2026年の秋ごろに発売されるという低価格でも楽しいカートを目指して開発されたGR KART。既存のカートと対立ではなく共存を目指すこのカートの目的を取材した。
モータースポーツを将来に渡り持続可能とするために、子どもたちにも気軽に触れてもらうことを目指して開発を続けてきた「GR KART(カート)」。
2026年6月5日から7日にかけて富士モータースポーツフォレストで行われたスーパー耐久シリーズ(S耐)第3戦富士24時間レースでは、このカートに関する2つの発表があった。専用の工房「蒲郡GRカート工房」が愛知県蒲郡市に設立されたことと、ここでつくられたカートが、今年の秋ごろに発売されることだ。
どんな家庭でも子どもたちにカートを楽しんでもらいたい
集まったメディアを前にGAZOO Racing(GR)カンパニーの高橋智也プレジデントは他のスポーツと同様に子どもたちにカートを気軽に始めて欲しいと話す。
高橋プレジデント
今のレーシングカートは初期投資・維持費含めて、ものすごく高いです。だからどちらかというと裕福な家庭の子しかやれない。そこを野球やサッカーと同じにしたい。
カートもそういうふうにしたいという想いで、「安いカートをつくろうよ」と考えました。
もう1つ大事なのは、僕らはレーシングカートに参入したいんじゃなくて、あくまでも「対立じゃなくて、共存」というのがモリゾウの想いでして、レーシングカートよりもスペックは低いです。
そういうカートをつくることで、エントリーのカートから、その上に進む子も増やして行きたいというのを皆さんと共同でやっていきたいです。子どもたちに「やってみたい」と思って欲しいです。
このGRカートの開発を統括するGR車両開発部の伊東直昭主査は、水素カローラの開発も統括している。
このGRカートは、実はカーボンニュートラル(CN)燃料にも対応が可能で、将来的には水素エンジンも検討しており、昨年のS耐24時間でその取り組みが公開されている。
CNにこだわる伊東主査だが、今回、価格を下げるためにカートの考え方を変えたという。
伊東主査
今回とにかく価格を下げるということが一番大事だと思っていますので考え方を変えました。
従来のカートは、競技に勝つということと、乗って楽しいという両方が目的にあると思いますが、僕らは乗って楽しいということに特化しました。
まず、設計思想がコンマ1秒を削り取るという設計ではなくて、乗って子どもたちが楽しいと思ってくれる。それをきっかけに、「乗り物って楽しいんだな」、「クルマって楽しいんだな」って思ってもらうきっかけになっていくような設計をしています。
従来のカートは(最高速で)簡単に100km/hを超えるようなスピードが出るのですが、(GRカートは)ストレートスピードは、ここ(富士スピードウェイのカートコース)ですと60km/hをちょっと越える程度。圧倒的に100km/h出るレーシングカートとスピードが違いますが、それでも絶対に楽しいと思ってもらえると思います。
なぜかというと、ドライバーが操作したことに対して正しく、それから俊敏に動いてくれる、そういう特性があると楽しいと思えると思うんですよ。ステアリングもブレーキも、その辺をすごくこだわってつくっています。
楽しんでもらうためにこだわった安全性
速さではなく楽しさに特化したカート。楽しいだけではなく、安全面についてもしっかりとつくり込んでいるという。伊東主査は安全面についてもこのように続ける。
伊東主査
見た目で一番特徴的なところは、リアタイヤ全体をバンパーで覆っています。レーシングカートのいろいろなクラッシュとか、事故、ハプニングの要因として、タイヤ同士の接触というケースが多いです。
特にフロントタイヤとリアタイヤが接触してしまうと、(カートが)ポーンとはじかれてひっくり返ることもあるのですが、僕らのカートはしっかり接触しないようバンパーで守るという設計をしています。
これは一例ではあるんですが、カートの不便な点や、もっとこうした方が良いという点に対して手を打っています。
これ以外にも通常のカートでは剥き出しとなっていて、やけどの危険性があるエンジンにも触れにくくするなど、さまざまな安全面の配慮が行われている。
そして、普及させるために重要な低価格化には、自動車の生産で培った技術が活きているという。
伊東主査
安くしていくために自動車の生産技術をフルに使っています。その一つがフレームの製造工程にロボットを入れたことです。
ロボットの溶接自体が自動車の生産工場で、これまでずっと培ってきた技術ですし、さらに進化させて、GR車両のロールケージ製作にも採用している新しい溶接技術を採用しています。
フレームの素材も欧州のカートメーカーが採用する高級クロモリ(鉄にクロムとモリブデンを混ぜた合金)を使用せず、一般に流通している安価な材料で最適な特性を実現した。
レーシングドライバーから見たGRカート
会場には、子どものときからレーシングカートをやってきたレーシングドライバーの松井孝允選手と翁長実希選手の姿もあった。
松井選手はレーシングカートのハードルについてこのように話した。
松井選手
中学生ぐらいでレーシングカートをスタートして、その当時でも結構高いなという印象だったんですけど、今でもハード(物理)トレーニングでカートをやっていますが結構高いです。
エンジンとかもつけたら100万円を超えちゃうんで、そういったところで、このGRカートがあればと思います。
乗った感想は、蒲生尚弥選手と一緒にやらせていただいたんですけど、(蒲生選手も)モリゾウさんと同じでガソリンなくなるまで帰ってこない。このカートで、すごく楽しいのはバトルが生まれやすいことだと思います。
レーシングカートだと、ちょっと速くて抜ききれないみたいなところがあるんですけど、このカートだと結構コースのあちこちでバトルがしやすい。
バトルをすることによって、やっぱりスキルも上がるなっていうのがトレーニングの内容としてもいいなと思っています。
速いから簡単に逃げられるみたいな感じではなくて、逃げられないしバトルもしやすいっていうのが、このカートの魅力だと思います。
実家が沖縄でカート場を営んでおり、小さい頃からカートに馴染みがあるという翁長選手もGRカートの魅力についてこのように続けた。
翁長選手
初めて自転車に乗ったときの記憶はあるんですけど、(カートは)初めて乗ったときの記憶がないぐらいすごく身近な存在でした。
私はカートを与えてもらえたすごくいい環境だったんですけど、一緒にやっていた沖縄の子とかは、部品が高くて続けられないとか、部品が無くて今度のレースに挑戦できないとか、なんかそういったのを本当に間近で見ていて、ライバルとして頑張っていたのに一緒に走れなかったという悲しさもありました。
なので価格が低いっていうのは、もう本当に一番のメリットでもありますし、またワンメイクというところは、さっきも(松井選手が)おっしゃったように、バトルもできるので、なぜ遅いのかっていうのを自分なりに分析して、どんどん自分の運転を磨けるっていうところでは、すごく魅力が詰まっているカートだと思います。
そして、翁長選手も実際に乗ってみたこのカートの感触をこのように話した。
翁長選手
とてもクイックで、ものすごくコントロールが難しいんですよ。でもめちゃめちゃ楽しいです。
パワーもツースト(ツーストロークエンジン:一般的なレーシングカートで使用されるエンジン)みたいにハイパワーではないので、だからこそ、どうスピードを落とさずにコーナーを走るかとか、いかに速くアクセル踏むかという手前、手前の問題を解決していこうという思考にどんどんなっていくので、頭も体もとても使います。
二人のコメントを受けて伊東主査はこのように続ける。
伊東主査
ポジション調整も幅広くできるようになっていますので、プロのドライバーの方も、お父さん、お母さんから、子どもまで乗れるというところが、この商品の特徴です。
ワンタッチでペダルスライドだけではなくて、ステアリングチルトというステアリングが上下しますのでしっかりポジションを合わせることができます。親子でのレースもやりたいなと思いまして、今GRでいろいろと検討しています。
これには高橋プレジデントも「やります!」と宣言した。そしてこう続けた。
高橋プレジデント
今、世界を見るとすごく若い頃から乗っていてトップドライバーになっていくので、日本でもそういう環境をつくりたいと思います。
この場には、スーパー耐久未来機構(STMO)の桑山晴美副理事長の姿もあった。S耐では、モータースポーツの裾野を広げる活動として、S耐チャレンジというエントリークラスも新設されている。
このカートの発表を現場で見ていた桑山副理事長はカートをS耐でも活用できないかと興味を示した。
桑山副理事長
S耐は参加型で裾野を拡大していくというのが使命の一つであります。その中で昨年ピラミッドを作らせていただいて、1番上はS耐を置かせていただいて、その次がS耐チャレンジということで今年から本格的にスタートしたレースで、1番下のところにファーストS耐というものをつくってあります。
実は、まだそこが手をつけられていなかったので、そのファーストS耐のあり方を考えている中で、(今回)カートを拝見して、ぜひお願いしたいなと思いました。
GRカートが買える場所
ではこのGRカート、実際にはどこで購入ができるようになるのか、伊東主査はこのように説明した。
伊東主査
まずは走れるところで販売するのが一番いいと思います。安全面も含めてしっかりと指導があったうえで販売をしていただく。なので全国のカートコースというのが一つ、あとはGR Garageでも徐々に販売していきたいと思います。スタッフの方もカートについて学んだうえで、販売のエリアを広げていきます。
そして、気になる価格について高橋プレジデントは続ける。
高橋プレジデント
40万円を切る価格でなんとか(出したい)。維持費も安くします。みなさん(カートでは)タイヤを頻繁に交換されています。
通常のレーシングカートと比較すると車両価格で約¼、さらに通常のカートだとタイヤは4本で4〜5万円くらいするというが、それを4本で1万円台を目指したいという。
高橋プレジデント
安くて、長く持つ。「タイヤにこだわろう」と昨日もモリゾウさんに何度も言われました。
最後に、このカートについての松井選手と翁長選手がそれぞれ想いを話してくれた。
松井選手
運転の基礎が詰まっているのがカートだと思うので、走る、曲がる、止まるをまずここから学んで、そこからプロドライバーになる子が生まれてきたらいいなと思います。
ぜひ、このGRカートをつかって、走って楽しいとかバトルもレースだとしていかないといけないので、そこが学べる全てが詰まったクルマだと思っています。
子どもだけではなくて、大人も楽しめるカートになっているので、そういったところが広がっていけばいいなと思います。
翁長選手
私はカートがすごく身近な存在です。カートに乗っている瞬間にクルマとの一体感を感じて魅了されてこの世界に入りました。
カートというのは野球やサッカーと違い、とても大きな道具を使うし、子どもたちだけでできるスポーツではないので、大人たちにも協力していただいたり、ご両親と一緒にスタートしたり(することが必要です)。
そういった意味では常に大人の方と対話しながらカートをしていくところでは、私は生き方そのものをカートから学んだところがあります。
カートを通してライバルと一緒に友情を築いたり、バトルを学んだり、そしていろんな物事に対して進んでいく。
スポーツという一つの観点だけじゃなく、カートをやっていれば本当にいろいろな方との絆を築くことができて、すごく人生が広がるので、このGRカートを通してドライバーだけじゃなくて例えばメカニックに興味を持ってくださる方とか、サーキットに興味を持ってくださる方とか、カートを通して、いろいろな世界に入っていただける子どもたちが少しでも増えてくれたら、すごく嬉しいです。
伊東主査
とにかくたくさんの子どもたちに乗ってもらって、カートというよりも乗り物の楽しさをしっかり味わっていただきたいです。きっと、そのような経験がその子の人生を変えていくようなきっかけになっていくのだと思います。
高橋プレジデントは「翁長選手のような『楽しくて仕方がない』という感じを全国の子どもたちにも味わっていただきたい」と話した。