第16回 センチュリーの高品質を守る最後の砦「検査の匠」

2023.11.16

自動車業界を匠の技で支える「職人」特集。第16回は新しいセンチュリーの高品質を特別な検査工程により守る「検査の匠」に話しを聞く

3DプリンターやAIをはじめとするテクノロジーの進化に注目が集まる現代。だが、クルマづくりの現場では今もなお多数の「手仕事」が生かされている。

トヨタイムズでは、自動車業界を匠の技能で支える「職人」にスポットライトを当て、日本の「モノづくり」の真髄に迫る「日本のクルマづくりを支える職人たち」を特集する。

今回は、新しいセンチュリーが登場したのを機に、同車のクルマづくりに携わる職人を5回にわたって紹介する特別編の第3回。

生産ラインの最終プロセスとなる検査工程において、塗装面の美しさから内外装の組み付け精度、さらに走行時の異音や乗り心地まですべてにわたり検査し、センチュリーの高品質を守る「検査の匠」比嘉盛明を取材した。

16回 内外装から走りにいたるまで最終的な品質検査を行う「検査の匠」比嘉盛明

トヨタ自動車 田原工場 品質管理部 第2検査課 エキスパート(EX

センチュリーならではの特別な検査工程とは?

クルマはボディパネルのプレスから溶接、塗装、各部品の製作、そして組み付けに至るまで、生産における全ての工程で細心の注意を払いながら作業が進められる。自働化されている工程も非常に多い。

特にセンチュリーの場合、一般のモデルとは比較にならないほどの厳しい規格のもと、クルマづくりが行われているのは、本連載第1415回でリポートした通りだ。

しかし、いかに細心の注意を払おうとも、塗装の不具合や組み付け不良などをゼロにするのは難しい。

そこで重要になるのが、生産ラインにおいて最終プロセスとなる検査工程だ。同工程では、内外装の品質から、各機能が正常に作動するか、そして走行中の異音や乗り心地に不具合がないかまで、完成車両のあらゆる部分について最終確認を行う。いわば、クルマという商品の品質を守る最後の砦なのだ。

その検査工程について、新しいセンチュリーを生産する田原工場(愛知県田原市)では、今までにない体制を導入した。

一般的に検査工程は、項目ごとに担当が分かれており、複数の検査員による分業で行われている。しかし新しいセンチュリーでは、1人の検査員が全ての検査工程を一気通貫で担当。責任を持って11台を検査する体制が採用されたのだ。

優れた技能や豊富な知識を持つ職人が、工夫を凝らしながら最高の品質を保証するためである。

それに伴い、新たに検査員の認定制度も導入。「経験に裏付けられた、“お客様視点”を熟知している」「全行程を高いレベルで実施できる技能・知識を有している」「開発者の想いを理解したモノづくりを具現化できる」──こうした要件を満たす検査員として認定された匠だけが、センチュリーの検査を担当できるのだ。

今回取材した比嘉盛明は、現在2名しかいないセンチュリーの匠検査員の1人である。それまでレクサスの検査工程で、主に外装の品質確認に携わってきた比嘉だが、上司からセンチュリープロジェクトの話を聞き、自ら志願したという。

比嘉

「ぜひやらせてください!」と手を上げました。通常の検査工程では、1人が検査できる範囲が限られていますが、センチュリーの場合は全ての工程を専任で担当することになります。そこにやりがいを感じました。

センチュリーは伝統ある特別なクルマですので、上司から結果を伝えられたときは、とてもうれしかったのを覚えています。

同時に、全ての検査工程にわたって、自分の仕事次第でお客様にご迷惑をおかけしてしまう可能性もあるわけですから、重圧も感じました。

EVモードでの自走による搬送する理由とは?

センチュリーの匠検査員に認定された比嘉がまず取り組んだのが、13カ月にも及ぶ訓練だった。センチュリーの検査工程ではさまざまな技能が要求されるが、そもそも全てのスキルを持ち合わせた検査員はいなかったからだ。

センチュリーの生産が始まる前のため、比嘉はレクサスの検査ラインで、いままで経験したことのない工程のトレーニングを積みつつ、センチュリーの検査体制の確立にも従事した。

ところで、センチュリーの検査にはどのような工程があるのか?

まず組み付けが完了した完成車について行うのが、美しい塗装面の品質を下支えする「艤装検査」だ。

ここでは、左右側面と天井に等間隔に蛍光灯が設置された艤装検査ブースで、蛍光灯のボディへの写り込みに歪みがないか、美しい塗装面の品質を確認。蛍光灯での検査のほかに、太陽光と同じ周波数の光を当てることで、自然光を受けた状態での見栄えもチェックする。

さらに、ボディパネルの合わせ目の隙間や凹凸、内外装の仕様、そしてエンジンルーム検査など、工程は17にも及ぶ。

比嘉

塗装面の艶や滑らかさについては、レクサスより厳しい基準が設けられています。

また、時間をかけた塗装面の検査は、通常は抜き取られた一部車両のみに実施されるのに対し、センチュリーでは全数検査を行っています。

仮に塗装面に問題があれば、塗装病院といわれる塗装を修正する工程に戻されます。

艤装検査を終えると、検査工場に自走で移動し、走る、曲がる、止まるといったクルマの機能を保証するための「機能検査」を行う。

比嘉

自走での移動時には、新しいセンチュリーのPHEVの特性を活かし、あえてEVモードで走行します。車内が静かな状況で異音の確認をするためです。

市街地での走行を想定して、ほかにも何か異常がないかを検査します。究極の静粛性が求められるセンチュリーにふさわしい特別な工程となっています。

機能検査では、ホイールアライメントやヘッドランプアライメントの調整を行うが、ここでも非常に厳しい基準が設けられているという。

その後、発進・停止を含む市街地走行を想定した検査を兼ねて、テストコースへ再び自走で搬送。「テストコース走行検査」に臨む。

比嘉

テストコース走行検査では、コース本線で高速域までを確認するほか、石畳など路面に凹凸のある複数の異音路をEVモードで走行し、静かな状況で異音の検査も行います。EVモードで異音路を走るのは、新しいセンチュリーのために初めて導入された検査になります。

比嘉によると、田原工場で生産されているクルマで、すべての車両についてテストコースでの検査を行うのはセンチュリーのみなのだそうだ。新しいセンチュリーの品質を守るために、いかに特別な検査工程が導入されているかが分かるだろう。

テストコース走行検査が終わると、再び自走で検査工場に移動。通常洗車を行った後、純水という塗装工程で用いる水で洗浄し、最終確認検査に入る。

比嘉

純水は不純物を含まないので、乾燥した後にボディに水滴の跡が残りません。つまり、水を拭き上げる際にボディにダメージを与えてしまう危険性をゼロにできるのです。

洗車を終えると、「最終確認検査」工程へ。検査終了後に検査員自らボディとホイールに保護フィルムを貼り付け、出荷ヤードに搬送する。1台を検査するのに要する時間は3時間半だという。

センチュリーの匠検査員として、もっとも大切にしていること……

沖縄で生まれ育った比嘉は、小さい頃からクルマが好きで、高校卒業と同時に地元のクルマ関係の会社に就職。その後、25歳のときにトヨタに入社した。

比嘉

もともとマークⅡやチェイサーなどトヨタ車が好きで、トヨタに転職して生産現場の仕事に携わりたいと、思い切って転職しました。

そのときに配属されたのがレクサスの検査課で、それ以来、検査一筋でやってきました。

検査の匠として20年以上のキャリアを誇る比嘉が、最も熟練が必要だと語るのが、ボディの組み付け精度の見極めだ。

クルマのボディは、エンジンフードやフェンダーパネル、ドアパネルなど、さまざまな部品で構成されている。こうした部品間の隙間や段差が規格に収まっているか、左右でバランスが取れているか、厳しく検査するのだ。

比嘉

隙間や段差を測定するための治具がありますが、私たちは基本的に隙間は目視で、段差は手のひらで確認します。見たり触ったりすれば、一瞬で良いのか悪いのか判断ができます。

内装についても各部品の隙間、段差、左右差を確認します。あとは部品を触ったり揺すったり、動かしたりしてみて、組み付けが正しく行われているか、部品から異音がしてないかも検査します。

治具を用いての検査は時間が掛かりすぎるため、確認箇所の多さを鑑みると現実的ではない。そのため、何百台、何千台と経験を積みながら、目と手の感覚を鍛える必要がある、と比嘉はいう。

比嘉

私の場合、例えばフロントドアとリアドアの隙間について、まず目視で確認します。その後、ノギス(隙測定治具)で測定し、誤差がどれだけあるのか確認します。それを何度も繰り返すことで、目視の精度を向上させました。

段差を確認する際の手感の精度を向上させる方法も同様です。何度も繰り返すことで身に付けました。

そんなベテランの比嘉が、センチュリーの検査でもっとも難しいと感じたこと。それは、すべての工程を1人で担当する必要があるため、一つひとつの工程についてどこまで深く検査できるかを突き詰めることだったという。

比嘉

例えばテストコースでの走行検査は、低速から高速まで速度域が幅広いですし、路面も本線、異音路、舗装悪路など多種多様です。速度域や路面状況によって、異音が出ることもあれば出ないこともあります。

どのようにしたら異音を検知できるのか、そのやり方を調整するのが難しいですし、それにはどのような条件下でも異音や振動をしっかり感じ取れることが重要です。そうした技能を身に付けるのにも苦労しました。

走行検査は奥が深く、簡単に熟練の域に達することはできません。これから100台、200台、300台と検査を続けていくなかで、さらに技能を高めていきたいと思っています。

センチュリーの匠検査員として、比嘉が大切にしているのが、お客様の目線に立って検査することだという。それはどういうことか?

比嘉

私たちが検査しているのは、お客様にとってかけがえのない1台です。検査のプロとして、不具合によってお客様が落胆されるようなことが絶対にあってはならないと考えています。

センチュリーには、例えばコンマ数ミリの塗装の不具合もNGとする厳しい規格が設けられています。

そうしたお客様ご本人も気づかないような不具合も見逃すことがないよう、日々精進していきたいと思っています。

クルマが大好きで、昔からモーターショーにも足を運んできたという比嘉。「どの展示車を見ても、つい隙や段差、塗装面や建付けなどが気になってしまうんです」と苦笑いする。そんな彼が最後の砦として守るセンチュリーの高い品質は、必ずやお客様の笑顔につながることだろう。

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