2022.07.11
豊田喜一郎が情熱を燃やした自動車事業は「多くの仲間」に支えられた。没後70年、大きく変わった世界でも変わらず引き継がれる、豊田章男の信念とは。
水素エンジンカローラにとってちょうど1年の節目となるスーパー耐久富士24時間レース。そこで記録された478周は、昨年より120周多かった。それは未来を切り拓くために集まった仲間たちの日々の改善の成果だ。
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このレースの数日前、トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎に愛知県から名誉県民の称号が贈られた。顕彰式に出席した豊田章男はこう話している。「喜一郎は、日本人の頭と腕で、日本に自動車工業を興したいという一心で、自動車事業に情熱を燃やしてまいりました。それができましたのも、ともに挑戦してくれた多くの仲間がいたからであり、そうした人財を育て続け、産業基盤の整備にご尽力いただいた、愛知県の皆様がいたからこそでした。そうした意味を込め、喜一郎は、“自動車は、みんな部下や仲間がやってくれた”と言っていたと聞いております。名誉県民受賞についても、“自動車産業への挑戦はみんなでやったもの”と言ったのではないかと思っております」
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自動車はつくる過程においてはもちろん、走らせるにもインフラ、資源、通信や物流などあらゆる産業との関わりが必要となる。だから日本自動車工業会(自工会)の会長として、豊田はカーボンニュートラル実現に向けても、自動車産業でしか果たせない役割があると語っている。「カーボンニュートラルは、『つくる』『運ぶ』『使う』『廃棄する』という、すべてのプロセスでのCO2 削減を実現しなければなりません。つまり、全国民、全産業が足並みをそろえながら取り組むことが不可欠になります。そこには『ペースメーカー』が必要だと思います。自動車は、エネルギーや素材など多くの産業と深く関わる『総合産業』ですので、産業界の『ペースメーカー』としてお役に立てるのではないかと思っております。そして、もう一つ。自動車は、多くのお客様との接点を持つ『B to Cの産業』です。お客様のライフスタイルをカーボンニュートラル化していくという意味でも、私たちはペースメーカーの役割を担えると思っております」
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今年5月、自工会の新体制発表会見の席で、豊田はカーボンニュートラルをはじめとする業界が掲げた重点テーマへの想いを語り、こんな言葉を残した。「私の信念は、“自動車はみんなでやっている産業”“未来はみんなでつくるもの”このふたつです――」。
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喜一郎が亡くなって70年。時代は大きく変わった。それでも未来を切り開く挑戦には、いつも意志と情熱をもって行動を起こす仲間の存在がある。