トヨタイムズスポーツ
2023.08.11

スポーツの現場で生まれる"人づくり" トヨタらしさ溢れるリーダーの言葉 

2023.08.11

トヨタの強化運動部、アスリートたちを指導する3人が集まり「人材育成」に関する座談会を開催!さまざまな組織運営に役立つ、トヨタ流の人材育成方法とは?

8月11日のトヨタイムズスポーツは、ビジネスのヒントにもなる人材育成特集。トヨタの運動部を代表して、女子バスケットボール部の大神雄子HC(ヘッドコーチ)、スケート部の寺尾悟監督、硬式野球部の藤原航平監督による座談会を開き、組織づくりにおいて大切にしていることや、選手への声掛けや距離感などをテーマに話し合った。ここでは、放送でお伝えしきれなかった内容も含めてお届け。トップアスリートを束ねる指導者の考えを、ぜひ自分たちの組織運営にも活かしていただきたい。

3人の監督らの自己評価を見える化

猛暑の続く8月初め、トヨタスポーツセンターの一室にやって来たのは、国際バスケットボール連盟の殿堂入りを果たしたアンテロープスの大神HC。続いて冬季オリンピック4大会出場の寺尾監督。レッドクルーザーズを日本選手権に続き、都市対抗野球の秋夏連覇に導いたばかりのの藤原監督が入室し、トヨタの運動部トップ3人が一堂に会した。

(写真左から)女子バスケットボール部アンテロープスの大神雄子HC(ヘッドコーチ)、硬式野球部レッドクルーザーズの藤原航平監督、スケート部の寺尾悟監督

最初に3人は、指導者としての自己分析をレーダーチャートに記入。「統率力」「熱さ」「選手との距離」「トヨタらしさ」に加え、各々が自由に書き込める項目を加えて5点満点で評価してもらった。


スケート部 寺尾悟監督(以下、寺尾)
では、僕からいきましょうか? こんな感じです。

女子バスケットボール部 大神雄子HC(以下、大神)
ワインが気になりますが、熱さのところもイメージとちょっと違いました。

寺尾
ワインに関しては、間接的なものと直接的なものがあって。僕は現役時代ほとんど飲まなかったんです。その後、引退してすぐに国際連盟の仕事をいただいたんですが、会議が終わって夜になると必ずワインの話になるんです。そこから会話が広がっていく。それを知って飲むようになってから、各国指導者とのコミュニケーションがうまく取れるようになって、選手にオランダ修行をさせることもできました。

直接的な話では、ワインは温度管理が大事ですし、スポーツも環境整備が非常に大事です。また、いつ飲むかのタイミングがあります。選手も調子が良いときと悪いときがあって、選手がストレスを溜めてはけ口に困っている場合は、ワイン(の栓)を開けて吐き出してあげなきゃいけない。そのタイミングをすごく大事にしています。そういった意味で、ワインの中に指導のノウハウが瓶詰めされているんです。

硬式野球部 藤原航平監督(以下、藤原)
(調子の悪い選手は)空気に触れさせるのが大事みたいなこともあるんですね。

大神
選手時代の経験もあって、そういうことが大事だと思われたわけですか?

寺尾
僕は感覚派だったんです。当時のコーチから「そこギュッと行くんだ」と言われても何となくわかるし、そういう感じできてしまった。だから、直接の指導はちゃんと言葉で理解してもらえるよう、基本的にコーチにやってもらったほうがいい。僕は、ここぞというときに一言伝えるタイプなんです。

大神
もちろん言葉は大事で、声掛けの言葉はすごく選ぶんですけど。感覚で出る言葉の方が、選手も実際にタイミングとかは直感で動くわけなので・・・・。私は長嶋茂雄さんタイプのコーチングは、究極だなと思っています。

藤原
では、大神さんそのままどうぞ。

大神
私はこんな感じです。「熱さ」は、コーチングフィロソフィーの中でも一番大事にしているもので、本当は五角形を飛び出ているんじゃないかと思うんです。「準備力」は、モノづくり・人づくりのトヨタに通じていて、「人づくり」をすごく大事にしています。違うスポーツの映像を見たり、そこから感じるものを選手と一緒にアウトプットする時間を作っています。

藤原
(「選手との距離」が低いのが)意外ですね。

大神
気持ちは選手に寄り添うつもりですが、メリハリですね。オンとオフははっきりしています。プライベートで一緒に食事をするのも良いと思うんですけど、コーチの役割におけるメリハリとして、そこは私自身が一つ線を引いているのかなと思います。

藤原
僕は「トヨタらしさ」をすごく大事にしていて、佐藤社長の「クルマの未来を変えていこう」や「継承と進化」という言葉は、野球部に当てはまるという話を選手にもします。豊田会長の「ボスじゃなくてリーダーになれ」もすごく響くし、野球はトヨタらしく、というのを考えてやっています。人材育成ということでは、選手への「愛情」は必要。コーチ陣もその辺をすごく大事にしていると思います。

大神
すごく藤原さんの「愛情」を感じますね。都市対抗野球のとき、「Yu-Voice」をやっている(高橋優)選手をニコニコしながら見ている。だから選手がのびのびできるなって感じました。

寺尾
お立ち台でも「選手がよくやった」って叫んでいましたからね。

「トヨタらしさ」を選手にどう継承していく?

全員が満点の5点で一致した「トヨタらしさ」。それをどう選手たちに伝えているかを深掘りした。


藤原
「クルマの未来を変えていこう」を野球部に置き換えると、「野球の未来を変える」。それって何だろうねと、話をするようにしています。やっぱり野球界のリーディングカンパニーじゃないとダメだよね、と目標を設定したり。フィロソフィーも、野球部フィロソフィーに置き換えて作ったりしています。

寺尾
今どのクラブも良い環境になってきたので、これがトヨタの強さの秘訣の一つ。同じ強化運動部の活躍が、気になるけれども刺激にもなっている。こういう形のオウンドメディアで自分たちから発信できるのは感慨深いところもあって、これを継承していってほしいという思いが非常に強いです。
スケート部は個人競技でありながら、自分だけじゃないところもカバーしていくのはトヨタらしさ。チームの必要性は何なのか、みんなでやる意義は何なのか、ということを選手に伝えるようにしています。

大神
私にとっては、やっぱり「カイゼン」という言葉。アンテロープスとしてどうやってカイゼンしていくのか。去年よりも今年、選手だけじゃなくてコーチもスタッフも全員でカイゼンを繰り返していく、その先が最終的な成長だということは、トヨタらしさの一つかなと思っています。それを練習のときに選手に言うだけではなく、私たちが自ら先に行動することを大切にしています。
挨拶ひとつにしても先輩か後輩かではなくて、気付いた人がやればいいと思っています。いろんな国に行っても、あいさつとお礼の言葉は一番最初に覚えるので。だからこそチームでは大事にしています。

社会人としてスポーツを戦う意義

続いて、トヨタの運動部が持つ、社会人スポーツという側面について。


寺尾
スケートは社会人チームもあれば、大学生や高校生、下手をすると中学生も同じ大会に出てくるので、そこには勝たなきゃいけないところがあります。逆に言うと、地域貢献も含めた勝ち負け以外のところで、できることの幅が広いのが、社会人チームの強みだと思います。会社が業績を挙げてくれているので、僕らが戦えるというところもありますけど、お客さんに来てもらうという意識は、学生のチームとは違います。そういった社会人が、アマチュアスポーツの世界を盛り上げていると感じています。

大神
あるアメリカのコーチが「(ユニフォームの)胸にあるのは、個人の名前ではなくて、チームの名前なんだ」と。私たちも「胸にあるハートの部分を大事にしようね」という話をしていたので。「TOYOTA」という名前をプライドとして戦えるというのも、社会人スポーツの良さなのかなと思います。

寺尾
プレッシャーもありますけど、看板を背負うのはある意味、スポーツ選手のやりがいの一つなのかなと。

藤原
「誰かのために」というのが一番分かりやすいと思うんです。選手にも職場があったり、職場に応援してくれる方がいて。球場にお越しいただいている人も目に見えますし、選手がそれを認識して、誰かのためにやる野球だと思っています。都市対抗も豊田市代表で出ているので、街に根づいていないといけないよねとか、子どもたちに憧れられる存在になろうとか、「誰かのためにが見える野球」の話を選手にはします。

寺尾
今週末も職場の方を呼んでスケート教室をやるんですけど、体験して知ってもらえると、応援する視点も変わると思います。また、自分ごとになってくれるとうれしい。それが自分たちに還元されると思っていますので、地域貢献活動はこれからもやっていきたいですね。

「統率力」「熱さ」「選手との距離」のバランス

進行役の森田京之介キャスターからは、大神HCと藤原監督が「統率力」の自己評価が低いことについて、その理由に関する質問が挙がった。関連して「熱さ」や「選手との距離」を指導者自身がどのようにコントロールするのか、話題は広がった。


大神
私は、選手のときは、「来いよ」「行くぞ」と引っ張っていくタイプだったと思います。今は、全員で成長していく、みんな一緒に考えてカイゼンしていく、みんなでいろいろなものを打破していこうという考え方で、統率力を「1」にしました。

藤原
僕らの(現役の)頃は、引っ張っていくのが監督像でしたけど。今はどういうチームにしたいが大事で、選手自身がいろんなこと考えて、意見を足しながら作り上げていくという方向が一番いいと思ってやっているので。「俺について来い」「サイン通り動け」という時代じゃない。

大神
なので今のチームでは、キャプテンを3人置いています。選手の思いを代弁するのがキャプテンの一つの役割で、全員で一緒に行こうというのが一番の狙いです。さらに、キャプテンに2人を加えた5人の「リーダーズ」がコーチの部屋に来る機会を作ることで、選手の声を吸い上げています。コーチ側からは、これからこういう練習をしていくという明確な目的を出して。リーダーズを中心に、練習の質を高めていくということをやっています。

藤原
野球も一緒で、キャプテン、副キャプテン、投手リーダーがいて、小集団チームみたいなものもあって。走塁リーダーや打撃リーダーも置いて、それぞれがコーチと話し合っています。

寺尾
スケート部は6人しかいませんが、うまく回してくれる選手が多い感じがします。昔みたいに「あれやって」と言わなくても、今の子たちは自分たちで解決しようとするし。こういうときの「統率力」というのは、春先にチームとして、今年はこういう方向に行こうということを確認させてもらって。
「選手との距離」は逆に、自立して考えてほしいけれども、後押しはちゃんとするよというバランスを見ています。今年は選手がいろいろ考えてくれて、地域貢献活動や職場での仕事の仕方も、やればできるんだなとあらためて感じました。
「熱さ」と「選手との距離」のバランスも、距離が近ければ熱いというような印象を持たれがちですが、内なる闘志みたいなのもあります。指導者のタイプによって、熱さをダーンと出すタイプと、控えめにするタイプがいるのかなと感じますね。

大神
私は「熱さ」が顔から出ている感じですね。試合中も基本は立って、ポジティブな声掛けを心がけているので。大事にしているのは、言葉の選び方。バスケットボールは、シュートやファールの数と同じように、ターンオーバーの数もスタッツに出る。ミスの起こるスポーツなんですよ。
そこで、コーチが「ミスをするな」と言うのと、「ミスを減らしていこう」という声掛けでは、選手が感じる言葉は違う。だから言葉の選び方には気を付けています。ただ、感覚的に言葉は出るので、語彙力をしっかり身に付けることが、今の自分の課題です。

藤原
野球の監督は(試合中は)先読みしかしていないと思っています。勝っていても、ピッチャーの替えどきの見極めをして、裏で準備をさせないといけないので。その準備も、あまり早すぎると疲れちゃったりする。攻撃でも、先を考えないといけないので、点が入ってもあまり一喜一憂しちゃいけない。

大神
バスケットも、いかに最悪なケースをちゃんと先に考えて、そのときのゲームプランをパッと切り替えられるかを考えなければいけないので。試合が終わった後は体力が削られますよね。

選手の自立を促すための声掛けの方法

「声掛け」はチームを動かすための重要な手法だが、選手自身が成長していくためには、ある程度は任せて見守るスタンスも大事。自立を促すような声掛けはどのようなものか、それぞれの持論を語った。


藤原
大事なのは、選手それぞれの願望。どうなりたいとか、どう貢献したいとか、願望しか行動には移せないと思うので。選手の特技や弱みを把握して、どういう活躍のイメージを持つかというのを大事にしていますね。戦い方のところはまたちょっと別で、それを結集させる。打線のつながりや、ランナーが出たらどう打っていくかというのも、どんどん(選手が)動いていくようになったんですよね。

寺尾
チームスポーツは難しいですよね。打率や防御率は数字に表れるけど、それで勝てるわけでもない。どこで誰がどういう役割をするのか、難しい采配が求められるけども、ハマったときの反動も大きいと思うので。勉強になりますね。

藤原
選手が約30人いるので。全部に僕がアプローチするんじゃなくて、担当のコーチがすごくやってくれているのが強み。僕はコーチとコミュニケーションを取って、選手が今どんな感じでやっているかを共有しています。

大神
全部私たちが見るよりは、コーチにも責任を持ってやってもらうことで、そのコーチの良さも出る。しっかりコミュニケーションを取りながらやると、チーム力はグッと上がるのかなって。
選手へのアプローチの仕方も、戦術をこうしていこうね、というインプットも多いですが、アプトプットする時間を大事にしています。練習前のミーティングでは、バスケットの話題に限らずに30秒スピーチをしてもらっています。選手の特徴も知ることができるし、全員にとってWin–Winなのかなと。

寺尾
僕が言ったことと、コーチが言ったことが全く違ってはいけないというのは気を付けています。一方で、立場的にセカンドオピニオン的なことも意識していて。選手が質問に来たり、困った顔をしているときって、大体こっちの方向で後押ししてほしいというのがあるんですけど。それでは成長につながらないので、2つ伝えるんですよね。こう言ってほしいだろうなというところと、こういった考え方もあるんじゃないかって。選択肢を与えることによって、そのままステイしたい人もいれば、トライしてみたいという人もいる。こだわりすぎて一本道を行き過ぎると、後戻りできないこともあるかなって思いますね。

大神
選択肢をあげるって良いですよね。

寺尾
1択よりは2択あった方が、進むべき道が出てきます。道具とかも、これだと思いつつ他も気になってずっとやってるのと、1回試してみてやっぱりこれしかないよねと戻るのでは、ちょっと違うので。その辺りも気を付けて話すようにしています。

指導する立場の不安とどう向き合うか

コーチングに正解はないからこそ、指導者も判断に迷うときがある。


大神
もちろん不安はありますので、コーチとのミーティングでは、チームの方向性と、それに対して今必要な言葉を必ず確認しあいます。選手に伝わるか伝わらないかは別として、コーチ陣では同じ共通認識でいることが必要だと思っています。

寺尾
まず一番近い立場のコーチとすり合わせておかないと、方向性が違ってくる。僕らが自身なさげに指導するわけにもいかないので、腹を括って取り組まないと。中途半端に取り組むことが失敗につながるので。やりきったうえで判断するというのは後戻りじゃなくて、前進の過程かなと思います。

藤原
僕らは「気付かせ屋」ですもんね。バッティングも、100人いたら100人で感覚が全然違う。選手が自分でモノにしていくものなので、コーチから「これやっとけば」というものじゃないと思うんです。でも、選手がやっていることをちゃんと把握して、どうなのかを見てあげるとか、一緒に作り上げる感じ。その辺は理解したうえで、コーチとのコミュニケーションを取っておくことがすごく大事かなと思います。

大神
チームとしてどこを目指していくのかという、目標はブレちゃいけないのかなと。私も常に葛藤するんですけど、その中で一緒に何かをしたり、全力でサポートしてきっかけを作ったり。「気付かせ屋」っていうのは、本当にそう思いました。

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