水素エンジンカローラが4年目の24時間耐久レースに挑んだ。そこで今年もやります山本シンヤ氏インタビュー。自動車研究家の目に今回の挑戦はどう映ったのか?(6月7日、インタビュー動画を追加しました。)
水素エンジンカローラが24時間耐久レースに参戦するようになって、2024年で4年目を迎えた。それは水素エンジンの挑戦の歴史でもある。
この挑戦を毎年追い続けてきた人がいる。自動車研究家・山本シンヤ氏だ。
トヨタイムズは、毎年山本氏にインタビューを敢行。そのたびに印象的なフレーズが生まれてきた。
1年目は、そのインパクトの大きさから「夢の扉を開けたエンジン」。
2年目は、BEV(電気自動車)偏重だった世間の風向きの変化を捉え「内燃機関はカーボンニュートラルの味方」。
気体水素から液体水素へと燃料を変えた3年目は、「世界が本音を喋れるようになった」。この年の24時間耐久レースは、ル・マン24時間を主催するACO(フランス西部自動車クラブ)のピエール・フィヨン会長が視察。2026年から水素エンジン車もル・マンで公認すると発表した。
そして今年、いつもと同じ24時間耐久レース決勝前、いつもと同じ場所からサーキットに視線を送る山本氏に、これまたいつもと同じスーツに身を包んだ森田京之介記者が声をかけた。
果たして今回はどんな“山本シンヤ節”が飛び出したのか。
勝負ができる水素エンジン
森田
4年目。また同じ格好で、同じ場所に来たんですけど、あれ? シンヤさん、またメガネが…。
山本
2024年バージョンなんですよ。
森田
ここだけは変わるんですよね。
山本
1回変えちゃったら、毎年変えなきゃいけないって自分の中で思い始めちゃう。
森田
一応どこが変わったか聞いても良いですか?
山本
形が変わったんですよ。去年は丸だったけどクルマの進化に合わせて。
もはや恒例となった、このやり取り。
しかし本題はここから。山本氏は、この1年で水素エンジンは「フルモデルチェンジ2回分くらいの進化をしている」という。
森田
一番注目している変化はどこですか?
山本
やっぱり航続距離が伸びたこと。今までは、皆「航続距離は大丈夫なのか?」と言っていたじゃないですか。今回(チームは)自信を持っていた。
昨年は、1回の給水素で20周だったが、チームは今年30周を目標に掲げている。
山本
ほかのクルマと、ほぼ変わらないところまで来た。つまり勝負ができるということ。
まず航続距離が伸びた。そして給水素でもスピードにこだわってきて、ガソリンと同じようにクイックチャージができてきた。
ポンプとタンクの改善で航続距離1.5倍
航続距離が伸びた背景の一つに、水素をくみ上げるポンプの交換がある。昨年は交換のための計画的ピットインが2回必要だったが、今回開発陣はポンプの耐久性を向上させ、交換せずに走りきることを目指す。
また、液体水素タンクも円筒形だったものが楕円形となり、水素量は10キロから15キロへ増量。
タンクとポンプ。2つの改善により、昨年から1.5倍の航続距離を可能にした。
森田
24時間走れそうですか?
山本
走れるんじゃないかなと思いますよ。完全に感覚的ですけど。
森田
期待も込めて?
山本
今週ずっとこのチームを見ているんですけど、雰囲気もタイムもドライバーのコメントも良い。天使のサイクルが回っているような気がします。
受け継がれる理念
では、4年前に初参戦した時と比べて、世間の受け止めに変化はあったのだろうか。「全然違います」と山本氏。
山本
4年前は孤軍奮闘していた。そこからだんだん仲間が増え、本音が言えるようになった。そうすると他のメーカーも未来の扉を開くようになった。これこそすべて。
今までは「BEVじゃなければ正解じゃない」みたいな論調があった。
それが今は堂々と「いろんな選択肢があるよね」「いろいろ試していかないといけないよね」「だからサーキットに来ようよ」と言える。今回も5社、きっちりいるじゃないですか。
森田
ST-Qクラス*は、SUBARU、マツダ、日産、ホンダ、トヨタと参戦しています。
*新しい技術を試すために開発中の車両が参戦するクラス。
山本
このレースじゃないと素早く実験できない。
森田
スーパー耐久がどんどん進化しているように感じる。
山本
今回STMO(スーパー耐久未来機構)に変わりましたが**、もともとSTO(スーパー耐久機構)には、20年以上前から「未来のために、ここ(S耐)を活用してほしい」という理念があった。
例えばスカイラインGT-R(日産)、三菱のランサーエボリューション、SUBARUのWRXとかは、ここで鍛えられています。
形は違うけれど、“新しい実験はS耐だ”という考え方は、脈々と受け継がれている。それが、よりパワーアップした。
**スーパー耐久を運営するスーパー耐久機構(STO)は2024年4月、一般社団法人スーパー耐久未来機構(STMO)に事業を承継することを発表した。理事長に豊田章男会長が、副理事長にSTO事務局長を務める桑山晴美氏が就き、同年6月から新体制に移行する。
森田
そういう歴史がある訳ですね。
山本
もしかしたら海外メーカーが来るかもしれませんよ、これからは。
森田
じゃあ次の一歩はそこですね。
昨年の24時間耐久レースでは、今回ST-Qクラスに参戦した自動車メーカー5社が、モータースポーツ活動の普及とカーボンニュートラル実現に向けて議論する、「S耐ワイガヤクラブ」を発足。本音を言い合える仲間も増えている。
今見える頂は?
水素エンジンの開発は、しばしば登山に例えられ、「何合目まで到達したか?」ということが話題になってきた。インタビューの前日、水素エンジンプロジェクトを統括するGR車両開発部の伊東直昭主査は「(水素エンジンの)基盤ができてきたからこそ、次の登らなきゃいけない山が見えてきたというイメージ」と語っている。
山本氏は、徐々に頂へ近づいていることを感じているようだ。
森田
今年、水素エンジンの挑戦いかがでしょうか?
山本
今年はいけますよ。戦いになる。
今までは何周走れるかとか、故障が出る/出ないみたいな“自分との戦い”だったと思います。今回は周りのクルマと戦う。
森田
世の中に出すフェーズへと着実に近づいていることになりますね。
山本
そうですね。今まで「富士山の何合目ですか?」みたいな話をずっとしてきましたが、何か頂が見えてきたような気がします。今までは頂上が何となくどこにあるのか分からなかった。
ここまで進化すると、頂上がうっすら見え始めてきたような気はします。
インタビュー時はあいにくの薄曇りで、富士山をはっきり見ることは叶わなかった。だが、24時間後には見えているかもしれない。
森田
今年も24時間…?
山本
もちろん、寝ないで取材します。
水素エンジンは確実に進化してきた。とはいえ最後まで何が起こるか分からないのが24時間耐久レース。トヨタイムズチームも、ゴールの瞬間まで挑戦を追い続ける。
(6月7日追記)
迎えた決勝。液体水素カローラは、ブレーキトラブルもあり、332周、距離にして約1,515キロという走行結果に。“1回の給水素で30周”という目標は達成した(最大31周)が、周回数では昨大会の記録(358周、約1,634キロ)に及ばなかった。
やはり耐久レースは一筋縄ではいかない。液体水素カローラの挑戦は、これからも続く。