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第3回「図面を読み解け」 頼りは経験と想像力──トランスミッションチームの挑戦(前編)

2022.04.21

幻のレーシングカーの復元プロジェクトを追う。第3回はトランスミッションチームに焦点を当てる。

トヨタ社内で今、復元が進む幻のレーシングカーがある。それは誰がどんな想いで、どんな目的で開発した、どんなマシンだったのか。その歴史と意味、そして復元の現場をリポートする特集企画。第3回は、トランスミッションを担当したチームに焦点を当てる。

それぞれ異なる業務に携わる3人

今回、復元への取り組みを紹介するのは、トランスミッションチーム。具体的にはトランスミッション、クラッチ、プロペラシャフト、リアアクスルを担当した、飛鳥秀明、本多竜規、そして石田秀直の3人だ。

モビリティツーリング部の飛鳥秀明

飛鳥は入社13年目。普段の業務ではGRLEXUS、レーシングカーなどに使うCFRP(カーボンファイバー強化プラスチック)など、樹脂部品の金型の設計・製作を担当。モータースポーツが趣味で、社内のチームでトヨタ86を仕上げ、年1回、耐久レースに自らドライバーとして出走している。

飛鳥

復元プロジェクトには、自分から志願しました。これは、クルマづくりの全体を見渡すことができるいいチャンスだと思いました。通常の業務では、なかなかそういう機会はありませんから。

本多は入社7年目。現在は日本・海外市場向けのハイブリッド車に搭載される駆動ユニットの設計業務を行っている。

第1パワートレーン開発部の本多竜規

本多

駆動という観点では、3人の中で私が普段の仕事と一番近いかもしれません。でもマニュアル車の、それも昔のクルマのトランスミッションと、モーターが内蔵されているハイブリッド車のそれはまったく違いました。取り組んでみると一から学ぶことが多く、とても勉強になりました。

復元プロジェクトに参加したきっかけは、所属部署の部室長からの「興味があるか?」という打診だったという。飛鳥と同様、クルマづくり全体を見たいという思いから参加を決めたそうだ。

石田は入社12年目。試作車の品質管理、特に電気系部品を担当している。かつて設計業務を担当したこともあり、この復元プロジェクトで久々に設計業務に関わることになった。

開発試作部の石田秀直

石田がこのプロジェクトに参加するきっかけとなった、上司とのやり取りが面白い。

石田

上司から「ヒマか?」と聞かれたので「ヒマであるわけないですよ」と返しました。でもそのあとで「別の部員に断られたから、君がやってみないか?」と言われたんです。こんな面白そうな仕事、他の人に渡したくないと思って「実はヒマなんです。ぜひやらせてください」と。それにしても、終戦の56年後にこんなレースカーをつくろうとしたなんて、スゴイことですよね。

ちなみに3人は、復元プロジェクトに関わるまでトヨペット・レーサーの存在をまったく知らなかったという。「参加が決まってから本で勉強しましたが、感慨深かったですね。まさかこんなクルマがあったとは」と、飛鳥は当時を振り返る。

当時の図面との2カ月間に及ぶ「格闘」

2回でも紹介したように、この復元プロジェクトには大原則がある。それは現在の技術に頼りすぎず、当時の人たちのモノづくりに思いをはせながら、自分たちで手を動かして復元すること。

とはいえ、時間と予算は限られている。プロジェクトの全メンバーで話し合い、「こだわりを持ってつくる部品」と「安く・早く・賢くつくる部品」で分けて復元を進めることにした。

ミッションチームの3人は、70年前の図面を基にしたマニュアルトランスミッションの復元に力を注ぎ、トランスミッションの動力を伝達するプロペラシャフト、その力を受けて後輪を駆動するデファレシャルギアなどは汎用品を流用することにした。

エンジン本体は、当初からトヨタ博物館に保存されていたS型エンジンをレストアして使うことになっていたが、トランスミッションはなかった。この時点では、ゼロからつくるしか選択肢はなかったのである。

トランスミッションの復元を目指し、まず3人が取り組んだのは、トヨペット・レーサーのベース車両となったトヨペットSD型乗用車の設計図を集めて読み解くことだった。

社内に残されていたトヨペットSD型乗用車の設計図のコピー

飛鳥

トヨペットSD型のトランスミッション組立断面図を見て、そこに描かれている部品の設計図が残っているか、まず確認しました。幸いなことに全部そろっていたんです。設計図はちゃんとある。これならつくれる。このときは、そう思っていました。

チームの大部屋でメンバーは200枚以上の設計図と向き合った

しかし、読み解けば読み解くほど、設計図だけでは分からず、自分たちで解決しなければならない問題が出てきた。

本多

保存されていた部品の設計図には、その番号の末尾にABCDなどの記号が付いていました。これは最初の図面から何らかの設計変更が行われたことを示しています。しかし、保存されていたのは、そのうちの1種類、あるいは2種類だけでした。図面に頻繁に設計変更が入っているため、トヨペット・レーサーをつくった当時に使用したトランスミッションの図面と、残っている図面とが一致しているかが分からず、どのタイミングの図面を基に復元すればよいか、部品同士の整合性を取りながら一つひとつ検証していきました。

各図面には製図者、設計者、材質、名称、品番などが記載されている。名称の「称」に用いられた旧字が時代を物語っている

また当時の修理書も、部品の構造を確認するために大いに役立った。どんな部品が、どのように組み合わされ、組付けられているのかが、整備をする人のために記されているからだ。

検討に使用した修理書のコピー

博物館にある実車も参考に

当時の設計図や修理書を読み解いても、まだ分からない部分がどうしても存在した。しかし、新たに部品を製作するためには、資料に書かれていない部分も明確にしなければならない。

そこで3人はトヨペットSD型乗用車と基本的に同じトランスミッションを使っているトヨペットSG型トラックの実車で、部品のディテールを確認、検証することも行った。

このクルマはトヨタ博物館から借用してプロジェクトチームの大部屋の一角に置かれ、各チームの教科書のような役割を果たすことになった。

石田
クルマの下に潜って、分からない部分がどのような形状をしているのか、どのように組み立てられているのかを勉強しました。これは部品の製作作業を進める上で、とても参考になりました。
本多
実物のクルマを見たことで、図面だけでは分からなかった部分もようやくはっきりして、復元作業を着実に前に進めることができました。このクルマをお借りできたことはとてもありがたかったです。
トヨタ博物館から借り出されたトヨペットSG型トラック

図面から「現物合わせ」のスゴ技を実感

地道で大変な作業だが、歴史研究的な面白さもあったという。このように図面を読み解き、新たにつくる部品の設計図を描く過程で、3人は当時海外からの技術を学び、設計と製造が一体となって部品をつくり上げていたことに気付いたという。

飛鳥
残されていた設計図は、ほとんどが“メートル法”で表記されているのですが、部品の中でも大事な部分、例えばトランスミッションの歯車の歯の高さにだけ“インチ法”が使われていたのです。恐らく、技術的に重要な部分は海外の技術をお手本にしていたからでしょう。
本多
それだけでなく、図面の中には公差の記載がなく、寸法の狙い値だけを記載しているものもありました。また、寸法を何度も修正した形跡が多く見られました。恐らく、部品を製作しながら現場で何度もトライ&エラーを繰り返して寸法をつくり込んだのでしょう。現場に出て図面とものを確認するという作業は、現代においても通ずるところだと思いました。
石田
試行錯誤を繰り返しながらクルマを組み立て走らせることができたのは、部品を一つひとつ、手作業で削ったり磨いたりして組み合わせる、いわゆる「現物合わせ」という高度な技術を、生産現場の人が持っていたからでしょう。素晴らしい技術を持った人たちが、当時の現場にはたくさんいたのだと思います。

2カ月に及ぶ地道な検証・確認作業を終えた3人は、いよいよ新たな部品づくりに取り組むことになる。後編では、いよいよトランスミッションチームのモノづくりについてリポートする。

(文・渋谷 康人)

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