聖火リレーという200メートルの"移動"に、ロボットと共にチャレンジすることで、届けたい姿とは。
はじめに
(トヨタイムズ読者の皆さまへ)
いつもトヨタイムズをお読みいただきありがとうございます。
この記事は東京2020オリンピック聖火ランナーに選ばれたトヨタ社員を紹介する記事として3月26日の聖火リレースタートに合わせて連載開始を予定していました。
聖火ランナーのみなさんは、自分のために走るということではなく、走ることで“他の誰かのために”何かを伝えたいという想いを持っている方々です。
しかしながら、東京2020オリンピック聖火リレーは延期が決まり、今は走ることができません。
走る姿を伝えることはできませんが、トヨタイムズは掲載を延期せず、彼・彼女達が、どんな想いを聖火に乗せて運ぼうとしていたかを伝えるため、予定通り記事を掲載してまいります。
「オリンピック聖火ランナー」~誰かのために走る人~ 導入編はこちら
未来創生センター R-フロンティア部
主任 後藤明人
生活支援ロボットHuman Support Robot(HSR)とトーチを持って笑う後藤明人さんは2007年の入社。ずっと携わりたいと思っていた「ロボット開発」を担うパートナーロボット開発部(当時)からキャリアをスタートし、パーソナルモビリティロボット『Winglet(ウィングレット)』や、リハビリテーション支援ロボット『ウェルウォーク』の技術開発に携わってきた。その後2016年から3年ほど、エレクトロニクス生技部で自動車の生産技術を学び、2019年1月に再びロボット開発の現場に復帰して現在に至る。
戻ってきたのがちょうど新規開発プロジェクトの仕掛り時期で、トヨタ社内で人手に困っている部署を助けるためにロボット技術で何か支援できることはないか、というテーマで検討が進んでいました。そこから部品倉庫内の物流にロボット技術を適用し、より働きやすい環境を作ろうというプロジェクトが立ち上がり、現在もそのための研究開発を継続しています。
一方で「いよいよ来年東京2020オリンピックだ!」というタイミングでもあったので、東京2020オリンピック・パラリンピックに関わることを何かやりたいと強く願っていました。そこで部内で東京2020大会に提供するロボットの開発を推進しているマネージャーに相談して、ロボットで大会の役に立つことをしようということになり、オリンピック・パラリンピックのメイン会場となるオリンピックスタジアムで、車いすユーザーのためにサービス提供することが決まりました。
東京2020オリンピック・パラリンピックに向けた生活支援ロボットによるサービス支援の開発では、後藤さんと同じように障がいを持った人々にスポットがあてられている。
トヨタの特例子会社で、障がいのある方が働くトヨタループス(以下、ループス)という会社があるのですが、私は今そのループスのみなさんと、サービス自体の開発を一緒にやっている最中です。今回私たちのサービスを体験いただきたい対象は大きくお二方いて、一人は観客として会場に来られる方、もう一人は新しい働き方を目指す障がい者の方なんですね。
特に後者について言うと、豊田市のループス本社と東京のオリンピックスタジアムをネットでつなぎ、ループスからオリンピックスタジアムの車いす席のお客様と会話したり、現地にあるHSRを操作して直接サポートもできる、いわば“遠隔ワークの発展型”を目指しています。もしこれが実現すれば、私やループスのみなさんのように障がいを持った人たちでも、「ロボットを使えば遠隔で物理的な作業ができる」という新しい世界観を示せるのではないかと思っています。
「託された思い」と「届けたいメッセージ」
豊田市という“遠隔”から東京2020大会を直接サポートする後藤さんは、所属する未来創生センター470人の代表として、「オリンピック聖火リレー」を走ることも決まっている。
まずは自薦・他薦による応募を待ちますということでしたので、やりたいですと手を挙げました。その後、応募動機をもとに選考委員の方々による選考が行われ、最後は「後藤さんに我々の思いを託したい」と、第1候補のご指名をいただいたというわけです。
ここで後藤さん自身が応募動機として綴ったメッセージを紹介したい。
先天の病気で小さいころから移動が辛かった。2007年に入社をして以来、家族や職場の同僚などいろいろな人のサポートで今の自分がある。諦めたくなる場面が多いけれども、誰もが夢を実現できる社会にしたいと思った。そういう価値観があることを知ってもらいたいし、理解してもらいたい。チャレンジに対して物理的な困難があるのであれば、それを解決するロボットがあることを多くの人に知ってほしい。たくさんの人々が集まるオリンピックの舞台で、このメッセージを届けたい。
かく言う後藤さんだが、実は2018年ごろまでは自分のことで精一杯で、「誰かのために…」とは思っていても、なかなか動けなかったと振り返る。
後藤さんに託されたのは、距離にしておよそ200メートル。たやすく聞こえてしまうこのリレー区間はしかし、周囲の想像を超えたハードなチャレンジとなる。
私には四肢の関節が弱いという障がいがあり、長い距離を歩いたり走ったりすることは苦手というか、身体への負担が大きくてあまりできません。どちらかと言うと「しない」より「できない」に近い状況にあります。なので文字通り“ランナー”として走ろうとすると、かなり困難なミッションになってしまうんですね。
幸い聖火ランナーの本質は「速度ではない」とのことではありますが、とはいえ200メートルを歩いて終わりたくないという美意識もあり、自分としてはハードルの高いチャレンジであることに変わりありません。
200メートルという“移動”が意味すること
聖火ランナーを務めることの意味合いがことさら重い後藤さんが、それでも“走る”ことを決めた理由は何だったのだろうか。
もともと「移動の自由」に対する切実な欲求があって、学生時代には自転車に乗り、大学からは自動車に乗ることで、自分の動ける範囲が広がることを体感してきました。そういう成功体験があったからこそ、「みんながもっと移動しやすくなったらいいな」という思いでトヨタを選んだと言えます。その点、今いるロボット開発は移動に対してダイレクトではなかったかもしれませんが、代わりにいろいろなカタチの移動があることを感じることができました。
聖火ランナーとして走る200メートルの“移動”もそのひとつです。むしろこういう「ちょっとそこまで…」みたいな身近な移動をカンタンにしたり、少しでもラクにすることの積み重ねが、私と同じような境遇にある方のチャレンジにつながると、今は思っています。
難しいのは、ハンディキャップがあってもみんな自分でやりたいと思っていること。一人でやるのは辛いけど、誰かとやるのも抵抗がある。それが本音だと思います。そんなときこそロボットの助けを借りて、「自分でできる」という自信を感じてほしい。その積み重ねがきっと次のチャレンジ、より大きなチャレンジにつながるということを、私の姿を通じて伝えられたらと思っています。
聖火リレーを最高のアピールの場とするために、後藤さんは職場の同僚にも協力を仰ぎながら、相棒のHSRと一緒に走る準備を進めている。
自分一人で走るだけでも十分なチャレンジなのですが、ロボットをパートナーにして一緒に走ることに意味があると思っています。あくまでトーチを運ぶ主役は自分という人間であり、ロボットは人間に寄り添ってサポートする存在ですが、技術が進歩してくることでこういうことができるようになる――そんなワクワクを感じてもらい、自分と同じような境遇の方が「移動の自由」を手にして、新しいことにチャレンジするきっかけになったらいいなと思っています。
ロボットと共に誰もが一歩を踏み出し、夢を実現できる社会へ――。職場のパートナーであるHSRを携え、トーチを手に取り合ってデモンストレーションする後藤さんの姿は、やがて訪れる“未来の日常”の予告編なのかもしれない。