トヨタ内でも知る人が少ない八王子のデザイン拠点。山道を登った先に現れた建物には、次世代型の驚きのプロダクトが・・
初公開、トヨタのチンアナゴ
トヨタがつくったチンアナゴとは一体何か、動画でご覧いただきたい。
軽く触れるとすっと逃げる。この不規則な動きに、なぜか我々は意志を感じてしまう。一見なぜ制作されたのか疑問に思われるものも、テクノロジーがいかに感性に寄り添えるかの試行錯誤のひとつなのだ。
ほかにも「人の目に反応して視線を合わせようとするロボット」や、「やけに弱々しく助けたくなるロボット」などもある。
現地現物を大切にするモノづくりの会社として、自分たちの手で実際につくってみる。そして「人とモビリティの心地いい関係」を考える。その検証に終わりはない。
切り離しできる「走るカフェ」
人とモビリティの関係を探る一方、次世代の移動のあり方や、物流、物販などあらゆる用途が想定されるe-Paletteの派生プロダクトについても模索中だという。
その一例がデザインルームにあるというので訪れると、フロア中央にカフェへと変貌したモビリティが置かれていた。
西村主任
これはBridge-Palette と名付けたe-Paletteと補完し合えるモビリティのコンセプトモデルです。たとえばお祭りの屋台のような、周りの空間の価値を変えるモビリティを目指しました。
現段階ではまだモックではあるものの、内部は自由にアレンジ可能。駆動部とボディは切り離せる。西村と同じく先進デザイン開発室の渡部卓也主任はこう続けた。
渡部主任
駆動部と切り離しても、ボディ部分は水素燃料で電気を生み出せます。
自動運転で目的地に着いたら、駆動部は別の場所に行く。そして違うボディを動かして、ほかの場所にも価値を届けるというコンセプトです。
そこには、必要なものを、必要な時に、必要なだけ供給する、TPS(トヨタ生産方式)の発想があった。
それにしてもなぜコーヒースタンドに?という問いに「あ、自分がコーヒー好きなので」と笑う西村。水素タンクは「アクションを伴ったデザインでワクワク感を演出した」と教えてくれた。
タイパ時代に、遅いモビリティ?
この後、Round-Paletteというモビリティも見せてもらった。
タイムパフォーマンス、通称タイパが流行語になるほど時間効率が重視される今、あえて時速2〜3kmで動く “遅いモビリティ”だ。
渡部主任
これまでのモビリティの価値は、いかに早く快適に移動するかにプライオリティが置かれていました。でもゆっくり移動することを肯定すると、新しい体験が生まれるかもしれません。
すでに有名アーティストのコンサートや、バスケットボールBリーグ・アルバルク東京でのヒーローインタビューでデモンストレーションが行われている。乗りやすいように床を低く設計したが、音楽ライブでは遠くから見えるように床を高く!とリクエストも。
渡部主任
角に小さな突起があるだけで、立っている身体を支えやすいということも実際に使ってもらうことで気づきました。
新領域でのデザインの役割は“カタチを考える”だけではありません。今は「お客様の手に渡った後のサービスやビジネス」の仕組みもわかっていないとデザインできません。考える幅がすごく広がりました。
現地現物、かつ人間中心。さらに事業の採算性まで視野に入れる。「デザインの難しさと面白さに気づいた」と両主任は笑顔で語る。
マーケティング先行ではなく、あくまでも人の幸せを先行させるモノづくり。西村主任は「自分たちがしていることは種まき」だと教えてくれ、取材後は早速デザインの現場へ戻っていく。
一見、華やかな先進デザインの現場。しかしそこにあるのは、デザイナーたちの泥臭く美しい奮闘なのであった。