自動車業界が大変革期にある今、トヨタの原点に立ち返るべく始まった「初代クラウン・レストア・プロジェクト」。第4回では、愛車として何十年も乗り続けられる品質を追求したボデーの修復と特殊な塗装についてお届けする。
65年前のクルマに現代の電着塗装を
この塗装工程では、本記事の冒頭で紹介した「保有車のカーボンニュートラル化」の取り組みにおいて重要となる、画期的な試みが実現した。それがボデー&シャシーのカチオン電着塗装の導入だ。
カチオン電着塗装とは、トヨタ車に限らず現行車にはすべて行われている下塗り塗装だ。水溶性の塗料を溶かした槽に金属製の部品をまるごとザブンと漬け、漬けたものをマイナス極に、水溶性の塗料をプラス極にして直流電流をかけることで、金属の表面の塗料を不溶性のポリマー(樹脂)に変化させ、一分のスキもなく塗装する技術のこと。
ロッカーパネルやシャシーフレームの内側のような手作業での塗装では塗料が届かない部分にも隅々まで塗装を施すことができる。また金属の表面全体が分子レベルで完全に覆われるため、この塗装に傷が付かなければ、サビが発生する可能性をゼロにすることができるのだ。だがこの塗装を行うためには、ボデーをまるごと漬けられる、塗料を満たした大きなプールが必要になる。
できれば現行車の生産ラインを流用したいところだが、この工程は完全に自動化されていて、イレギュラーな対応が難しい。また、65年前のボデーは電着塗装工程を前提に設計されていないこともあり、トライの後で現行車の塗装ライン全体に品質の問題を絶対に生じさせないという確証はなかった。
さらに、現行車のラインに初代クラウンのボデーを流すためには専用の治具が必要となる。それには数千万円単位のコストも掛かる。そのため、社内でこの塗装を行うことのできる塗装ラインは見つからなかった。
だが、チームメンバーは諦めなかった。それはこのクルマがさらに50年、100年と元気に走り続けるために。クルマ好きの「愛車に乗り続けたい」という想いに応えるためには、ボデーとシャシーへのカチオン電着塗装が絶対に欠かせないと考えていたからだ。
カチオン電着塗装の実現にこだわり諦めなかったチームメンバーの一人、冨安金治SXはこう振り返る。
冨安SX
クラウンの前にレストアしたパブリカでも特にアンダーボデーの腐食は深刻で、完璧に取り除いて復元する難しさを経験しました。正直当時の自分たちの知識や技能ではやりきれなかったところもあり、悔しい思いもありました。
しかし今回のクラウンレストアでは、全社から高技能者を集めて高いレベルの復元にチャレンジできる手応えがありました。何より今回のクラウンを託していただいたオーナー様からは「きっと新車以上の素晴らしい仕上がりになると確信しています」とご期待をいただいている。ただ復元するだけではなく、長く乗り続けられるクラウンに生まれ変わらせたかったんです。トヨタホームの協力でカチオン電着塗装を実現
どこか、カチオン電着塗装を行なっているところはないか? メンバーは社内を走り回った。そしてついに、快く協力してくれるというグループ会社が見つかった。それが一般住宅や事務所、店舗等の開発・製造を手がけるトヨタホームだ。
1975年にトヨタ自動車工業の住宅事業部として産声を上げ、トヨタグループの住宅会社として2003年に設立されたトヨタホーム。その住宅のフレームとなる鉄骨ラーメンユニット構造は、そもそもクルマの製造技術から生まれたもの。そしてこのフレームには、カチオン電着塗装が施されている。
この鉄骨ラーメンユニット構造のカチオン電着塗装を行う設備を利用させてもらえることになったのだ。依頼を受けた当時について、トヨタホーム 製造部の山本貴士氏は語る。
山本
この話を上司から聞いたとき「面白いな」と思いました。もともとはトヨタ自動車さんのクルマづくりに由来する技術ですし。それに何よりも、初代クラウンをオリジナルよりも素晴らしく、50年、100年と安心して乗り続けられるクルマにしたいという皆さんの熱意に心を打たれました。
トヨタホームでカチオン電着塗装を行うにも2つの課題があった。ひとつは既存のパレットと架台をそのまま流用すると、初代クラウンのボデーが完全には塗料に浸かりきらず、未塗装部分が残ってしまうこと。そしてもうひとつが、ボデーとシャシーの内部の、手が届かない部分のサビ落としだった。
メンバーは事前の打ち合わせをもとに、自分たちの手でパレットと架台を製作して浸漬する深さの問題をクリア。さらに、大きな金型のサビ落としを化学的に行っているメッキメーカーの(株)テイクロに徹底的なサビの除去と、塗装の品質を高める金属表面の脱脂処理について協力してもらうことで、この課題も解決した。
こうして旧車のレストアでは異例である、ボデー&シャシーのカチオン電着塗装がついに実現した。
冨安SX
通常は生産ラインに流れることのない車両のボデーやシャシーの電着塗装を引き受けていただいたトヨタホーム様には感謝しかありません。
トライするにあたり、ボデーやシャシーが電着槽で浮かないように固定する架台や治具の構造をメンバーと相談して工夫しました。当初は実現が不可能に思われていたカチオン電着塗装をやり遂げられたことは、チームがチャレンジする気持ちを持ち続け、協力会社様を含めたチームワークが結実したものだと思います。
社内の高技能者による、オリジナルを超えるボデーの完璧な修復と、トヨタホームの全面協力によるカチオン電着塗装の実現。レストア活動の狙いである「技能伝承」と「人財育成」につながっただけでなく、その過程で得られたこの経験と成果は、初代クラウン・レストア・プロジェクトを超えて、いつまでも愛車に乗り続けたいというクルマ好きの熱い想いに応える、保有車のカーボンニュートラル化に大いに役立つに違いない。
ところで、旧車のレストアには、新しいクルマづくりにはない難しさ、思いもしなかった面白いエピソードがある。次回第5回は、この新型クラウンをめぐる「レストアの難しさと面白さ」の話をお届けする。
(文・渋谷康人)