第5回「年式問題」という難題を乗り越えて

2023.06.06

自動車業界が大変革期にある今、トヨタの原点に立ち返るべく始まった「初代クラウン・レストア・プロジェクト」。第5回では、旧車のレストアでは避けて通れない「年式(バーション)」問題についてリポートする。

最終的なゴールは?

レストアという仕事を初めて行った多くのメンバーにとって、この年式問題は未体験のことだけに悩ましいものだった。

ただ「いいものをつくる」ということでは片付かない、クルマの歴史を踏まえた対応が必要だからだ。

とはいえ、プロジェクトチームのメンバーは、全員が共通する想いで仕事に取り組んでいた。

それは、このクルマを提供してくださったお客様の「現代のクルマづくりに携わる皆さんの総力を結集して、トヨタだからこそ実現できる完璧なレストアで、この初代クラウンを誕生当時のままに甦らせてほしい」という熱い想いに応えること。

そのためには、オリジナルの状態に戻すレストアでは終わらせない。現代だからできる、オリジナルモデルを超えて、より長く乗り続けることができるレストアを目指した。

第4回で紹介したシャシーとボデーのカチオン電着塗装は、その想いから生まれた画期的な取り組みの成果のひとつ。だが、ゴールを決めなれば、レストア作業は終わらない。

そして、どちらの年式に仕上げるとしても、いちばん大事なのは「正解の形状・仕様」=「真実」を把握すること。

事務局はトヨタ博物館に展示されているレストア済みの車両や、ほとんど手を加えずに当時のままの状態を多く残している車両など、現存する初代クラウンを片っ端から調査。

さらに、オークションサイトに出展されている初代クラウンの部品を徹底的にチェックしたり、初代クラウンの時代から純正部品を製作していただいてきたメーカーを直接訪ねたりして、工場出荷当時の仕様を特定するための努力を続けた。

その一方で、各チームの現場では、使える部品の再生に加えて、手に入らない部品を自分たちの手で設計図を基にゼロから製造する取り組みも進んでいた。

部品の中には、再使用が不可能なほど劣化しているために、トヨタ紡織の全面的な協力を得て新たにつくったシートや、樹脂製のテールランプのように、当時のつくり方に関する資料がほとんどなく、当時の現物からシリコンで型を起こし、試行錯誤を繰り返しながら製作したものもあった。

足回りチームで三好工場第2機械部に所属する森義晃は、プロペラシャフトのバランスウェイトの形状が現代のそれと違うことに気づいた。

トランスミッションとデファレンシャルギアを結合するプロペラシャフトには、回転時のアンバランスを修正するためのおもり(バランスウェイト)が溶接されている。

現代のバランスウェイトは四角いが初代クラウンはドーナッツ形状なのだ。195060年代の車両を調べてみると、どうやら1960年代以降に四角い形状になったようだった。

(左)初代クラウンのバランスウェイト、(右)現代のバランスウェイト

当初は、なぜ初代クラウンと現代の車両でバランスウェイトの形状が違うのか分かりませんでした。でも、実際にドーナッツ形状のバランスウェイトを製作して溶接してみると、ウェイト量や角度の微調整が難しいことが分かりました。

四角いウェイトなら、貼る枚数で重さや角度を微調整しやすい。だから変更したのでしょう。おそらくシャフト単体のバランスを向上させる狙いもあったのだと思います。設計や製造現場の改善の足跡を感じることができました。

ちなみに今回のレストアでは、森たちはオリジナル通りに復元すべくあえて微調整の難しいドーナッツ形状のウェイトを使用。同時に、バランスは現代の規格を満たすことにこだわった。

一方、完成検査チームで高岡・堤品質管理部の宇都宮良太はワイヤーハーネスを復元している中で、ワイヤーハーネスのジャンクションブロックの形状が55年式と57年式で違っていたことを発見した。

ちなみにワイヤーハーネスはいわゆる電線で、ライトやホーンに電気を伝えるための線。ジャンクションブロックは、電線と電線を接続する箇所の部品だ。

宇都宮

55年式ではY端子の共締めで連結されている構造でしたが、57年式ではゴム製のジャンクションブロックの中で、ギボシというジョイント部品で接続される設計になっていました。

この設計変更により、安全面では水侵入による漏電が原因で発生する車両火災のリスクを減らそうとしたのだと思います。

品質面では、端子の付け忘れによりボデーと端子が接触することで起きるショートの恐れや、締め過ぎで端子が壊れるリスクを低減したのでしょう。

またY端子の共締めはとてもやりにくい作業ですが、ギボシを採用することで作業効率の向上も図ったのだと思われます。

やりにくい作業や効率の悪い作業の改善は組付け作業時間のバラつきの低減にもつながる。生産現場のムダ・ムラ・ムリを排除するトヨタ生産方式の源流がさまざまな設計変更から読み取れたという。

(左)55年製はY端子共締め、(右)57年製はギボシ接続

オリジナルそのままのレストアを目指してこうした苦労を重ねているだけに、各チームの現場の年式に対する想いは強い。日々のこうした作業と並行しながら熱い議論は数カ月も続いた。

そしてプロジェクトチームが出した最終的な結論は、「1957年式」としてレストアを完成させることだった。

レストアの現場からは、このゴールに対して異論もあったという。各チームと話し合って年式に関する問題を整理し、異論をすべて受け入れた上で最終的に結論をまとめた事務局の古味は語る。

古味

白熱した議論を経て私たち事務局が出した結論は、1957年モデルとして完成させることでした。

最終的にこの結論に至った理由の一つは、このクルマが1957年式として登録され、ラダーフレームに「1957年式」のシャシー番号の刻印が施されていたことでした。

この刻印も完璧と言えるものではありませんでしたが、公道を走らせることを考えると、この書類を尊重しなければなりません。

57年式の工場出荷状態への復元を目指す」というスローガンは、作業を進めるうえで明確な旗印になりました。

ただ、振り返ってみると55年式と57年式の違いは何か、社内に残る図面から設計変更の事実をたどり、その違いがなぜ生まれたのかを考えるプロセスのほうがはるかに重要な時間だったと感じました。

ボデーパネルからボルト一本に至るまでほぼ全ての図面に初代クラウン主査の中村健也さんが検図された跡が見られましたし、設計変更が入った個所は「耐久性を高めるためだろう」とか、「組付性の向上とコスト低減のためだな」とか、先人たちが飽くなき改善を積み重ねてきた歴史を感じることができました。

レストア作業にあたった一人ひとりがその想いを感じ取り、「もっといいクルマにしよう」というモチベーションにつなげてくれたと思います。

古味がそう語るように、プロジェクトのメンバーたちは図面と実物を何百回と繰り返し精査しながら、年式問題に正面から取り組んだ。その過程で、正解の向こう側に当時の技術者たちの挑戦と改善の魂を感じ取った彼らは、「一切の妥協を排してやろう」という決意のもとレストア作業に勤しんだという。

先人たちの「挑戦と改善」のマインドをチーム全体で共有しながら「もっといいクルマづくり」に邁進する。まさにこのプロセスこそが、「技能伝承」「人財育成」をテーマとする初代クラウン・レストア・プロジェクトの根幹なのである。

(文・渋谷康人)

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