誰のためにTPSに取り組むのか。どのようにCO2排出を減らすのか。トヨタの向かうべき方向が見えてくる。
3月10日。トヨタ自動車本社で第3回労使協議会が開かれた。今回話し合われたのは、「TPS(トヨタ生産方式)」と「カーボンニュートラル」という2つのテーマ。
前回の話し合いで、組合から「自分が成長できるのは、誰かの役に立っていると実感できるとき」という声が出た。
今回も、自動車産業で働く550万人の仲間の仕事を楽にするために、生産現場以外でも、そしてトヨタ社外でも、いかにTPS改善を広げていけるかという観点で、議論がスタートした。
【TPS】大事な仲間に、ムダな仕事はさせたくない
さっそく組合から、TPSをどう業務に役立てているかリアルな事例が報告される。
「協業先の現場にも足を運び、仕様書の見直しなどでリードタイムが半減」「コロナ禍で医療用ガウンの製造に着手した会社を支援し製造リードタイムを当初より84%減」「工場に部品を納入いただく運輸業者の作業改善に一緒に取り組み、運搬効率や安全性を向上」といった声である。
これら、目に見える効果を体験した社員たちは「後工程に迷惑をかけていたと痛感した」「小さな改善でも誰かに役立つことができ、働きがいにつながる」など、TPSを実践することで意識が変化したという。
これを受け、会社側の技術担当・前田執行役員が今後の大きな方針を語った。組織間の壁を越えたTPSで、前後工程と連動した効率化を定着させていくという。
前田執行役員
事技系のTPS自主研(TPSに基づいた改善活動に取り組む自主研究会)開始にあたり、社長の講義の中にあった「TPSの原点は誰かの仕事を楽にすること」という言葉がメンバーには一番響いていました。
モデル職場を決める際、当初は「自分の職場は忙しいので別の機会に」という意見もありましたが、「誰かの仕事を楽にする」という受け止めがあったので、非常に理解が得られやすかったと思います。
活動当初は、自職場のみでの活用を考えるメンバーが多かったと思います。しかし、それだけでは、抜本的な解決にならず、自職場の外にも活動範囲を広げなければ解決しないことが分かってきました。
「誰かの仕事を楽にする」という視点も非常に生きたと思います。
細分化された組織の中では、「他部署に迷惑をかけてはいけない」「自分達で問題解決しなければならない」という感覚でやってきたことが多かったと思います。
TPSを活用することで、問題の本質を自部署だけでなく、前後工程スルーで捉えるやり方を肌で感じつつあると思います。
工程間で発生している、正味率につながらないやりとり(ムダ)が、どこにあるのかも明確になり、本来やるべき仕事に対応する時間の捻出や、しかかりのタイミングの適正化にもつながっていきました。
「もっといいクルマづくり」は、本来「お客様にとって」という考え方がど真ん中にあるべきですが、自職場のみでのオペレーション効率を特化してきて、いつのまにかその感覚が薄れてきたのかもしれません。
お客様に一番喜んでいただけるクルマづくりを、基本に戻って徹底する下地ができつつあると感じています。
そして50年以上“ものづくり一筋”の河合議長は、若手社員が取り組んだTPS事例をもとに、気軽なことから始める重要性を語った。
河合議長
事技系の若手に話を聞くと、「TPSは難しい」という感覚を持っています。「何をやったらよいかわからない」が第一声になっています。
先週、トヨタ自動車東日本を社長と訪問したときに、新入社員がTPSの教育を受けていました。社長と彼らのやりとりの中で、一人が「TPSは原価低減」と言いました。
社長はそれに対し、「TPSは仕事を楽にしてあげることだよ」と言いました。
コロナの影響で工場が非稼働のとき、各工場の事務所の人や練習ができないスポーツ選手は、体育館でマスクをつくりました。
流れ作業にして時間をはかり、手待ちをなくし、効率を上げたことで、毎日マスクの枚数が増えていきました。
「TPSってこういうことか」「楽しい」という声もあり、意見もさらに出てきました。このようにしてTPSは身に付くのだと思います。
自分のエリアの仕事や後工程の人が楽になるように工夫することからでいいので、始めていただければと思います。
そしてTPSを推進する尾上本部長からはTPSの原点が語られた。何のために、そして誰のために取り組むのか。労使全員で改めて認識すべき内容である。
尾上本部長
「TPSは誰かの仕事を楽にすること」という話がありました。
ずっとTPSに取り組んできましたが、TPSの本には、そのようなことは書いてありません。豊田佐吉がつくった「自働化」と豊田喜一郎の「ジャスト・イン・タイム」の2本柱がTPS(と書いてあります)。
ただ、佐吉少年の「はたを織るお母さんを楽にしてあげたい」という気持ちが「自働化」の原点です。これが「自分以外の誰かの仕事を楽にしてあげたい」という考え方につながっています。
現在24本部・カンパニーすべてで事技系の自主研を行っています。役員も入っています。
実現するために必ずやっているのは、「モノ情」(モノと情報の流れ図)で仕事を明確化することです。
前後工程で何をやっているかがわかるようになる。後工程で迷惑をかけていることもわかります。それによって、自分たちの仕事を増やしていることもわかります。
改善していった結果、仕事が楽になり、リードタイムが縮まったという変化がいろいろなところで起きています。
さらに、管理者の人たちから、「自分たちの仲間にムダな仕事をさせたくない」「意味のある仕事をさせたい」という声が出てくるようになりました。それが、(トヨタが大事にする)「人間性の尊重」につながります。
【TPS】で結果が出たらゴールと思うな。そこがスタートだ
TPSの取り組みが、各部署で広く定着していると話が進む。ここで、社長の豊田が全員に向けて語りかけた。それは、取り組みの効果を確かなものにするために、忘れてはならない“TPSの真髄“である。
豊田社長
「誰かのために」「誰かの仕事を楽にしよう」という考えが定着してきたという感覚を皆さんは持っているかもしれません。
しかし、事技系のTPSの改善活動は始まったばかりで、「定着」よりも「やり続ける覚悟」が大事。
「TPSの本に『仕事を楽にしよう』とは書いていない」とありましたが、「改善後は改善前」とは書いてあります。
英語では「continuous improvement」。日本語の「改善」がトヨタ用語として、英語でも通るようになりましたが、「continuous」は「続ける」という意味。「improvement」とセットで、「改善をし続ける」という意味です。
トヨタ生産方式の2本柱は「ジャスト・イン・タイム」とニンベンのついた「自働化」。「自働化」は、まさに「人のために」。「人間尊重」ということ。
Woven Cityでさえ「ヒト中心」と言っている。あれもまさしく、自働化をフィロソフィーとして持っているトヨタが未来の都市をつくるから。
未来の都市づくりだから言っているのではなく、我々が長い間、ハード面のモノづくりでずっとやってきたからです。
もう一つの柱は「ジャスト・イン・タイム」。ジャスト・イン・タイムを詰めていくということを言い換えれば、リードタイムを究極に短くしていくとゼロになるということ。その仕事自体が必要なくなれば、一番のジャスト・イン・タイム。
ただ、ゼロにはならない可能性があります。だけど、手待ちとか手戻りは省こうよと。ゼロになれば、その仕事はやめて、他の仕事をすればいい。そこまで続けるということ。
定着するとか、自職場で改善活動が進んだではなく、事技職の人たちはモノの見方や考え方をTPSで捉えることが必要です。
今回もTPS本部から改善アドバイザーが来て、モノの見方や考え方を教えてくれています。
ある程度ムダが省けて、結果が出るでしょう。でも、そこがスタート。終わりには絶対しないでください。そこから続いていくという覚悟をお持ちいただきたい。
何年かたったときに、モノの見方や考え方が変わっている。それで日々の仕事も変わってくる。仕事のやり方が変われば、必ず結果も変わってきます。
そういうつもりで、ずっと続ける覚悟はぜひお願いしたいと思います。
その後、高岡・堤工場の森田工場長が、TPSを学ぶことで550万人へどう貢献できるかについて、事例をもとに紹介した。
森田工場長
(冒頭に)組合から紹介いただいた、(医療用ガウン製造の)改善事例の補足説明をさせてください。
この生産支援に行った人は59歳で、昨年TPSを推進する部署に移りました。それまで、全くTPSの仕事に関わってこなかったものの、製造現場に長年いたので、日々、TPSを実践することは身に付いていました。
ただ、59歳でその推進部署に来たときに、これからさらに「誰かのために」「会社のために」何かしようと、まず、TPSのトレーナーの資格をとると決め、必死に努力して資格をとりました。
その足で生産支援に行って、活躍をしました。前回の議論であった、「一人ひとりがどう能力を生かしていくか」のいい事例だと思います。
若手だけでなく、トヨタで働くすべての人がいつまでも能力を高めていけるように、我々も成長を支え、後押ししていきたいと思います。
またその人は、仕入先で一緒に仕事をすることは、「仲間になってもらう」ではなく、「仲間にしてもらう」という気持ちが大事だと言っていました。
すぐに受け入れてもらえるわけでなく、まずは毎日、しっかりあいさつすることに取り組みました。約3週間たったときに、初めて名前で呼んでもらえたそうです。
TPSを進めることも大事ですが、人間力を高めることも大事だと学んでもらえたいい事例だと思います。
こういう取り組みを私たちが一緒になってやり、一人ひとりが働き方を変えることで、その先にいる550万人へとつながっていくと思います。
その後、組合からある抱負が語られた。それは、自分たちの仕事を楽にするTPSを、「誰かのために」という視点でさらに広げていきたいとの内容である。
そして、事技系の職場でTPSの疑問点があれば、各職場の技能系社員を頼り、部署の壁を越えてTPS推進のため協力し合ってほしいと呼びかけられた。