『ジャパンモビリティショー 2023』に参加した、革新的なスタートアップに焦点をあてる「モビリティの未来を担う仲間たち」。今回は、脳体力(認知機能)の判定・トレーニングができる「脳体力トレーナーCogEvo(コグエボ)」を手がけるトータルブレインケアを取材した。
2023年秋に開催された『ジャパンモビリティショー2023』は、自動車産業のみならず、多様なモビリティ関連企業が一同に会し「未来の日本」を創造する場として、東京モーターショーから名称・コンセプトを変更し開催された。
この連載では、『ジャパンモビリティショー 2023』に参加した、革新的なスタートアップに焦点をあてていく。未来をともにつくる仲間たちが、モビリティをどう考え、どのような想いで事業を展開しているのか。ジャパンモビリティショーから生まれる物語、その先に広がるモビリティの未来の可能性を探っていく。
脳体力(認知機能)を可視化すればリスクを察知できる
トータルブレインケアは、認知機能の判定&トレーニングができる「脳体力トレーナー CogEvo(コグエボ)」を提供する神戸のベンチャー企業。CogEvoは、生活に直結する5つの認知機能を1回5分、計12種類のゲームを解くことで「認知機能の見える化」を実現する。
「認知機能」と聞くと「認知症」を咄嗟に思い浮かべてしまうことが多く、「認知」という言葉自体にネガティブなイメージがあるため、トータルブレインケアでは「脳体力」という言葉を商標登録し、「脳体力トレーナー」というコピーで宣伝・販売している。
「私たちは主に5つの認知機能を使いながら、日々の仕事や生活をしています。とはいえ、五角形がきれいに整っている人はほとんどいません。誰もが弱い部分を強い部分で補いながら生きている。
一方、年齢を重ねると全体的にシュリンクしてくるわけです。これまで1つだけが弱かったものが2つになると、薬を飲み忘れることが増えたりする。認知症というのは、認知機能が衰えて、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった“症状・状態”を指します。認知症は認知機能が障害された病気の総称で、最も多いのがアルツハイマー病ですが、他にもレビー小体型認知症など認知症の原因疾患となるものは何十種類(一般的には70種類)あると言われています」
そう語るのは、トータルブレインケア代表取締役社長の河越眞介さん。
「CogEvoは、正解率と取り組み時間から得点化できるので、回復状態を診断することができるんです。また、高次脳機能障の方が退院OKとなった場合でも、“この機能とこの機能が弱っているので、こんなことに気をつけてください”と助言ができるわけです。
具体的には、空間認識力と注意力が弱っているので転倒リスクがありますから、杖を使いましょう。ガラスのコップは落とす危険性があるので、プラスチックにしましょうなどです。可視化できることで、困りごとを事前に察知できるわけです」
誰もが認知機能をフル回転させて運転している
『ジャパンモビリティショー 2023』では、CogEvoを展示。ピッチコンテストにも出場した。
「人はあらゆる認知機能をフル回転して運転しています。注意力と空間認識力がなければうまく車間距離をとれません。目的地に着くためには、計画力や見当識がないとできない。そもそも車を運転したいと思う動機が生まれるには、孫の家に行きたい、一緒に遊びたいといった認知機能が働いていないといけません。
つまり、運転と認知機能は切っても切れない関係です。Fun to Driveを目指すにしても、認知機能が重要であることを知ってほしいと思い出展しました」
トータルブレインケアでは、青森大学との共同研究で、認知機能と運転の関連性を2016年に論文で発表している。当時から、青森では高齢者ドライバーの問題があったからだ。車の免許がないと買い物にも行けない、雪の季節だとさらに問題は深刻になる。だから長くハンドルを握るために、自分の認知機能の状態を理解して安全運転を心がけることが大切だ。
「モビリティショーにはメーカーをはじめ、工業系の方、工学部や研究所の方が数多く来られました。彼らの多くは、クルマなどのハード面を軸にしながら認知機能を考えるアプローチをしています。しかし、私たちは“人”に焦点をあてた提案であり、その珍しさもあって関心を寄せていただきました」
モビリティショーをきっかけに、マツダ株式会社と弘前大学の共同研究「クルマの運転に用いられる能力の個人差と健康や運転への態度の関係を明らかにする研究」のために、弘前市岩木町の健康診断にCogEvoが採用された。その他にも、新たな事業が2社と進んでいる。ちなみに、トヨタ健保組合の健康支援センター「ウェルポ」では、すでに2020年から節目健診にてCogEvoが採用されており、予防行動につながるきっかけづくりや「認知機能」の視点による保健指導に活用されている。
「出展して1年以内に受注に結びついたことも含め、社内や得意先、ステークホルダーの方々に評価をいただきました。また、ベンチャー同士はすぐに仲良くなる気質があるので、出展者同士の輪も広がりました」
自動車メーカーが「認知機能の見える化」に注目するのはなぜか? その明確な答えはわからないというが、河越さんの見解のひとつはこうだ。
「自動運転含め、安全運転装置がいろいろと生まれています。しかし、すべての人に必要ではありません。CogEvoを用いて認知機能の特性がわかれば、この機能は装備したほうがいいですよとお勧めができる。消費者からしても、納得してオプションを付けられる。そういった使い方もでてくると思います」社会課題を解決する仕事がしたかった
河越さんが「脳体力トレーナー CogEvo」の開発に行き着くまでには紆余曲折がある。大学卒業後は内田洋行に就職し、大型コンピューターの販売を経験。インターネットもない時代だったが、ゆえにコンピューターはどのように動き、何を命令すればどんな結果が出るのか、どのような仕組みでデータが送れるのかなど、本質的なことを学べたという。それが現在のシステム開発に役立つことになる。
その後、父親の病気を機に家業である材木屋へ転職。時代の流れを汲んで工務店業へと舵を切り、シックハウス症候群に対応する「健康住宅」に取り組むようになる。そこには「社会課題を解決する仕事をしたい」という思いがあった。同時に、医者や研究者たちとの交流を深めるため学会に足繁く通い、「安全な住環境に関する研究会」を立ち上げるなど、産官学での連携構築の術を学んでいった。しかし、リーマンショックの影響で2008年に工務店を閉めることになる。
「その頃、妻の友人の医学部教授が認知機能に関するサプリメントを開発したので、販売を手伝ってほしいと頼まれたんです。本物を求める性格なので、それならばと、医師の研究会で論文に基づいた発表をしてもらうなどサプリメントのお墨付きを得るべく動いたんです」
同時に認知症への関心も高まり、認知症学会などを通じて医者との交流も生まれた。そんな折、「認知機能の低下を早期に発見できるものがあったら協力するよ」という言葉をもらい、ツールを探し始め、高次機能障害の患者が社会復帰にトレーニングツールとして使っているCogEvoの原型に出会うこととなる。
「皆さんがダイエットを続けられるのは体重計があるからですよね。 しかも乗るだけで簡単に可視化できる。一方、認知機能を検査するなんて言われるとみんな怖いわけです。CogEvoならば、楽しく毎日続けることができる。また、認知機能の見える化で社会課題の解決ができる。これはいけそうだなと思いました」
そこからは世界的な認知症スクリーニングテストである「MMSE」との相関を示すための研究や、ソフトのクラウド化に向けた開発をおこなってく。現在までCogEvoに関する論文や学会発表は25本以上あり、信頼性の高いツールであることは証明できている。近年は海外からの問い合わせも増えており、英語版を皮切りに現在はフランス語版を作成中だ。
「最近では健康経営で重要なテーマであるメンタルヘルス対策としての活用を進めています。メンタルヘルス対策は、問題の早期発見が重要になることから、スピーディーに状況把握ができる手法としてニーズが高まっており、従業員の心身状態の把握を目的に、認知機能を使って、迅速に必要な対策を講じることができます」
すでに株式会社日本旅行の4000人を対象に社員で実証実験を行っている。CogEvoが最終的に目指すところは、「ポジティブヘルス」(病気や障害があっても、本人が能動的に健康を管理していくこと)と語る河越さん。最後に、本連載のお決まりでもある「モビリティとはなんですか?」という質問をした。
「“移動したいという動機、そこを刺激する脳体力も含めた”手段としての移動だと思います。モビリティは単なる移動ではく、“その人の生き方につながるもの”だと考えています」