第17回(前編) 本杢の美しさを見極める「墨掛けの匠」

2023.12.27

自動車業界を匠の技で支える「職人」特集。第17回(前編)では、新しいセンチュリーの本杢パネルの美しさを下支えする「墨掛けの匠」に話を聞く

3DプリンターやAIをはじめとするテクノロジーの進化に注目が集まる現代。だが、クルマづくりの現場では今もなお多数の「手仕事」が生かされている。

トヨタイムズでは、自動車業界を匠の技能で支える「職人」にスポットライトを当て、日本の「モノづくり」の真髄に迫る「日本のクルマづくりを支える職人たち」を特集する。

今回は、新しいセンチュリーが登場したのを機に、同車のクルマづくりに携わる職人を5回にわたって紹介する特別編の第4回。

センチュリーのインテリアにおけるハイライトのひとつである、天然の木材(本杢)を用いた加飾パネル。その開発・生産に携わった、ヤマハファインテックの2人の匠を取材した。

前編では、加飾パネルの表面に用いられる本杢の化粧材を選別する「墨掛けの匠」金子竜也氏に焦点を当てる。

17回(前編) 本杢パネルに用いる化粧材を優れた審美眼で選別する「墨掛けの匠」金子竜也氏

ヤマハファインテック株式会社 カーパーツ事業部 CP生産部 生産1グループ

墨掛けにおいて重要な要素とは?

クラシックカーの時代から、クルマのインテリアを彩るアイテムとしておなじみの木目の加飾パネル(ウッドパネル)。クルマには馬車から受け継がれた意匠や技術が多いが、ウッドパネルはその好例だ。

比較的年齢層が高いクルマ好きの中には、ウッドパネルといえばトヨタ2000GTのインストルメントパネルを思い浮かべる人も少なくはないのでは。ドライバーの目前に広がるあの美しい木目のパネルを手掛けたのは、何を隠そう世界的な総合楽器メーカー、ヤマハである。

ところで、ウッドパネルには、大きく分けて2種類が存在する。木目を模したフィルムや樹脂を貼り付けた、いわゆる疑似木(木目調)のパネルと、本物の木材(化粧材)を用いた本杢パネルだ。

トヨタ博物館に展示されていたトヨタ2000GT(コンバーチブル)のインテリア。インストルメントパネルとステアリングに施された本杢の加飾が美しい

前述の通りヤマハは、ピアノづくりで培った木材加工や塗装の技術を生かし、1960年代後半にトヨタ2000GT向けの本杢パネルを手掛けたわけだが、80年代後半には初代レクサスLS用の加飾パネルを開発するプロジェクトから、カーパーツ部門を創設。

同部門は後に、グループ会社であるヤマハファインテックにカーパーツ事業部として移管され、3代目となる現行センチュリーセダンなどトヨタやレクサスをはじめ、国内外のさまざまなカーメーカーの本杢パネルの開発・生産を手掛けてきた。

新しいセンチュリーの内装では、インストルメントパネルとセンチュリー伝統のタワーコンソールに、ストライプ柄が施されたシックな本杢があしらわれている。この加飾パネルの開発・製造を担当したのも同カーパーツ事業部だ。

新しいセンチュリーのタワーコンソール(上)とインストルメントパネル(下)には、ダークトーンにストライプ柄が施されたシックな本杢パネルがあしらわれている

その中で金子氏が担当しているのは、まず本杢の加飾パネルに用いられている木材、厳密には0.2ミリ程度にスライスされた化粧材を、国内外のサプライヤーから買い付けること。

金子氏たちにより調達された本杢の化粧材。厚さは0.2ミリ程度と極めて薄い。木材資源保護の観点から木材消費量を抑えるためだ。最終的にはアルミ材と芯となる木材の3層に圧着された状態(3プライシート)で使用される

そして調達した化粧材について、節や欠損などの欠点部分を避けながら、加飾パネルの部品形状に合わせ、より木目の奇麗な箇所を選別することだ。ちなみに、この選別作業を「墨掛け」という。

加飾パネル部品の形状をしたテンプレート(シート)を化粧材に用いて墨掛けを行う

金子氏

墨掛けは、大工さんが木材を選別する際に、墨で線を引くことに由来しますが、実際には、私たちは鉛筆で化粧材に記しを付けています。

天然木である以上、節や割れはどうしても生じてしまいます。仕入れ先では、実際に木目を目視で確認しながら、欠点箇所が少ないものを厳選して調達します。また墨掛けの際にも、改めて入念にチェックします。

仮に欠点がなくても、例えば木目の柄が美しくなかったり、柄自体が少なかったりする部分は使いません。

柄が少ないと、加飾パネルに仕上げた際に、締まりのない印象になってしまいます。さらに、塗装を重ねていくことで、模様が見えにくくなってしまうこともあります。

加飾パネルとしての最終的な仕上がりをイメージしながら、墨掛けを行うことが重要なのです。

お客様の感性に訴える意匠を選別する

金子氏によると、木目柄が複雑な化粧材の場合、墨掛けを行った結果、部品として使える部分が2割ほどしか残らないこともあるのだそうだ。

また、アッシュ、ウォールナット、メープルなど、化粧材に用いられる樹種もさまざまだ。墨掛けを行う際には、そうした多くの樹種について、それぞれの木目柄の特徴や美しさを熟知している必要がある、と金子氏は強調する。

樹種によって美しい木目柄も欠点も異なるため、金子氏自身、墨掛けを担当するようになった当初は、どれが柄で、どれが節などの欠点なのか、見分けることすら難しかった。

特にレクサスISなどに採用されている、はっきりとした強い木目が特徴のアッシュ材や、欧州製高級車のウッドパネルでおなじみのクラロウォールナットの墨掛けは、難易度が高いという。

金子

毎日8時間以上、化粧材と向き合うのですが、墨掛けを担当するようになって1年以上経っても、1人で作業するのが不安でした。

とにかく、さまざまな樹種のさまざまな木目柄を見て、美しいパターンとNGパターンを一つひとつ先輩と確認しながら、内装デザインを担当したデザイナーや、オーナーとなるお客様がどのような木目柄を求めているのか、“選別する目”を鍛えていきました。

化粧材の木目パターンを先輩やチームメンバーと確認しながら、墨掛けの品質精度を高めていく

墨掛けは、自らの感性を磨き、お客様の感性に訴える意匠を選別する仕事。それゆえ、ロボットやコンピューターに置き換えるのは難しい、と金子氏。逆に言えば、それだけ属人的な作業のため、チームとして品質を管理し、精度を上げていく必要があるという。

そこで導入しているのが、週1回の頻度で実施している確認会だ。ここでは、墨掛けと品質管理の担当者が一堂に介し、さまざまな木目柄の化粧材をサンプルとして、どこまでが許容範囲で、どこからがNGなのか、スタッフ間で“目合わせ”を行っている。

また、金子氏らが調達し、また墨掛けした化粧材について、品質管理担当者が全数チェックを実施。NGとしてはじかれた化粧材のデータをチームで共有することで、品質管理の精度向上を図っているという。

レクサスLSの本杢パネルがつないだ縁

金子氏は1997年生まれの26歳。プラモデルなど手を動かしてモノをつくるのが好きで、地元・静岡県浜松市の工業高校に進学。

就職活動の際にヤマハファインテックのカーパーツ事業部を知り、木材加工や塗装など、“自分の手によるモノづくり”ができそうだという理由から、入社を志望した。

金子

実は高校生のときに、2006年に日本に導入されたレクサスLSを父親と訪れた中古車店で見学したんです。

内装の本杢パネルがバーズアイメイプルといって、鳥の目のような模様の柄だったんですが、それがとても奇麗で印象的でした。

その本杢パネルを手掛けたのがヤマハファインテックだと知って、ぜひ入社したいと思いました。

金子氏が現在の仕事に就くきっかけとなった、日本にはじめて導入された4代目レクサスLS

そのような経緯もあり、トヨタを代表する車種であるセンチュリーの担当に任命された際には、心からうれしかったと、当時を振り返る。

金子

新しいセンチュリーのプロジェクトでは、墨掛けを担当する私たちにまで、「贅沢なシンプル」という内装のテーマが事前に共有されました。

今回、化粧材として採用されたサペリという木材は、例えば大きな木目柄で強く主張するウォールナットのような樹種とは異なり、端正な柾目が非常に繊細な表情を浮かべます。

まさに「贅沢なシンプル」を象徴するような樹種ですので、本杢の良さを分かっていらっしゃる目の肥えたお客様に、インストルメントパネルやタワーコンソールの加飾パネルを至近距離で見て、「本当に美しい」と感じていただけるよう、従来よりもさらにこだわりをもって墨掛けを行っています。

新しいセンチュリーの化粧材に用いられるサペリ。端正な柾目が特徴だ

新しいセンチュリーの加飾パネルに込めた想い

従来の加飾パネルでは、ハイグロスフィニッシュと呼ばれる、ピアノの筐体のような光沢のある塗装で仕上げるのが主流だった。一方、新しいセンチュリーでは木材の導管も含め、本杢ならではのテクスチャーそのものを敢えて意匠として見せる、オープンポアという塗装が選ばれた。

さらに、本杢の化粧材にアルミ材による細いラインを入れることで、ストライプ柄に仕上げられている。

そうしたアルミのラインがより真っすぐクリアに見えるような導管の出方にまでこだわり、墨掛けを行っていると、金子氏はいう。

金子氏

昨今は疑似木の加工技術が向上していて、一般の人が一見しただけでは本杢と見分けがつかないような美しい疑似木のパネルも出はじめています。

しかし、見る角度によって陰影のコントラストが変化するなど、本杢には疑似木には決してない魅力があります。

そうした本杢の素晴らしさを加飾パネルを通してお客様に伝えることができるような職人になれるよう、これからも精進していきたいと考えています。

自分が墨掛けした本杢の加飾パネルが、センチュリーやレクサスのクルマの内装の一部として何十年も存在しつづける。そのことに、墨掛け職人として、大きなやりがいを感じているという金子氏。

金子氏が自らの感性で選別した加飾パネルが、美しく居心地のいい内装に不可欠な要素として、きっと今後もそこで過ごすお客様の笑顔を生み出していくことだろう。

後編では、新しいセンチュリーの本杢の加飾パネルについて、樹種の提案から開発まですべてに渡って手掛けた「加飾開発の匠」をフィーチャー。いくつもの困難を乗り越え実現に至ったインサイドストーリーが明らかに。

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