今年もやりますトヨタイムズスポーツ特別企画。場所は再び高校球児たちの聖地・甲子園球場。アジア大会も控える中、熱狂が生まれる場所に集まったのは...?
夏、真っ盛り。
今年もさまざまな競技が、さまざまな場所で、夏の暑さにも負けない熱戦を繰り広げている。
…と、ここまでで何の話かピンと来た人は、かなりのトヨタイムズ通。この導入は、昨夏のトヨタイムズスポーツ特別企画「夏の甲子園が教えてくれたこと」と全く同じ。
ということで、2026年も森田京之介キャスターが甲子園球場にやってきた。
全国高校野球選手権大会(以下、夏の甲子園)は、本記事掲載の前日、18日間にわたる熱戦に幕を下ろしたばかり。まだまだ余韻冷めやらぬ読者も多いかと思うが、8月26日からは社会人野球の「都市対抗野球(同、都市対抗)」が始まり、硬式野球部レッドクルーザーズは30日に初戦を迎える。
そして、何といっても今年はアジア競技大会(同、アジア大会)が9月19日に、アジアパラ競技大会が10月18日に、それぞれ愛知・名古屋を中心に開幕する。
トヨタイムズスポーツでは「熱狂しよう」をテーマに、毎週の放送内でも大会の盛り上げを図っているが、“熱狂が生まれる場所”といえば高校球児たちの聖地を欠かすことはできない。
今回森田キャスターとともにトークを繰り広げるのは、元レッドクルーザーズのエース、佐竹功年 野球部副部長と、侍ジャパン社会人日本代表としてアジア大会にも出場する福井章吾 選手。
土庄高校(現・小豆島中央高校)時代に甲子園を目指した佐竹副部長。大阪桐蔭高校時代に選抜高等学校野球大会(同、春の甲子園)を制した福井選手。そして甲子園が人生の大きな転機となった森田キャスター。(何がどう転機になったかは、昨年のトヨタイムズスポーツ特別企画参照)
三者三様の立場から「熱狂」をテーマに語り合った、その模様をお届けする。(取材日は準々決勝が行われた8月18日。以下出演者の敬称略)
【ここからクロストーク】実は去年も来ていました
森田
去年トヨタイムズスポーツで、初めて甲子園で特別企画を実施しました。
チームとしては夏の甲子園に出たけどネクストバッターズサークルで敗退してしまった、パラ陸上やり投げの高橋峻也選手。春の選抜には出たけど夏の甲子園にはたどり着けなかった竹内大助さん。それから、夏の甲子園をきっかけにアナウンサーを目指したけれども、甲子園実況の夢は叶わなかった私。甲子園が人生に何らかの影響を与えた3人ということでトークをしました。この場所があったからこそ感じた想いとか、ここで得た経験がその先の人生にどう影響を与えたか、みたいなことを話しました。
聞けば当時同じ日に、朝日新聞さんの別の取材で、ここにトヨタアスリートがもう1人いたと。
佐竹さん。
佐竹
呼んでもらえなかったんで(笑)。
森田
いやいや違います。
佐竹
違う?
森田
たまたま。あとで聞いたら「え、いたの?」みたいな。それは社会人野球を引退したのを機にそういう話があったんですか?
佐竹
朝日新聞さんに早稲田大学野球部の後輩がいて、「コラムをやっているので書いてほしい」と言われて。
森田
“ミスター社会人野球が見る高校野球”みたいな。
佐竹
記事の内容忘れましたけど、そんな感じ。
森田
そういう内容でしたよ(笑)。
ということで、今年は、ちゃんとお呼びして我々の企画に参加してもらいました。
そしてもう1人。今トヨタの野球部で副キャプテンを務めている、福井選手にも来てもらいました。福井選手は都市対抗野球を控える、めちゃくちゃ大事な時期にわざわざ来てくれました。ありがとうございます。
福井
ありがとうございます。
森田
佐竹さんは去年の前は、甲子園はいつぶりだったんですか?
佐竹
僕の記憶では、中学3年生の夏以来です。
森田
28年前。
佐竹
もう、年取りすぎて何年前かも分からないですけど(笑)。
森田
1998年。
佐竹
そう98年。松坂(大輔さん)世代のときですね。
森田
80回の記念大会のとき。見た試合を覚えていますか。
佐竹
まずは地元の尽誠学園と春の選抜で準優勝した選抜で関大一高(関西大学第一)の試合を見ました。でもメインは翌日の横浜高校の松坂大輔投手(当時)。親父が「見に行こう」と言ってくれたので「行きたい」って観に行きました。
森田
何を感じたんですか?
佐竹
僕はまだ中学3年生だったので、単純に「松坂すげえな」が1番だったかなと思います。
森田
自分と世代の近い、この先進学する高校生がやっている野球は、佐竹少年の目にはどう見えたんですか。
佐竹
やっぱり憧れですよね。特に僕なんて(地元が)田舎なんで、プロ野球とか社会人野球って身近にない地域。何かにつけ、とりあえず甲子園ですね、野球している子たちは。僕の地元はもうほんと野球熱がめっちゃ高いんですよ。
森田
小豆島。
佐竹
そうです。過去に1回だけ小豆島高校っていう、僕の出身じゃない高校が、(選抜の)21世紀枠で出たとき*は、多分ありえないぐらいの人が(甲子園に)行ったと思います。
*2016年、小豆島高校(現在は土庄高校と統合して小豆島中央高校)が春の甲子園に「21世紀枠」で初出場を果たした。
街から人が消えました(笑)。
森田
(笑)。本当に、それぐらい甲子園は地元の応援を受ける特別な場所ですね。
佐竹
そうですね。僕も高校3年生のときに春の県大会で優勝して、ちょっと、(甲子園が)見えてきていた。
これは行けるんじゃないかと。島も盛り上がったんですよ。それで、ものの見事に3回戦敗退。
森田
そのときは、どんな感情になったんですか。
佐竹
あんまり調子も…やっぱり春投げすぎて上がってこなかったというのはあったんですね。当時僕は、いつもフェリーで(試合会場に)行っていたんですけど。
森田
試合に行くにはフェリーで島を出なきゃいけないんだ。
佐竹
はい。フェリーの中でうどんを食べて。
森田
おお、香川らしい。
佐竹
絶対食べるんですよ。そのうどんを7回裏ぐらいに全部ベンチのバケツに戻した。もう暑過ぎて、それぐらい気持ち悪かったです。
森田
ずっと1人で投げていたんですか?
佐竹
僕しかいなかったんで。何があっても、多分20点取られても僕でした。
森田
土庄高校。今は学校名が変わっちゃったんですね。
佐竹
小豆島中央高校ですね。(2017年に)小豆島高校と統合しました。
なので結局僕らの高校は1度も「土庄高校」という校名では甲子園の土を踏んでいません。
森田
負けたあと、行きたかった甲子園はテレビで見ました?
佐竹
僕の代ですか? 見ていました。
森田
それはどういう想いで見ていたんですか。もう観客目線ですか?
佐竹
そうですね。結局負けて思ったのが、目指すのが失礼なぐらいのチームでした、僕らは。口では「目指せ甲子園」とか、春の県大会を優勝したんでちょっと色気が出ていましたけど、実際やってみたら、僕らが軽々しく「甲子園目指す」とか言っちゃダメなんだなって思いました。
涙の真意は?
森田
なるほど。一方で甲子園出場は当たり前の学校にいて、優勝までしたのは福井選手。福井選手は(春夏)合計何回出ました?
福井
3回行きました。2年春と3年春・夏です。
森田
うち、優勝したのは?
福井
3年の春1回。大阪対決の決勝戦です。
森田
履正社と大阪桐蔭の対決。その選抜の優勝インタビューを見ましたけど、履正社にはリベンジだったんですか?
福井
そうです。秋に大阪大会で負けて。履正社はそのまま勝ち上がって、近畿大会も勝って、神宮(明治神宮野球大会)も優勝したんですよ。そういう経緯があって、世間では「大阪は履正社の時代になった」ってなっていたんで「やっつけないと」という話をしていました。
森田
そうしたら決勝で当たった。
福井
それも組み合わせが…。履正社は(初戦が)初日だったんですが、僕がキャプテンで(組み合わせ抽選を)引いたんですけど、クジ運が悪くて32番を引いたんです。1番最後。
僕らの初戦が履正社の2回戦と同日で、(それから)準々決勝まで、ずっと履正社と同じ日に1つ遅れの試合をしていました。ずっと「履正社が負けるまで負けられない」って、やっていました。
森田
しかも福井選手はキャプテンとして初めての甲子園で頂点に立った。頂点の景色はどうでした?
福井
初めてキャプテンをやって報われました。苦しい時間ばっかりだったんで、初めてあの瞬間に「やっていて良かったな」と思えました。優勝旗をもらった瞬間は本当にうれしくて(球場を)1周したんですけど、人生で1番いい筋肉痛を経験しました。
佐竹
ああ、分かる。めちゃくちゃ重たい。優勝旗の重さ、分かる。
森田
持ったんですか?
佐竹
僕は社会人になってから。
森田
物理的にも重いわけですね。
選抜を優勝して、当然夏は大本命なわけじゃないですか。みんなが打倒大阪桐蔭で来る。その中で、甲子園の舞台まではたどり着きました。この夏の大会はどうでした?
福井
ちょっと慢心はしていました。
福井
ずっと負けていなかったんで。公式戦26連勝して負けを忘れていたんで「大丈夫だろう」ぐらいの気持ちで挑んで、結局3回戦で負けてしまいました*。
*2017年の夏の甲子園3回戦、大阪桐蔭は仙台育英と対戦。8回に1点を先制するも、9回裏にセンターオーバーのタイムリーヒットを打たれサヨナラ負けを喫した。
森田
今年の『熱闘甲子園』(朝日放送テレビ)のオープニングに泣いているシーンが出ていますけど、あのシーンは覚えているものですか。
福井
正直あんまり覚えてなくて。でも、打球がセンターを超えていくのと、ベンチで監督がタオルで顔を拭っている姿を見て、ああいう涙が出ました。ただ、あれは悔し涙よりも、ちょっと解放された、もう背負わなくて良くなった瞬間の涙という実感が自分の中ではあって。泣いたというか、「もういいんだな」って。けっこう演じてたんで。
森田
キャプテンを?
福井
キャプテンを演じていました。解放された方が強かった涙でした。
森田
福井選手にとって3回出た甲子園をトータルで振り返ったときはどうですか。
福井
やっぱり目指すべき場所は間違っていなかったっていうのは感じましたし、大学、社会人と野球をやってきましたけど、これだけ人が入る場所って甲子園以上にはないと思うんで、やっぱり憧れの場所。これって(一言で)言い切れないですけど、本当にいい場所でした。ちょっとまとまらないです。
森田
福井選手が甲子園に来たのは?
福井
その2017年8月19日に負けて以来です。
1回も来てないです。引退が決まった、負けた次の日からは1回も見てないんですよ。悔しくて。
森田
佐竹さんは(甲子園を)見て、「俺たちが行くところじゃなかったんだな」って言っていましたけど、福井選手は悔しくて見ていない。
福井
僕は見ていないです、一切。見たくなかったです、あのときは。
佐竹
これが違いなんですよ、やっぱり。甲子園が憧れの場所だったところと、当然行って勝つべきところの差です。でもそういう人って多いです。負けたあとに悔しくて一切見ない人。