肩書でなく役割で選ばれたトヨタグループの現場のリーダーたちが一堂に集結。「責任者として変革をリードする」と宣言した豊田章男会長との本音の対話をレポートする。
トヨタグループビジョンの記者発表から2週間ほどの2月12日、豊田章男会長が愛知県蒲郡市の研修施設で、グループ20社の現場リーダー約80名と対話の場を設けた。
「私自身が責任者として、グループの変革をリードしていく」と会見で宣言し、実現した関係者の集まり。午前は参加者から寄せられた質問や相談に応じ、午後はクルマを囲んでのコミュニケーションを実施した。
冒頭、豊田会長から「今日は私も個人として接したい。皆さん、それぞれが『技』を持っている。そういう人がリーダーになって、グループを再生しなければならない。限られた時間ではあるが、一人の人間同士で向き合う場にしたい」と主旨の説明があった。
発端となったのは、グループ各社の代表者が集まった1月30日のビジョン説明会。案内がかかったのは、会長、社長を中心とする各社トップと「現場のリーダー」だった。
多くの会社から、本部長や役員などの役職者が出席したが、トヨタからは、女子バスケットボール部のヘッドコーチ、トヨタの企業内訓練校・トヨタ工業学園の卒業生代表などが参加。
豊田会長からは「トヨタ自動車と皆さんの会社ではギャップがある。『肩書』でなく『役割』で仕事をしようと14年間、言い続けてきた。その一つの現象がこういう形に表れているんじゃないか」とのコメントもあった。
今回は、資格、年齢、性別関係なく、さまざまなリーダーが集結。2時間にわたって行われた豊田会長への質疑のやりとりを紹介する。
記者会見や役員・幹部職に向けたメッセージとはまた違う、現場の一人ひとりの悩みに寄り添ういくつものアドバイスがあった。
豊田会長のマインドを形づくった経験
――トヨタに入って、どの部署でのどんな経験が、今のマインドをつくる役に立ったのでしょうか?
豊田会長
私はトヨタに途中入社しました。2年間ほど、アメリカ、イギリスの投資銀行で働いて、その後、コンサルティング会社に入りましたが、どこに行っても「クルマ屋」としか見られない。
それならトヨタに入ろうと思いましたが、父親(豊田章一郎名誉会長、当時社長)からは「入りたければ入ってもいいが、お前を部下にしたい上司は1人もいない」と言われました。
入社してみると、社長の息子で、豊田という名前があるが故に、近寄ると(周囲に)「創業家ファミリーに気を遣っちゃって…」と言われてしまう。叱咤激励をすると「父親にチクるんじゃないか」と思われてしまう。
私と関わりを持たないのが、(周囲の人たちにとっては)一番いい過ごし方だったんです。だからトヨタに入って、より孤独を感じました。
最初の配属先は元町工場でした。そこで得た経験が大きかったと思います。
工務部でクラウンのモデルチェンジの担当者でした。工場では、毎日、いろいろなことが起こりますよね。
報告に行くと、必ず言われたのが「お前は見たのか? 人に聞いたことを話していないか?」ということでした。
この経験で、現地現物、そして、商品と現場に近い人が発言権を持たなきゃいけないという軸ができた気がします。
「どの部署で、何を学べばいいか」という質問もよくいただきます。私も元町工場の後にどこで何を経験しようか悩んだときに、ある方にこう言われました。
「トヨタには、いくつの部署があるか知っているか?」
「多分200いくつあると思います」と言うと、「1年ずつ回っても200年かかる。だから全部回ろうだなんてくだらないことを考えるんじゃない」と言われました。
どこの部署で何をしたかは関係ない。行った先で、どういう人と会うか、その道の技・所作とは何か、プロと認められるために何を経験したらいいか、学んでいきました。
今の仕事に満足している人もいれば、そうじゃないと思っている人もいると思います。だけど、全部、意味があります。ムダなことはないんです。それをどう自分のものにしていくかは自分次第。
今、幸せを感じられない人は、一生幸せを感じられない。そう思った方がいいと思います。