山市 山﨑文英 企画財政課 課長補佐

市では介護予防教室も開催していますが、男性の利用者は少ないです。でも、NUKUMARUだと多くの男性にも外出して利用いただけることが分かりました。
最初に実証実験をした富倉地区では、NUKUMARUをきっかけにご近所同士で「行ってみよう」とコミュニティもできました。そこではトヨタの瓦口さんが大人気ですよ(笑)
外出機会をつくることで高齢者の引きこもりを防ぎ、社会とのつながりを増やす。それにより生活の質、QOL(クオリティ オブ ライフ)も向上する。しかしすべてがスムーズにいった訳ではなかった。
飯山市の担当者は「公衆浴場法などあらゆる規制があります。普段我々は規制をかける側ですが、まさか自分たちが規制で困るとは思わなかった」と苦笑いを浮かべる。
しかし「前例のないモビリティなので、実証実験で実績を積み上げるしかない」と前を向く。また、トヨタの進め方に当初は困惑もあったそうだ。
2020年5月に電話で話を聞いて。で、秋にはもう実証実験をスタートすると聞き「できるんか、このスケジュールで?」と思いました。行政では考えられないスピードだけど、トヨタはしっかりとやってくる。
我々も頑張らなきゃと引っ張られた感じはありますね。そしたら本当にできちゃった(笑)。
クルマとして移動できるので、立地や施設に依存せず高齢者をサポートできるNUKUMARU。介護予防以外での活用シーンも増えている。
能登半島地震の被災地では、一度のメンテナンスを挟んで半年間支援を続けた。ストレスや不安が高まる寒冷地の被災地でのニーズは高く、衛生面での意義も大きい。利用者のなかには涙を流して有難さを語る人もいたそうだ。

さらに、宿泊を伴うキャンプ場でのレジャー利用や、肌のコンディションを整える美容領域、またレンタカーとしての貸し出しなど、事業化に向けてあらゆる可能性を模索中。移動できるクルマなので、1台あればいろんな場所で多くの人を元気にできるのだ。
最後にトヨタの二人はこう話す。
「NUKUMARUをきっかけにコミュニティができたり、行動変容がおこった。玄関からわずか30秒でも外出のきっかけが生まれれば、大きな可能性だと思うんです」(瓦口翔馬)
「決して大袈裟なことではなく、目の前の人を幸せにする。そんな小さな幸せを積み上げることが大事だと考えています」(浅見里咲)

取材したこの日も、NUKUMARUから出てくる人は誰もが笑顔になっていた。次はどんな場所に幸せを届けていくのか、今日もNUKUMARUの挑戦は続く。