日本の棒高跳界をけん引し続け、21年間の競技生活を終えた山本聖途さんがゲスト。棒高跳の魅力や奥深さはもちろん、山あり谷ありだった競技人生を振り返ってくれました。
7月10日のトヨタイムズスポーツは、日本の棒高跳界をけん引し続け、21年間の競技生活を終えた山本聖途をゲストに迎えた。
栄光と挫折を繰り返し、順風満帆というわけではなかったが、「棒高跳はめちゃくちゃ大好き」と語る山本。あらためて競技の魅力や奥深さについて語ってもらった。
アジア競技大会で金、日本歴代2位の成績
第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)のメイン会場となる名古屋市瑞穂公園陸上競技場。6月に行われた日本選手権で、地元・愛知県出身の偉大なアスリートが、現役生活に幕を下ろした。
山本聖途は、8年前のジャカルタでのアジア競技大会の金メダリストでもある。オリンピックはロンドン・リオ・東京の3大会連続出場。世界陸上には5大会に出場し、2013年に日本人歴代最高位の6位に入賞した。自己ベストは日本歴代2位の5m75で、室内では日本最高の5m77。
現在はトヨタでスポーツ推進部に所属し、作業着姿でスタジオに登場した山本。実は現役当時から、大会の選手紹介では作業着がユニフォームだったそうだ。
ちなみに同じ職場には、中京大学の同級生で先に引退した元パラ陸上の佐藤圭太がおり、中京大学陸上競技部の副主将だった山本は当時主将の佐藤から、仕事のことをいろいろ教えてもらっているという。
番組では、前半で棒高跳がどんな競技かをあらためて解説し、後半では山本に競技人生を振り返ってもらった。
どうやって跳ぶの? 本人が棒高跳を生解説
陸上の種目は、多くの人ができそうに思えるが、そうはいかないのが棒高跳だ。以前の放送でも、モーグルのメダリストである堀島行真選手は簡単にクリアしたが、森田京之介キャスターは棒を持って助走する段階でリタイアしてしまった。
山本がどうやって5mを越える跳躍を見せるのかを、スローVTRを見ながら本人が解説した。
(1)まずは「命とも言えます」という助走。3kgのポールを持って速く走るだけでなく、正確さも重要だ。「18歩助走を取っていたとしたら、1歩で1cmずれたら踏切位置が18cmずれる計算になるので、ロボットのように繊細に走っています」と語る。
(2)踏切の際には、地面に埋め込まれた金属のボックスに、5mのポールの先端を突き刺す。「一番の難関とも言える技術」で、手をできるだけ高く上げながら正確に突き刺さなければならない。
(3)ポールがしなった瞬間、選手はポールを握ったまま膝を丸め込む。姿勢を小さくしたまま上を向き、ポールからの反発の力を待つ。
(4)ポールが真っすぐになると同時に身体を半分ひねり、片手でポールをグッと押し込んでバーを越える。「反転させないと高さが生まれないので。しかもポールと一体化しないと、ポールの反発のエネルギーを最大限に受けられない」と説明した。
身体が弧を描く頂点とバーの高さを一致させるため、選手は前後に80cm動かせるバーの位置を、事前に審判へ申告する。さらに、風向きなどの条件によって、硬さの異なるポールを使い分けているそうだ。
「助走からマットに着地するまで、約7秒の中にいろんなストーリーが僕らの中にあって。ポールを持ち上げるところから全てを計算して動いているので、あの7秒間にギュッといろんな技術が詰め込まれています」
山本本人による棒高跳の生解説は6:47から。
10年前に引退を引き留めた恩師の一言
棒高跳が大好きな山本も、21年の競技人生の間にはさまざまな浮き沈みがあった。番組では、その“棒高熱”をグラフ化することで、キャリアを振り返った。
中学校にサッカー部がなかったという理由で、陸上部に入った山本。中2の夏、先輩が高く跳んでいる姿に憧れて、棒高跳を始めた。最初はポールをうまく曲げたり突き刺したりすることができなかったが、その難しさにハマった。
成績をグングン伸ばし、大学生当時の2012年、日本選手権で日本記録保持者の澤野大地選手を破って優勝し、ロンドン2012オリンピックの代表に選ばれた。最初のオリンピックは記録なしに終わるが、翌年の世界陸上モスクワ大会で5m75を跳んで6位に入賞した。
2014年にトヨタに入社。好調が続いたが、2016年の2度目のオリンピックでは、再び3連続で跳躍に失敗した。ここで引退するつもりだった山本を救ったのは、日本陸連のコーチとして帯同していた小林史明さん。「聖途を見られるのは俺だけだ」と直接指導を申し入れてくれ、「この人のもとでやろう」と気持ちが変わったそうだ。
2018年にアジア大会で優勝。3度目の出場となった東京2020オリンピックは、予選敗退ながら記録を残し、「本当に越えたかったバーだったので、それを越えられた時はすごい幸せな気持ちでした」と振り返る。
パリ大会を目指して渡仏して修行していた2023年、アクシデントが起こる。練習中の落下事故で、ポールを握るのも怖くなってしまった。スランプの真っ只中の2024年、職場の応援の力に背中を押されて、日本選手権で5度目の優勝を果たした。
そして、今年の地元での日本選手権。「最後はしっかり踏み切って、万全な状態で臨んで。従業員の皆さんにも応援してもらって、最高の状態で試合を満足して終われました」と語る。
山本の競技人生の振り返りは16:30から。
「人間が空を飛べるという夢を実現出来る」競技
引退する山本にメッセージを寄せてくれたのは、恩師である小林さん。インタビュー(33:21 から)で、自身が監督を務める日本体育大学の陸上競技部や日本のレベルアップに貢献したことに感謝し、「この年齢までやっていて、本当に棒高跳が好きだったんだな」とねぎらった。
最後に山本は、棒高跳という競技について、「人間が空を飛べるという夢を実現出来る」競技だと締めくくった。「棒高跳にしか味わえない、この美しさと解放感と。バーを越えた時の、観客がワーッとなる瞬間が見えるわけですから、すごく気持ちいいですよ」とうれしそうに語った。
まずは一つ一つの仕事を確実にこなし、21年間の競技経験を活かしながら「これからの人生もいろいろ挑戦して、自分自身が成長できれば」と話していた山本。次にどんなバーを越えていくのか、セカンドキャリアにもエールを送りたい。
毎週金曜日11:50からYouTubeでお送りしているトヨタイムズスポーツ。次回(2026年7月17日)は、スーパーフォーミュラを特集する。
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