
「気を抜いたら、すぐに普通の会社に戻ってしまう」。「トヨタらしさ」を次代へ引き継ぐために、今再び求められるのは、家族の会話だ。

約1カ月にわたって開催されてきた労使協議会が3月12日、回答日を迎えた。
多くのリソースをかけ、短期開発を続ける中国の自動車メーカーとも渡り合い、10年先、50年先も生き残っていくために、労使で話し合いを重ねてきた。
見えてきたのは労使双方の危機感の不足。前回の総括で脱一律の評価制度への覚悟を問うた佐藤恒治社長が回答に込めた想いを語った。
気を抜いたら、すぐに普通の会社に戻ってしまう
佐藤社長

改めて、トヨタ労使が大切にしていることは、年間を通じた話し合いです。この1年も、労使協議を起点に、話し合った結果を行動に移してまいりました。
例えば、昨年決めた「働きやすさ」を改善する環境投資。工場の暑熱対策など、現場の皆さんと一緒にさまざまな環境整備を進めています。
認証問題でも、皆さんに声を上げていただき、建屋・設備の老朽更新など正しい仕事に必要なハード面の投資を250件以上、決めて、実行に移しています。
これからもみんなが安心して、笑顔で働ける現場をつくるために、環境改善につながる投資をしっかり続けていきます。
また550万人の仲間に向けた取り組みについても、労使協議に先立って仕入先様・販売店の皆様の「人への投資」を後押しする活動を進めてきました。
これからも、幅広く、Tierの奥深くまで、想いをお届けして、多くの仲間が変化を実感できるよう、現場に根差した取り組みを続けていきたいと思います。
この1年間の取り組み、そして550万人へと想いを波及させていく決意を示した佐藤社長。続けて今回の労使協を振り返った。
佐藤社長
そのうえで、今年の労使協議では、生き残りをかけて、一人ひとりの働き方を変えていく。この想いのもと、話し合いを重ねてまいりました。
危機感よりも不安感の方が強く、とにかく目の前の仕事を必死にやっている。組合は、そんな職場の実態を伝えてくれました。
不安を解消する唯一の方法は、行動することです。言い換えれば、今年の労使協議は、「漠然とした不安感を健全な危機感に変えて行動していこう」という話し合いであったと思います。
第2回・第3回の話し合いを通じて感じたことは、労使それぞれの認識のギャップでした。
例えば、各支部での話し合いでは、何かが具体的に決まったわけではなくても、「良い話し合いだった」という感覚の職場もあったと思います。また、「従来のモノサシでは測れない頑張りがある」という全社課題を明らかにできた一方で、声を上げた組合も、声を受け止めた本部長・幹部職も、何をどう変えるかまで、踏み込んで考えていたのかどうか。そして、「一律」をやめる裏側にある難しさを想像できていたかどうか。
こうした点において、組合も会社も、「自分たちが変える・決める」という当事者意識が足りていなかったのではないかと感じました。
私たちが労使関係のあり方を見直す転換点となったのは、2019年の労使協議でした。
危機感が足りず、「家族の話し合い」もできていなかった。
その反省を胸に刻み、全員参加で本音の話し合いを続けてきたはずです。
そこから6年。気を抜いたら、すぐに普通の会社に戻ってしまう。今回、私たちは、そのことに気づかされたと思います。
2019年、豊田(章男)会長は、「最大のリスクは、“トヨタは大丈夫”という社内の慢心である」ということを、私たちに伝えてくれていました。
今は正解がわからない時代です。その時代に、未来にトヨタのバトンを渡していくことは本当に難しいことだと思います。
そのような環境の中で、日々、仕事に取り組むうえで感じるのは、私たちトヨタが、豊田会長に守られているということです。
「失敗してもいいよ」と言ってもらえるからできる挑戦があります。
認証問題が起きたときも、真っ先に、記者会見の場に立ってくれたのは豊田会長でした。
しかしながら、昨年の株主総会では、トヨタグループの認証問題の影響を受けて、豊田会長だけ、信任率が70%台に低下をしました。
責任者として矢面に立ち続けているからです。今年も、厳しい結果になる可能性があります。
もし豊田章男がいなくなったら…。もしトヨタが普通の会社になってしまったら…。
築き上げてきた「トヨタらしさ」あるいは「稼ぐ力」を失うのは、一瞬です。
そのことを理解せずに、これからも「トヨタは大丈夫」と思っていたら、私たちは、足元をすくわれます。
「絶対にそうはさせない」という覚悟をもって、トヨタの全員で、行動を変えていかなければならないと思います。
こうした想いから、今回の回答を決めるにあたり、昨日、執行役員と本部長・プレジデントで集まり、全員の覚悟を確認する場を持ちました。
組合の皆さんも、執行部全員で覚悟を確認し、全組合員に対しても、危機感の共有を図っていただいたとうかがいました。
そして、各支部で、本部長・プレジデントと連携して、今後の支部活動を見直す動きも進めていただいていることも理解しました。
ここで、佐藤社長が語っている「家族の話し合い」について、2019年の労使協の回答に際して豊田社長(当時)が語っている場面を紹介したい。
豊田社長(当時)
悩みや困りごとがあれば、素直に打ち明けることができ、答えは出なくとも、ともに悩み、ともに打開策を模索していくのが家族だと思う。
今回の労使の話し合いで、私たちは本当に「家族」だったのか。皆さんのご家庭のことを考えてみてほしい。家族の相談ごと、会話において、その場で解決できるものがどれだけあるか。
少なくとも私の家庭では、すぐに解決できない話ばかり。トヨタの人は、問題が提起されれば、必ず答えを出さないといけないと思い込んでいる気がする。
まずは、相手の悩みに耳を傾け、現実に起きていることをしっかりと受け止める。すぐに答えがでないものは、時間をかけて、ともに悩み、ともに現状を打開するやり方を模索する。これが家族の話し合いではないかと思う。
労使共通の基盤に立ち、家族の会話をすることこそが、トヨタの労使の原点。佐藤社長は、今一度そのことを強調した。
ここから佐藤社長は、回答の中身について言及を始めた。