トヨタのデザイン思想が丸裸に。デザイントップが語った大切なこと。

2022.07.20

「いいクルマ」とは何か。その重要な要素のひとつがデザインであることは確かだ。ではトヨタにとってデザインとは何か。そしてユーザーにとってのデザインとは何か。そんな疑問に常に向き合い続けるのがカーデザイナーだ。

シリーズ初回は、サイモン・ハンフリーズ デザイン統括部長に徹底取材。そこで明かされた意外なキャリアや、トヨタデザインの本質、そして新しいフェーズに入った新型クラウンのことまでを詳報する。

カーデザイン未経験の私を雇ったトヨタ

ハンフリーズ統括部長はイギリス生まれ。絵を書くことが得意だった少年時代、13歳のときに学校の先生に「きみはデザイナーを目指すべきだよ」と言われたことがきっかけで、デザインの世界に興味を抱いたという。

ハンフリーズ統括部長

以来ずっとデザインを勉強していました。大学でもデザインを学び、88年に、とあるコンペで優勝しました。そのスポンサーが日本企業だったこともあり、日本に呼んでもらったのが私と日本の最初の接点です。いまとは違う、混沌とした秋葉原がとてもおもしろかったのを覚えています。

そんな日本での体験を経て、イギリスに戻りデザイン事務所で働いていたが、どうしても日本を忘れることができず再来日。89年には名古屋のデザイン事務所に入りそこで6年ほど働く。それまでの専門は、カーデザインではなくプロダクトデザインだったという。

ハンフリーズ統括部長

デザインの仕事を続けながら、やっぱり頭のなかにはずっとカーデザインをやりたいという思いがありました。

自動車の専門知識はありませんでしたが、プロダクトデザインでも、カーデザインでも、デザインであることは同じだという気持ちでトヨタにチャレンジしたところ、入れてもらうことができました。ものすごくハッピーだったことを今でも覚えています。

94年当時、トヨタのデザイン部門にはひとりも外国人がいなかったという。

フランスにあるデザイン拠点(ED2)でデザインされた「コンパクトクルーザーEV」。「CAR DESIGN AWARD 2022」を受賞

ハンフリーズ統括部長

当時の部長が、私が入社できた理由を教えてくれました。

それは海外のデザインカルチャーを経験している人材が欲しかったこと。そしてコンピュータグラフィックの知識を持つ人物が必要だったこと。私は幸運にもその両方を持っていたんです。

トヨタのデザインに欠かせない2つの重要な視点とは

ところで、デザイン部門の統括部長とはどんな仕事なのか。また、トヨタにとってのカーデザイナーの役割について「2つの重要な視点」を語ってくれた。

ハンフリーズ統括部長

ひとつはトヨタの視点。トヨタがどこに向かっているのか、どんな存在価値を提供できるのか、という視点です。当然そこには豊田社長の考えも大きく影響します。

そしてもうひとつはお客様の視点。つまりマーケットが求める視点です。

デザイナーは常に、この両者の狭間にいるというイメージです。その両方を見て、その両方の話を解釈して、カタチに置き換える。デザインの役割はそういうことです。

さらに、将来のことを“見える化”することも重要な仕事だという。

ハンフリーズ統括部長

たとえば豊田社長は明確なビジョンをもたれています。その言葉の端々に表れるのは“こういうモノ”ということではなく“方向性”なんです。

で、この方向性が私達にとっての課題です。デザイナーは、その方向性を読み取り、解釈してカタチにする、この一連の流れが重要なんです。

ここでいう方向性とは“夢”のようなものでもあります。あまり明確にイメージされていない夢もあるし、課題のような夢もあります。私たちデザイナーはあらゆる方向にアンテナを張り巡らせ、あらゆる夢を吸収しなければなりません。

社長の想いと、マーケットが求める視点、どちらも汲み取りながら少し先の未来を提示する。デザイン思考という手法は、明確でない物事を整理して方向を示すメソッドであるが、ハンフリーズ統括部長がいうデザイナーの役割はまさにそこだ。

商業用やシェアリングカーとして、使い方を自在にアレンジできる軽自動車「MICRO BOX」
なんと、リサイクルの発泡材をボディ外部に使用。安全に配慮しつつ、お客様の部品交換費用も抑えられる
誰が乗ってもすぐに自分のクルマとして使えるよう、スマホをナビとして使用

トヨタが、デザインを統一しない理由

ハンフリーズ統括部長

四角か丸か、そういうことを考えるのはデザインではなくスタイリングなのです。デザインに含まれるのかもしれませんが、表層にすぎません。デザインの本質は問題解決なのです。そして、問題解決のためにもっとも重要なことは、コンセプトを決めることです。

たとえば発表されたばかりの新しいクラウン。社長(親しみを込めてハンフリーズ統括部長は“アキオさん”と呼ぶ)からは「もうそろそろ、次の時代に必要とされるためにも大きな変化が必要じゃないか?」という言葉をいただきました。これは方向性を示すものですね。

そしてさらにこう加えられました。「(15代目である)今走っているクラウンは徳川時代の最後の将軍。次のクラウンは明治にならないといけない」この言葉は次のクラウンのデザインコンセプトの土台になるものです。

少しの進化でなく、大きな変化を期待されているんだ!ということがわかりますから。このコンセプトがあるから、デザイナーは大胆なチャレンジができるわけです。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

15代に渡って続いた徳川将軍家。新しいクラウンは16代目にあたる。豊田社長の言葉は、示唆的ではあるものの「ある意味でものすごく具体的な指示だった」と振り返る。

新しいクラウンに限らず“いいクルマをつくろう”という姿勢は、フルラインナップで多様なニーズに向き合うトヨタにとって重要な観点であるようだ。

ハンフリーズ統括部長

ブランドマネジメントという観点から考えると、全車種のデザインを統一するという方法もあります。けれども、トヨタのデザインは、その一台がお客様にとってオンリーワンの存在になれるかどうかを重視しています。

たくさんの選択肢からたった一台を選ぶお客様にとっては、全車種がすべて同じデザインであるよりも、自分にとって最良の一台が見つかることが重要なのではないでしょうか。「この一台を選んだら幸せになっていただける」そういうことを目指しています。

2台のコンセプトカーを前に、セダンシルエット(左)と、車高の高い現代的セダンのあり方(右)を語る

価値観が多様化するなか、一人ひとりに最適解を届けようとするトヨタのクルマづくり。これは極めて日本的なやり方だとハンフリーズ統括部長は考えている。お店に並ぶビールを例に説明してくれた。

なぜ日本では135mlのビールが売られているのか

ハンフリーズ統括部長

同じ銘柄のビールでも、日本のお店の棚にはたくさんのサイズがありますよね。1l500ml、それから350ml……、一番小さいのだと135mlなんてものもありますよね。

なぜか。それを求める人がいるからです。と同時に、こんなサイズがあったら新しい飲み方ができるはず、というクリエイティブな発想も当然手伝っています。

つまり、トヨタのデザイナーが考えているのは、移動のための道具ではありながら、趣味やライフスタイルなど、多様なお客様の暮らしに寄り添えるデザインであること。

ハンフリーズ統括部長

トヨタはものすごく真剣にユーザーのことを考えている。それがわかっていただけるといいなぁと思います。トヨタは勝手につくりたいクルマをつくっているのではなく、一方でマーケットリサーチに振り回されるでもなく、意思のようなものを明確に持っている企業です。

そこには豊田章男社長の存在が重要です。意思を持ったクルマづくりを進めながら、マーケティングも大事にしていて、それを絶妙にバランスしているんです。

それを可能にしたのは、クルマのプラットフォームであるTNGA(Toyota New Global Architecture)。いいクルマをつくるためのデザインと、それを実現するためのエンジニアリングの融合だ。

終始笑顔を絶やすことがないハンフリーズ統括部長。このインタビュー後、打ち合わせのためアメリカへと飛び立った

カーガイの社長だと何が違うのか

ハンフリーズ統括部長

それからもっとも大切なこと。それは豊田章男社長が、社長であると同時に、ひとりのカーガイである、ということです。

トップがクルマのデザインに興味をもっていて、「もっと走りが力強く感じるように」とか、「サーキットでスポーツ走行できるように」とか、そのクルマが目指すべき方向性をコメントしてくれるだけで、我々は新たな課題や気づきを掴めます。それをクリアすることでデザインは一層磨かれていくんです。

「アンサーはなくてもいい」。繰り返しそう語ってくれた。デザイナーを砂上の楼閣に追いやるのではなく、日常的に意見交換しながらつくっていくのがトヨタのデザインなのだ。

最後にデザイナーという役割の大変さについて語ってくれた。

ハンフリーズ統括部長

デザインは未来を見るものです。一度クルマを世に送り出してしまえば、それはもう過去のものになってしまうんですね。正直にいえば、精神的にちょっと辛いものもありますよ(笑)。

苦労してつくり上げたばかりのクルマを、クリティカルに厳しい目で見て改善点を探していかないといけないんですから。そうしないと次のステップが踏めないんです。でも・・それが楽しいんですよね。

サイモン・ハンフリーズ統括部長

母国イギリスで1988年にプロダクトデザイナーのキャリアをスタート。その後、日本でも業務経験を重ねて1994年トヨタへ入社。デザインの研究開発にはじまり2002年トヨタ(Vibrant Clarity)/レクサス(L-finesse)のデザインフィロソフィーを策定。その後は先行デザイン、量産車デザインと数多くのデザインを監修、2016年からは欧州デザイン拠点ED 2 に赴任、拠点長として多くの将来モビリティーデザインの提案を行う。2018年帰任後、デザイン領域全体のヘッドとして指揮を執っている。

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