仕入先との労務費分も含めた価格設定は進んでいるのか。自動車産業の未来をより良いものにしていくため、課題が話し合われた。
値上げ申請の怖さ、関係性の変化
労務費分も含めた価格交渉が浸透しない要因は、ほかにも。
平野 副事務局長や西尾 副会長が、それぞれの調査で感じ取ったのは、値上げ申請をすることで、“仕事を失うことになるのではないか”という怖さが仕入先にあるということ。伊藤グループ調達本部 理事も、労務費分も含めた価格交渉の話を伝えると「本当に(値上げの話を)出していいんですか?」という反応が返ってきたと言う。
トヨタの熊倉和生 調達本部長は、このような転注 * の不安に対して「そんなことは絶対しません」と強調した。
*取引をやめて、他社に切り替えること
トヨタ 熊倉 調達本部長
「そういうこと(値上げ)を言ってしまうと、仕事を失うんじゃないか」という意識が、ティアの深いところに行けば行くほどあるんじゃないかと思っています。
また「エビデンスをください」とか、聞けば聞くほど(仕入先は)「そんなことを聞いてくるんだったら、言うのをやめておこう」と、そういう気持ちにもなりがちだと思うんです。
しかもティアの深いところは、材料費がどうだとか、労務費がどうだとか、おそらく言ったことがないから、(申請書類の)書き方も難しいんじゃないかと思います。
気持ちの面と実務の面で、課題があるんじゃないかと思うんです。そこをみんなでほぐしていかないと、(適正価格での取引を)やろうとしても上手くいかない。
「値上げ申請をしたから仕事を失うかもしれない」という気持ちは捨てていただいて、そんなことは絶対にしません。
こちらから「どうですか?」という聞き方もしながら、少しでも「言っても大丈夫なんだ」、「こう言えばいいんだ」という流れをつくっていければと思います。
熊倉本部長の言葉は、仕入れを行うバイヤーにも響く。トヨタ労組から参加した調達部署などを担当する組合の支部長は、自身のバイヤー経験も踏まえ、仕入先との交渉が上手くいかない要因に「バイヤーの心理的安全性」を挙げた。
トヨタ労組 支部長
日頃何とかして1円2円を下げようと頑張っている中で、価格を上げる話を持っていっていいのかと、どの会社のバイヤーであっても悩むところがあると思います。
そういった話を上位に相談した際に、突っぱねるような風土がもしあると、(バイヤーも)仕入先にエビデンスを強く要求したり、断るような対応になってしまうんじゃないかなと思っています。
仕入先からいかに本音を引き出すかというところが一番のポイントですが、そのためにはバイヤーが対応を変えていけるように、心理的な安全性を感じられる必要があるんじゃないかなと思います。
先ほど熊倉さんから「そんなことで転注なんてないよ」とありましたが、その一言があると、バイヤーとしては「仕入先の声を聞いても大丈夫だ」と思うことができます。今回のエネルギー費や労務費(の価格への反映の話)も、例えば「トヨタではこういう考え方をする」という基準があるだけで、仕入先からいろいろ話を聞きやすくなります。
バイヤーと仕入先の関係性について、30年以上調達の現場を見てきた熊倉本部長、細江調達本部CPOは、時代の変化を感じ取り、このように語った。
「最近嬉しかったのは、仕入先からの『どうやって値上げの話を持ち出したらいいか分からない』という相談に、バイヤーのみんなが乗っていました。『こう言ったら多分、上もいいよと言ってくれる』と。ここ3、4年前と今は全く(状況が)違うと思う」(熊倉本部長)
「仕入先の言ってきていることをどう営業につないで、我々のお客さんであるOEMにどう理解いただくかと作戦を立てるのがバイヤーとしての仕事じゃないかと舵を切っています。時代が変わってきたので、バイヤーとしてのタスクというんでしょうか、求められることも変わってきていると思います」(細江調達本部CPO)
こうした変化に関連して、全トの藤田明美 副事務局長は、労使での課題解決に向けて、労働組合が人事以外とも直接的にコミュニケーションを図るため、新たなチャネルを提案。
全トではこれまで、労使の課題解決の対話は個社の労組と人事・労務部門の間でされていた。適正取引に関する課題解決に向けては、労働組合が人事だけではなく調達や営業とも直接対話することが、ティア1をはじめ個社の中で必要という。藤田副事務局長は、ここで一つでも多くの具体的な解決に結びつくような会話が生まれることに期待を寄せる。
そこには商習慣として解消されないまま残っている問題に対する想いがあった。