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クルマ好きを惹き付けてやまないエンジンの音。心地よい音とは? 第6回はトヨタが目指す音づくりについて聞いてみた!
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“いい音”ってどんな音?
これまでの取材で、心地よいエンジンサウンドをつくるには、聴かせたい音と消したい音があるということがわかった。では、トヨタが目指す”いい音“とはどんなものなのだろう?
LEXUS LCの音づくりを手がけたレクサス車両性能開発部第1車両性能開発室の中山裕介主任は、「“直感的に走りを理解できること” “対話できるクルマであること”。これはブランド共通のサウンド開発における基本思想です」という。
たしかに中山主任は、第5回でGRヤリスのアクティブサウンドコントロール(ASC)の音づくりについて解説してもらったときにも、「クルマと対話することができる音」をつくると話していた。
その前提のもとで、LEXUSではLEXUS LFAのサウンドフィロソフィーを受け継ぎ、「完全ハーモニー」「躍動感・迫力感」「洗練された声色」「広がりの演出」という、独自の4つのサウンドファクターを指針として音づくりをしているという。
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例えば「躍動感・迫力感」では、ハーフ次数音(第5回参照)による味付けをするそうだ。あえてハーフ次数音を加えることで心震わすような響きが生まれる。
いわば雑味を入れることで味わいに深みが出るというような話だが、どの程度ハーフ次数音を入れるといいのか、という塩梅はどのように決めるのか? レクサス車両性能開発部第1車両性能開発室の佐野真一主任は、「周波数帯による」と話す。
佐野主任
例えばエンジンの低回転域での250Hz~300Hzぐらいの低周波帯ではハーフ次数が入るとゴロゴロといった音がうるさく聞こえる。一方、高回転域の800Hz~1200Hzぐらいの高周波帯に入ると、“シャン”というようなきれいな響きになる。
LFAは特にこの辺を徹底的に出しました。低周波数のところでは、なるべく雑味を抑えて、回りきった周波数のところではあえて出すということをしています。
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交渉という音づくりの戦い
では聞かせたくない音はいつどのように消していくのか?と問うと、「それはエンジンの原形がないときから、交渉して」と、佐野主任は答えた。
吸音材や制振材の追加などをイメージし、おおよそクルマの形になってからNVH(Noise, Vibration, Harshness:音、振動、衝撃音)対策をしていくものと思っていたが、開発初期の初期から検討が始まっていた。
1984年の入社以来、エンジンの先行開発から始まり、NVH関連では車両実験や技術開発、設備導入まで手がけてきた佐野主任によると、過去にはNVH対策のために組織改革も行われてきたという。
佐野主任
音づくりの歴史は、静粛性を求めた時代から、もっと積極的にブランドサウンドをつくっていこうという“攻めのNV”に転じ、LFAという集大成ができた。その後LFAのサウンドを解析して、改めてLEXUSのサウンドファクターというLEXUS独自の音づくりのフィロソフィーが確立されました(第4回)。
LFA以前にも積極的にいい音を鳴らそうという潮流がなかったわけではないんですが、当時トヨタでは3つのセンター制を採っていまして、第1センターがFR車、第2センターがFF車、第3センターが商用車とRV車と、NVHに取り組む組織もそれぞれ3つに分かれていたんです。
僕らが担当するNVHは、エンジンとかトランスミッションとかの影響でいろいろな問題が起きるんです。だからそれぞれのユニットごとに専任のNVHに関する交渉人を付けようということで組織づくりをした。
エンジン、トランスミッション、ハイブリッドそれぞれに対して交渉人を2人ずつくらい。各ユニット屋さんと殴り合いの喧嘩をしながら・・・というのは冗談ですが交渉をする(笑)。
僕は元々エンジンをやっていた経歴から、エンジンの交渉人になりまして、それから6~7年はエンジン屋と激しくやり合いながら、ZZとかZR,NR,ARのエンジンシリーズのNVHを手がけました。
聴かせたい音を聴かせるために
NVH交渉人は各ユニット屋に「エンジンサウンドを目標の指標にするため、部品はこうしてくれ」と交渉するという。では交渉された側はどうするのか? エンジン屋であるパワートレーン機能開発部第3機能開発室の峰松孝行主幹に聞いた。
峰松主幹
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周波数のバランスを変える、整えるということをします。具体的には、共振 * するモノの質量や剛性を変えるなどして、周波数帯をずらしていく。
*共振:物体には、その物体にとって「固有振動数」という振動しやすい振動数がある。外部から刺激が与えられて振動が固有振動数に近づくにつれ、物体の振幅が急激に増大することを共振といい、これが起こると音も急激に増大する。
例えば「エンジンが2500回転するあたりが突出してうるさすぎる、もっとなめらかに回転数に則した音が出てほしい」ということであれば、この2500回転のピークに重ならないように共振する部品の形状や材質を変え、周波数をうまくずらして、なめらかな音の繋がりになるようにバランスをとってあげる感じです。
一番難しいのは比較的低い周波数。ここはピストン変えますとかいう「このパーツを」というレベルではなくて、エンジンブロックの形状を変えますとか、トランスミッションのハウジングの形状を変えますとか、構造そのものを見直すという話になってくる。
「そんなわけでエンジンの形ができてから話したのではまったく間に合わないんです。後からこんなこと言ったら怒られるどころじゃない」と、佐野主任が苦笑いした。
また、新世代エンジンのコンパクト化は嬉しいことではあるが、逆に軽すぎて振動を抑えることが難しくなるという。音づくり、クルマづくりは一長一短があり、そのバランスをどうとるのか技術者の苦労が感じられた。
白いキャンバスに絵を描きたい
聴かせたい音をドライバーに届けるためには、聞かせたくない音を消す必要がある。いい音を鳴らすことと不快な音を消すことは両輪で、どちらが欠けてもサウンドデザインは成立しないと峰松主幹は言う。聴かせたい音を足すデバイスを多く手てがけてきた中山主任もまた強く同意した。
中山主任
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アクティブサウンドコントロール(ASC)の話をする際に、よく白いキャンバスに絵を描くという表現をするのですが、エンジンの素性が悪くノイズクリーニングができていないと汚れたキャンバスに絵を描くことになる。
それでは汚れた絵になってしまうので、白いキャンバスを用意したいんです。つまりノイズを低減するというのは、積極的にいい音を鳴らすためにも一番重要なことです。後からではできないことの方が多くなってしまいますから。
白いキャンバスが用意されてこそ、表現の自由度が上がるということだ。とはいえそのクルマが持つ機能からかけ離れた表現はしないという。
中山主任
8気筒のエンジンを積んでいるクルマから3気筒の音がしたら変ですし、その逆もおかしい。そのエンジンに適した音の出し方というのがあります。そのクルマが持つ駆動力を連想させる音色を用いるというのが基本の考え方です。
過去の失敗事例を挙げると、3気筒エンジンの車両で4気筒エンジンのサウンドを再現しようという話もあったのですが、3気筒の音と4気筒の音が干渉してサウンドとは呼べないものになったので、これはもうダメだと。
3気筒エンジンの車両があれば、3気筒エンジンの延長線上でふさわしいサウンドを検討していかないといけない。
でもそれは技術者ゆえの違和感であって、私たちのレベルで聞いたら喜んでしまうんじゃないかと思うところだが、中山主任も佐野主任も「いや、変だと感じます」と断言する。
佐野主任
普通のクルマにLFAのサウンドを再現するという実験もしたんですが、もう滑稽なんですよ(笑)。
音ばっかり速そうで、音圧もありすぎてかえって遅く感じてしまう。やっぱりLFAはあの加速があるからこそ、あの音色、音圧が相応しい。
理想の音の追求は最後の最後まで
「消したい音」の対策がクルマづくりのごく初期から始まるのに対して、「聴かせたい音」を出す、足すことについては、どちらかというと後で付ける部品の影響が大きい。
例えば吸気系や排気系といった配管は、むしろクルマのレイアウトが決まっていないとできないという。
とはいえ高回転域で爽やかに吸気音を響かせるサウンドジェネレーターを LCに搭載する際には、すでにエンジンルーム内のレイアウトが決まっている中、無理やり配管を通させてもらう苦労があったと前回中山主任から聞いた。(第5回)
アクティブサウンドコントロールなど電子デバイスについては、どうしても最後の最後まで理想の音への追求は終われないという。
中山主任
モノを変えることなくソフトウェア上で書き換えられるので、ハード変更よりギリギリまで検討できてしまう。とはいえ、各部署に頭を下げながらですが(笑)。
やればやるほどよくなっていきますので、デッドラインギリギリまで、もっとよくしたい、もっとよくしたいっていうことになりがちですね。
聴けば聞くほど、クルマづくりの最初から最後まで戦いが続くサウンドデザインの大変さには驚くばかりだ。
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アクティブサウンドコントロール(ASC)をつけたLBX MORIZO RRのサウンドをお楽しみいただきたい。ブリッピングやバブリングサウンドに心躍る、躍動感を楽しんでもらえるはずだ。
実車ではより自然に聞こえるように、ブリッピングもバブリングも多種多様なサウンドがランダムに出現するから、同じサウンドに遭遇することはめったにない。
実はこれはとても複雑なロジックで制御されているのだという。実車に乗る機会があれば、ぜひ体験していただきたい。