運転中、車内にいる子どもの命の危機を感じて冷や汗をかいて停車場所を探す。そんな悩みを受け、トヨタではあるバギーの開発を急いでいる。
目が見えないから触れてあげることが大事
開発にあたっては多くの課題があったそうだ。プロジェクトオーナーである新事業企画部の鈴木啓人主任は、その難しさを痛感したという。
新事業企画部 鈴木主任
例えば、福祉車両は車いすを載せる前提での設計となっており、バギーの車載についてゼロから自分たちで考える必要がありました。
そのため車両法規、評価内容、認証、法務など様々な条件を考慮しながら調整と決断をしていくことが非常に困難。社内でも多くの部署にアドバイスをいただき、安全性の検討を進めています。
取材したこの日も、改良した車両とバギーを使って高橋さんにアドバイスをもらっていた。
安心してバギーを押せるようにブレーキの位置を変えたり、車内の床とバギーを瞬時に固定できる仕様にするなど、地道なヒアリングで課題を洗い出しては改善を繰り返している。
運転席に座った高橋さんは「これなら信号待ちで子どもの顔が見れるし、身体にトントンと左手で触れてあげることができる。(息子は)目が見えていないから触れてあげることが大事なんです」と笑顔を浮かべた。
「え、まだ呼吸器ついてるんですけど」
このバギー開発は、会社から指示があったものではない。メンバーが新規事業として会社に自主提案したものだ。つまり、新規事業の最終決裁が通るまでは既存の担当業務をこなしつつ、企画を進めていた。
それが実現できたのは、多くの上司や同僚のサポートがあったからだという。
会社からこの課題に向き合ってよいとGOをかけてもらえたことが本当にうれしかった。実証実験の現場でも、ちょっとしたお褒めの言葉をもらうと涙が出てしまいます。
同じく立ち上げメンバーの新事業企画部、主任の新美英生はこんな話を教えてくれた。
新事業企画部 新美主任
私の次男は生まれた翌日から体調が悪く、新生児集中治療室での入院生活に。「まさか自分が」という気持ちでした。
まだ呼吸器の付いた赤ちゃんに「来週から退院です」と告げる医療関係者に対し「え、まだ呼吸器ついてるんですけど」と戸惑う母親の声を聞き、自分もびっくりしました。
ヒアリングをすると「他人のキラキラしたSNSを見ると苦しい」「物を買うにしろ選択肢が少ない」という声も多く、重度の障がい児を持つことは、生活が一変するだけでなく社会から分断されるんだと気づかされました。
メンタル的にも物理的にも社会とのつながりを持つことが難しくなるんです。
実証実験の現場では、わが子のために毎日懸命にケアを続ける女性から「医療的ケア児に向き合ってくれるだけで、生きていていいんだと希望をもてた」という切実な声も。
私も当事者ですが、生活のなかで、さまざまな制度や設備がマイノリティに配慮されておらず、自分たちが苦労している実態が「世の中に存在しない」かのように感じました。
ひとつの社会課題を解決するためだけでも、膨大なリソースが必要です。でも困っている人がいるからこそ先陣を切って開発を進めないといけないと感じています。
最後に新美が、同じ想いで取り組みを進めてくれる社外のパートナーへの感謝を口にした。
前例がない、かつ多様なニーズに対し自社だけで進めるのは難しい。すでにご尽力されている各分野の先駆者と、互いの強みを掛けあわせていくことが重要だと感じています。
高橋さんは愛するわが子を見つめながら「介護ではなく育児をしてあげたい」とつぶやいた。
誰もが日常のあたり前を諦めないでいい世界へ。乗り越えるべき障壁はまだまだ多いが、メンバーの強い想いとともに今この瞬間も開発は進んでいる。