特集
2022.03.30

第3回 "子供たちの夢"がマスコットロボット開発の原動力

2022.03.30

トヨタはオリンピック、パラリンピックのワールドワイドパートナーとして、東京2020では、車両供給の枠を超えて、さまざまなロボットで大会をサポート。アスリートの熱戦の裏で汗を流してきたプロジェクトメンバーの挑戦を3回にわたって描く。第3回は、マスコットロボットのプロジェクトチームをピックアップする。

子供たちの笑顔を最優先に。技術アピールからの脱却

マスコットロボットとは、東京2020の公式マスコットキャラクターである、ミライトワとソメイティをロボット化したもの。

2018年、ロボットの社会実装の推進を目的に組織委員会が立ち上げた「東京2020ロボットプロジェクト」の一環として、力覚伝送(ロボット間で力を伝送する技術)やAI認識を軸に、人の表情や身振りを読み取りスムーズに受け答えするマスコットロボットの開発が開始された。

開催予定だった2020年の年明けには、AIによる人とのコミュニケーションの精度を上げていく段階にまで差し掛かっていた。そんな矢先、新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受け、オリンピック組織委員会で東京2020の延期が検討されると共に大会でのマスコットロボットの実施プランが再検討されることになる。

延期前に決まっていた大会期間中の役割は主に2つ。1つは、選手や海外のお客様を出迎える空港やショールームなどの各所への展示。

もう1つが、東京2020組織委員会と東京都が共催した『未来のスターの指定席プロジェクト』への参加。会場にいるヒューマノイドロボッド「T-HR3」を遠隔操作するコントローラーとしてマスコットロボットを利用し、競技会場へ足を運ぶことが難しい特別支援学校の生徒たちに、実際に現場を訪れたような体験を届けるという試みだ。

ロボット連携機能を応用した『未来のスターの指定席プロジェクト』の実施案。 マスコットロボットを親機として、身体性が違うロボット間でも遠隔操作することが可能

しかし延期が決定したことをきっかけに企画を大きく見直した。

オリンピックでは、もともと予定していた『未来のスターの指定席プロジェクト』は、マスコットロボット単体での参加に変更。コントローラーはタブレットになり、マスコットロボットを遠隔操作することに。

パラリンピックでは、『学校連携観戦プログラム』で訪れた子供たちを競技会場で出迎え、見送ることが、新たな役割となる。

野見主査/企画総括

コロナ禍において人と人との触れ合いが断たれた状況で、ロボットを介すことで、「離れていてもつながれる」そして「安心安全な触れ合い」を実現したいと考えました。

延期前のマスコットロボットは、力覚伝送技術をアピールすることが目的だと思っていましたので、機動力や表現力は開発の対象に入っておらず、立つことも歩くこともできない、腰を固定した状態のロボットでした。力覚伝送の技術そのものは高い技術力に基づくものなのですが、一般の方から見ると、手足をバタバタしているだけの“おもちゃっぽい”ロボットだったと思います。

延期前のマスコットロボット

そこで延期を機に、当初の開発リードタイムでは無理だと思っていたマスコットサイズの本格的なヒューマノイドロボットの技術開発に着手することにしました。

どのようなロボットであれば子供たちの胸を打つのか、外装や機能も改めて検討し、①全身を大きくつかった自然な動き ②ロボット感を出さない見た目 ③外界との自然なインタラクションの3つを目標に据え“本物感”を出すことにしました。

また、AI技術でのコミュニケーションの成功率は、改良をいくら続けても100%の保証はありません。仮に、失敗のタイミングに対面した子供たちはどう感じるだろうか。私たちにとっては100回に1回の失敗でも、その1回しか対面しない子供たちからすると、その1回は100%になります。その気持ちを考えると、成功率が100%に達しない技術は使えないという結論にいたりました。それで、道半ばでAI技術での実用化は諦め、人による遠隔操作を基本に据えたロボットの開発をほぼゼロからやり直すことにしました。

当時は、トヨタのAI技術をアピールしたいと思っていたメンバーも多かったと思います。しかし“子供たちに喜んでもらいたい”という想いを最優先に、苦渋の決断をしました。

それから約1年に渡り、急ピッチで新たな開発を進めることになる。

ロボットのセオリーを度外視した寸胴な体形

ここからは、大会延期前のモデルを旧型、延期後のモデルを新型として紹介。

当プロジェクトにおいてハードウェア設計を担当したR-フロンティア部の近藤寛之主任は開発が再開した時のことをこう話す。

近藤主任/ハードウェア設計

キャラクターデザインで描かれた、ミライトワとソメイティの姿は一般的な二足歩行ロボットのセオリーからはかけ離れた体型をしていました。

トヨタですでに開発を進めていたT-HR3のような人間の等身を基本にするヒューマノイドロボットと比べると、極端に頭が大きくて手足が短い。そんな寸胴な体型がキャラクターの可愛らしさに繋がっているのですが、胴体に対して頭が重いと、ひとつの動作を行なう度に首が左右に揺れてしまい動きが安定しない。ロボット工学に精通する先生の中には、“二足歩行ロボットではあり得ない体型”とおっしゃる方もいらっしゃいました。

等身大のヒューマノイドロボッド(第3世代)「T-HR3」

そして何より、数々のパーツを搭載するうえで体が小さすぎる。旧型ですら小さい躯体に何とか詰め込んだという状態でしたが、さらに、軸を増やし、かつ自分で立てるように出力を上げる、という非常に難易度の高い挑戦でした。

抱えた問題を解決するために、まずは小さなボディにも収まる小型モーターの開発から着手しました。

マスコットロボットの体長は65センチ程度で子供の腰の高さほど。かなり小型で寸胴な体型をしている。その小さなボディにどうパーツを配置するかが大きな問題であり、これまでのロボット開発のセオリーを度外視しなくてはならないプロジェクトの始まりだった。

“ロボットづくり”から“リアルなマスコットづくり”へ

動作の改善としては、旧型では、腰部分が固定された状態ではやや動きが固く手足がバタバタして見えるという意見がチーム内から挙がり、20か所設けていた関節を8か所追加することで解消。その他にも、機動力と表現力を両立させるために、出力の向上や姿勢の制御などに短期間で取組んだ。

また、多彩な動作表現を追求するとともに、生きもののような不均一で無秩序な動きについても研究を進めていく。

森平グループ長/技術責任者

“本物のミライトワとソメイティに会えた”という感動を子供たちの記憶に残したいと思い、“ロボットづくり”から“リアルなマスコットづくり”と意識を変えました。

例えば、目の動き。人の場合、まず黒目が対象物に向いてから、首が動き、胴体がまわる。そんな生きものらしい動きを再現するために、手足や胴体のモーションセンサーに加えて操縦者の目の動きもカメラで認識し、遠隔操作のシステムに組み込みました。

また、腕を上げる動作を人の動きのまま行なうと、頭の大きなマスコットロボットの場合、腕が頭に当たってしまいます。操縦者とマスコットロボットの体形の違いを吸収し、動きの特徴は残しつつも体同士が干渉しないように、ソフトウェア側でリアルタイムに動作を調整するよう工夫しています。

幾多に渡る実証実験から寸胴な体型ゆえの動きの特徴を洗い出し、ロボット技術と操縦技術の両輪で精度を高めていきました。

マスコットロボットの動きの特性を熟知した開発者メンバーが操縦を務める

遠隔操縦に動作の基本システムを切り替えたことで、コミュニケーションの成功率は100%に達し、加えて、生きもののようなリアルな動きを表現できるまでになった。この時点で、開発をリスタートしてからの“本物感”という目標には達していたのだが、子供たちを笑顔にするための試行錯誤はさらに続く。

野見主査/企画総括

大会の延期が決まった時、マスコットロボットを通じて「オリンピック、パラリンピックへの逆風を取り払い、世の中が明るく前を向ける雰囲気を作ることをサポートしたい」と思いました。大会前に日本中を巻き込んだ活動をし、少しでも応援団を増やしたいと。特に、マスコットロボットと触れ合った子供たちはきっと大会を楽しみにしてくれるはず。子供が楽しみにしてくれれば、親御さんも大会開催に対して少なくとも後ろ向きな気持ちにはならないはずだと考えました。

そこで、「全国の小学生と一緒にFoorinの『パプリカ』を踊り、2020年年末の紅白歌合戦に出る」という目標を立てました。

Foorinの曲『パプリカ』を踊るマスコットロボット

このミッションにおいても、目指したのは子供たちが目をキラキラさせるような“生きものらしさ”。均一な動作をする一般のロボットとは一線を画す動きを目指し、ソフトウェア開発担当者自らがダンスを修得。その動きのデータを収録しプログラムすることで、まるでロボットの中に小さな人が入っているような自然な動きを目指した。

山本主任/ソフトウェア開発

200回以上のテスト、修正を行いマスコットロボットの動きもより滑らかなものになりました。ロボットに動作を教え込むために私自身も踊りを覚え何度も踊ることになりましたが、まさかダンスを修得することになるとは、開発前の段階では夢にも思いませんでした。

しかし、私のデータだけでは、ミライトワとソメイティが踊った時に2体が揃って均一な動きをしてしまい、やはりロボットっぽい。1体は私以外の方のデータにしたいと思いました。そこで、アルバルク東京(プロバスケットボールチーム)の元チアリーダーの方に踊っていただき、そのデータをソメイティに収録することにしました。手足の長さや頭の大きさが人と異なる寸胴なマスコットロボットでは、動きをうまく伝達できないところがあったため、人の踊りをそのままコピーするのではなく、調整を加えてカクカクとした動きを解消しています。

ソフト開発を担当したR-フロンティア部の山本一哉主任(右)

別々の踊りのデータをミライトワとソメイティに収録したことで、まるでそれぞれが人格を持っているような個別の動きに。動作表現をブラッシュアップすると同時に外装デザインも修正し、より生きものらしさを追求していった。

全身タイツを纏い、ロボットのような装いをアップデートした完成モデル

「旧型では、ボディの関節部が剥き出しだったため、機械で動くロボットという印象を拭えないでいました」と、ハードウェア設計の近藤は言う。

その印象を変えるために、全身を動物の皮膚のように伸縮性の高い一枚の生地で覆った装いにアップデート。ダンスなどの激しい動きでも関節部に違和感が出ないように、生地の下側の関節部分を動きに追従する柔軟な樹脂カバーで包んでいる。逆に内部を守るために硬さが必要なところは硬いカバーで覆うなど、部位ごとに機能に応じて硬さを変えたという。

これは、コンセプトカーなどに用いられる3D技術を応用したもの。下地のボディが透けにくい色合いや生地の厚さ、さらに体型がすっきりと見える縫い目の位置まで、服飾の技術も駆使して外装をデザインした。

星やハートなど、13種類の表情をリモコンで操作

また、旧型では8種類だった目の表情を13種類に増やすことで感情表現がさらに豊かに。

夢をカタチに

結果的に紅白歌合戦への出演は叶わなかったが、20214月、NHKEテレの「みんなのうた」でのFoorinとの共演が実現した。迎えた大会本番、「あっ、ミライトワだ」と、まるで友達と話すように子供たちが駆け寄って来る光景がそこにあった。「“ミライトワ・ソメイティ型のロボットに”会えた」ではなく、「“ミライトワ・ソメイティに”会えた」と思ってもらえたと感じましたと野見主査は話す。

『未来のスターの指定席プロジェクト』で特別擁護施設に訪れた際にも、「これはロボットなの!?」「小さい人が入っているの?」と、子供たちが喜んでくれた。さらに、児童の保護者から「ウチの子がこんな風に目や体を動かして気持ちを表現するのは珍しい」と温かい言葉をかけてもらうことも。

競技会場へ足を運ぶことが難しい特別支援学校の生徒たちがマスコットロボットを遠隔操作することで、実際に現場の臨場感を体験

「“現場の臨場感に触れたい”という子供たちの夢と、“会場に行くことのできない子供たちにも会場で参加しているような特別な体験を提供したい”というメンバーの開発当初からの夢が原動力となり、みんなの夢をカタチにすることができました。また、マスコットロボットを中心に喜びの輪が広がる場を目の当たりにし、技術アピールよりも大切なことに私自身気づかされましたし、他のメンバーの意識も変わっていったと思います。」と野見主査は振り返る。さらに続けて、東京2020を通じて、今後のロボット開発に生かす新たな気づきもあったという。

野見主査/企画総括

「言葉を交わさないコミュニケーションは不便に感じる点もあると思っていたのですが、実際はその逆でした。ウインクしたり、目がハートになったり、ミライトワやソメイティの身振り手振りや表情の変化を人が敏感に察知することで、ロボットの感情を想像し、受け手がリアクションする。そんな風に対話する人がコミュニケーションの不足要素を補ってやり取りするシーンを何度も目にしました。

会話という手段を排除したことで、結果として「ロボットの気持ちをより理解しよう」という人の思いと共に多くのコミュニケーションが生まれ、ロボットが人に寄り添い、また人がロボットに寄り添う理想の関係を垣間みることができました。もしロボットが喋れていたら、この関係性は築けなかったと思います」

ロボットの未来は、技術革新だけではなく、友達や家族のように人の気持ちにいかに寄り添えるかという視点が欠かせない。そこに気付かさる良い経験となり、今後のロボット開発のヒントを得られたという。東京2020は無事に閉幕したが、その取り組みは次のマスコットロボットへとつながれている。

未来につながれたバトン

NHKの新番組「ひろがれ!いろとりどり『リフォーマーズの杖』」Eテレ)の番組MCを努める、公式マスコットキャラクター「ベアツシ」のロボットを開発だ。

野見主査/企画総括

これまでの番組では、人形師の方が操作しているそうですが、人形師の方も高齢化が進み担い手が不足し、子供向け教育番組を制作する上での課題になっているとのことでした。一方で、人が入った着ぐるみだと、どうしても背丈が大きくなってしまい、子供によっては怖くて泣きだしてしまうこともあるそうです。

今回のマスコットロボットでは、70cm前後のロボットがさも生きているように身振り手振りでコミュニケーションを取ることができるので、今までにない新しい番組がつくれる、と、パプリカでお世話になったNHKの方からお話をいただき、今回の取組みに至りました。

新たな仲間づくりは、さまざまな分野で抱える課題を知ることにも繋がり、トヨタの技術を今まで以上に暮らしに役立てるうえでも有益なことだと、東京2020をきっかけに広がった仲間の輪から、そんな教訓も得られました」

番組の裏側では、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんが「ベアツシ」を操縦。番組での活用に向けては、操縦者の表情を認識し、操縦者の動きに合わせて眉毛や口も動くようにアップデートされた。

さらに同番組のテーマソングでは、ダンスも披露。オリンピック前までは、ダンスの動きをプログラミングするのに数ヶ月の調整が必要だったが、今では1週間ほどに短縮。

徐々にできることが増え、開発期間も短くなってきている。「さまざまな場面での活用に向け、これからも挑戦を続けていきたいと思います。」と野見は言う。新たな暮らしの創生に向けて、その歩みはまだまだ続いていく。


―トヨタ自動車はオリンピックおよびパラリンピックのワールドワイドパートナーです―

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