「障がいがあっても、いろんな場所にお出かけしたい」 トヨタのデザイナーはモバイルトイレを開発した。
驚かされた、外部のすごい技術
どうすれば水の使用量を減らせるか。調査を重ねてたどり着いたのが、少ない水で流せる新幹線のトイレだ。技術を持つメーカーを探し出し協力いただけないか交渉が始まった。
稲垣
このプロジェクトでは社外とも積極的に関わろうという方針でした。水回りだけでなく、ボディも、トラックづくりでノウハウのある企業にいろいろ教えていただきました。
ボディの車体強度を保ちつつ、軽量化へ。発泡剤のような軽い素材を、薄い金属で挟んだ部材を採用した。普段は冷凍庫などのトラックのコンテナに使用されるものだという。
外部企業に協力いただくことで、あらゆる知見が得られた。水素エンジンの開発現場でも「未来はみんなでつくるもの」という考えがあるが、まさに多くの仲間がアイデアを出し合い、社内にも前例がないモバイルトイレの開発は進む。
車いすユーザーだけでなく、設置側の意見を知るため自治体にもヒアリング。教えられたのが「トイレ自体が走るのではなく、けん引できるようにしたほうが使いやすい」という声だ。
しかし大きな問題が。
稲垣
けん引免許を持っている人が少ないため、普通免許でけん引できることが大事なポイントだと教わりました。
普通免許でけん引。そのためには軽量化して横幅を抑えるなど、全体のサイズを小さくする必要がある。
ただし小型化するからといって使い勝手を落とすわけにはいかない。「限られた空間を広く快適に見せる」クルマ屋の真骨頂が発揮されていく。
まず、この手すりを見ていただきたい。なぜ角が直角ではなく外側に曲がっているのか。
その理由は、限られた室内空間で車いすが360°ぶつからずに転回できる配慮だ。この工夫により、中央に広々としたスペースを確保できた。
また、床の四隅にはタイヤが付いているため、タイヤを収めるデッドスペースが生まれる。これはエアコンやゴミ箱を積む台として効果的に活用。
天井には、スモークの入った天窓を設置。太陽光を取り込むことで広く明るく感じさせる。電気消費量の抑制にもつながった。
さらにスロープは車体の後ろではなく、横に出せるのだが、ここにも深い理由がある。
道路を前後に占有しすぎないように配慮された設計なのだ。それだけではなく一般的なトイレと同じように、入り込む際に「外から見えづらい」という心理的配慮も兼ねている。
社内外の技術やアイデアが詰まった“MOBILITY FOR ALL”を体現するトイレ。誰もが使えるトイレをつくることは、デザイナーたちにとっても多様な価値観を知る経験となった。
車いすユーザーの皆さんからも、ありがたい声が届いているという。
「海やキャンプ、混雑したライブ会場に行くなど、自分にはできないと思っていたことをやってみたい」
「気持ちが前向きになって、性格も明るくなって、どんどんチャレンジしたい気持ちになれた」
2022年11月、愛知・岐阜で開催されたFIA WRC世界ラリー選手権の第13戦「フォーラムエイト・ラリージャパン2022」の会場でも、このトイレが出動。車いすユーザーの皆さんにも、モータースポーツの迫力を生で楽しんでいただいた。
会場では、さらなる改善に向けて、ヒアリングも。
「このサイズで不便はないですか?」「ボタンひとつでドアを開閉できたら嬉しい」「カギは閉めにくいかも」「すぐ改良します!」
まさに、モビリティの新しい領域であるモバイルトイレ。
車いすユーザーに限らず、介護を必要とされている方や、赤ちゃん連れなど、トイレに不自由を感じているすべての人に使っていただくため、今もデザインの現場では実用化に向けた改善が続いている。