本業とは関係ないように見える取り組みを紹介する「なぜ、それ、トヨタ」。今回は、凧あげで発電!?
湖西市で見つかったもの
板倉が向かったのは、トヨタグループ創始者、豊田佐吉の故郷である静岡県湖西市だ。
佐吉は子どもの頃「凧あげ名人」として知られていた。幼少期から凧あげが大好きで、その凧糸の感触から自動織機の経糸切れ時の自動停止装置を思いついたという逸話があるほど。
湖西市役所を訪れた板倉は、あるものを発見する。なんと佐吉がつくったといわれる凧が、当時の資料に基づいて製作され展示されていたのだ。
遠州灘の強い風を活かした凧あげが、市民の日常生活に溶け込んでいる湖西市。市役所の協力もあって、板倉は子どもたちの前でデモンストレーションをする機会を得られた。
研究中止の危機に悩まされていた中でのデモンストレーション。多くの親子の歓声が、メンバーのモチベーションを高める大きな力になった。
凧あげで給料をもらっている?
懸命に研究に励む板倉だが、家族からは当初「凧あげで給料をもらっている」と言われたと笑う。
しかし、あまりに真剣な姿を目の当たりにしてきた2人の息子は今、父の後を追うように大学で航空宇宙工学を専攻しているという。
個性的な研究なので、当然、トヨタ社内でも話題は広まっていた。
板倉は「先日の内山田元会長報告では、開口一番『君が凧あげで給料をもらっている有名な人だね』と言われました」と嬉しそうに振り返る。
今も開発状況を報告し、指導をいただくそうだが「あらゆる目的に応用できるから、大変だけど頑張れ!」と激励された。
実はこの研究、発電以外にも大きな可能性を秘めているのだ。
凧としてではなく、空飛ぶモビリティとしても応用可能。ドローンで運べない重量物の運搬ができるので、山岳地や離島の方々の困りごと解決も考えられる。
また、凧あげ発電よりも「さらにぶっ飛んだアイデア」を板倉は楽しそうに語る。
板倉グループ長
農業でも、キャベツのように涼しい気候を好む作物があります。上空は気温が低いので、カイトをさらに大きくして「空中農場」をつくるなんてことも。
また、日本離島協会にヒアリングに伺ったとき、急患で本土の病院へ緊急移送したい時でも、夜はドクターヘリが使えないことも。落下しないメリットを活かして、全天候のドクターヘリも考えられます。さらに発展させて「空中都市を」なんて夢もあります。
まるで冗談のように聞こえる未来像。でも、凧あげ発電というぶっ飛んだ研究をここまでリードしてきた男は、本気で未来を変えようと挑戦しているのだ。
板倉グループ長
次の目標は、5000m上空に8日間飛ばし続けること。今は高度2700m、12時間の飛行が最長なので、まだまだ耐候性や信頼性の向上など難しさはあります。
でも、その目標がクリアできれば気象や通信などいろいろな使い道が見えてきます。
いちばん優先したいのは気象への活用。凧を海上であげて、凧糸に水蒸気量を測るセンサーを付けて「水蒸気量の垂直方向分布」を実測すれば、より精密な気象情報を得ることができます。
その値をスーパーコンピュータで計算すると、線状降水帯を正確かつ、かなり事前に予測できることが確かめられました。
ゲリラ豪雨をいち早く精密に予測できれば、人命や財産を守れることになる。「内閣府の気象研究にも招かれて参加している」というから驚きだ。
あらゆる可能性を秘めている。だから名前も「マザーシップ」。
いつも楽しそうに未来を語る板倉のもとには、社内外から多くの仲間が集まってくる。そして仲間の数だけ可能性が広がっていく。今後の研究成果に要注目だ。