信頼性、耐久性、悪路走破性に加え「楽に走れる」ことを目指した新型ランドクルーザーとは、どのようなクルマなのか。開発チームにインタビュー。
開発陣にとってのランドクルーザーとは
世界中のあらゆる環境で、「どこへでも行き、生きて帰って来られる」ことを求められるのが、ランドクルーザーだ。
それにしても「道なき道」で「楽に走れる」ことをテーマに開発された新時代のランドクルーザーとは、どのようなクルマなのか。開発を担当した横尾貴己主査と、その乗り味を育んできた開発ドライバーに、脇阪寿一氏が聞いた。
実はレースの世界に足を踏み入れる以前からランドクルーザーの大ファンであり、80シリーズを2台乗り継ぎ、100シリーズにも乗っていたという脇阪氏。
100シリーズ以来、20年以上にわたりランドクルーザーの車両開発に携わってきた開発ドライバーの上野和幸CXに、そもそもランドクルーザーとはどんなクルマなのか、という質問を投げかけた。
上野CX
今年で70年という長い歴史があり、モデル名としてはトヨタ自動車の中でも最長寿になります。
私自身もランクル乗りですが、世界中のお客様に愛されているといいますか、ランクルが紡いできた人とのつながりという、無形資産の部分がとても大きなクルマだと思います。
ランドクルーザーには、「信頼性」「耐久性」「悪路走破性」といった幹となる価値を追求しつづけてきた開発チームがあり、彼らは常に世界中のユーザーの声に傾聴してクルマづくりを行ってきた。
一方、脇阪氏自身は、初めてTOYOTA GAZOO Racingのニュルブルクリンク24時間耐久レース参戦プロジェクトに加わった頃より、凄腕技能養成ドライバーとして、オンロード性能の向上に携わってきた大阪晃弘GXが、300シリーズの開発に関わってきたことが気になっていた。一体、どのような役割を担ったのか?
大阪GX
モリゾウさんがオーナーシェフだとすれば、車種ごとにオーナーシェフが求める味に合わせていく立場として、トヨタのさまざまな車種の開発に関わっています。
ランドクルーザーは、もとより世界中のお客様にさまざまな使われ方をされるなかで、信頼を勝ち得てきたクルマだと感じていました。ランクルの信頼性、耐久性、悪路走破性という軸に対し、自分が携わったのは、プラスアルファの部分。さらなる快適性や扱いやすさを実現することでした。
“凄腕”とはいえ、オンロードを中心とした開発ドライバーとして、ランドクルーザーの開発に携わることに、多少の緊張感はあったようだが、大阪GXはこう続ける。
大阪GX
ランドクルーザーの開発メンバーは懐が深いので、僕らのように少し立ち位置が異なるスタッフでも受け入れてくれる素性があります。ランクルをより良くしようという気持ちゆえ、だと思います。
一方で、ダカールラリーというモータースポーツの現場で、開発や車両評価とは少し違う角度から、ランドクルーザーを走らせてきた三浦昂(あきら)選手は、シンプルにこう述べる。
三浦選手
ランクルはひと言でいえば、不可能を可能にしてくれるクルマ。
僕はモータースポーツが好きですが、もともとは素人ドライバーでした。そうした人間に、過酷なダカールの道を完走させてくれ、今やタイムを競う世界にまで連れていってくれる。
僕は身をもって、不可能を可能にしてくれるクルマであることを、体験しています。
開発初期の段階で、横尾主査は三浦選手にヒアリングをしながら、ベースのグレードから基本デザインの在り方を練ったという。GR SPORTというグレードをつくる以前の話だ。
200シリーズからもっとも進化した「楽に走れる」という性能
試乗編でお伝えしたとおり、百戦錬磨のレーシングドライバーである脇阪氏ですら、新旧のランドクルーザーでさなげアドベンチャーフィールドのオフロードコースを走り、200シリーズとは明らかに異なる300シリーズの走りに驚きを隠せない様子だった。
同じようにこの日が、300シリーズでのオフロード走行初体験となった三浦選手に、脇阪氏はこう水を向ける。
脇阪氏
先ほど試乗させてもらいましたけど、ちょっと驚きましたよね。オフロードの素人である僕が言うのも失礼かもしれませんけれど、レベルが違う気がしたんです。
三浦選手
確かにびっくりしました。オフロードでこうした大きなサイズのクルマを走らせると、当然、車体がものすごく揺れますよね。その分、体も揺すられるので、ドライバーは腕や足に力を込めて揺れに備えます。
ところが300シリーズでは、オフロードでも車内の揺れ方が穏やかで、肩透かしを食らったような気がしました。しかも、ドライビングポジションが200シリーズより自然で、スポーツカーのような感覚で運転できるんです。
オフロードで、刻一刻と変わる景色や路面に対して運転操作が自然にできる。そういう意味でも楽に運転できると感じました。今まで、悪路走破性や耐久性を極めたランクルだからここは仕方ない、と割り切っていた部分が無意識にあったことに気づかされました。
脇阪氏
誤解を恐れずに言うと、フロントウインドウ越しに見える景色と車体の動きが、いい意味でミスマッチですね。大きなギャップでも、車内ではちょっとしたくぼみを越えるくらいの感じで。でも、外から走る姿を見るとサスペンションが思い切りストロークして路面を捉えている。
それから、今回の300シリーズではパワステのアシスト量が増えてステアリングが軽くなっているのに、路面からのフィードバックや自然の操作フィールは保たれている。相反するはずの要件が高い次元で両立されているんですね。
これは、どういう方向で開発したら実現できるんですか?
横尾主査
あらゆる要素が効いていると思うのですが、一番大きいのはラダーフレーム車で初めてTNGA(Toyota New Global Architecture)によるプラットフォームを新設できたことだと思います。
自然な姿勢で運転操作がしやすいようなドライビングポジションからスタートして、車体のスムーズな動きを実現すべく重心もできるだけ低くしました。また、旧型ではショックアブソーバーの位置が、タイヤがストロークした際に動く方向とわずかにずれていたのですが、300シリーズではフレームを少し曲げることで最適化できました。
フレームを刷新したことで、さまざまなことが可能になりました。
大阪GX
TNGA以降のクルマづくりでは、C&N(Confident and Natural)という考え方を大切にしています。つまり、ドライバーが安全・安心を自然に感じられること。そして、それがモリゾウさんの考える、開発におけるブレない軸です。
それこそ、歴代のランドクルーザーが継承してきたに“信頼性”と重なるところだと思います。
オフロード側の走り味を追求してきた上野CXも、こう返す。
上野CX
“楽に走れる”というのは、200シリーズから300シリーズになって、最も進化した部分です。
できるだけ疲れにくいクルマに仕上げるということは歴代モデルの開発でも取り組んできましたが、今回、大阪さんのチームにC&Nという視点から関わっていただいたことで、クルマに乗り込んだ瞬間からそれを感じていただけるほど進化させられたと思います。
今まで手が入れられなかった部分、ラダーフレームのリアサスペンション取り付け位置やアクチュエーターなど、従来の技術でできなかったことが達成できるようになったのも大きいですね。
とてつもなく過酷な道で人を育て、「もっといいクルマづくり」を実践する。
実はニュルブルクリンク24時間レースなどモータースポーツの現場からのフィードバックを開発に活かすTOYOTA GAZOO Racingの手法と、世界中の悪路でお客様の命を守るために彼らの声に耳を傾け続けるランドクルーザーの開発手法は、通底するのではないか。そう脇阪氏が指摘すると、オフロードとオンロードの開発テストに携わる、2人のドライバーも異口同音に口を揃えた。
上野CX
それは通じるものがあると思います。ランクルは常にお客様の声を聞き、そんな壊れ方まで想定できなかったことを反省しながら、より良いクルマづくりへとつなげてきました。
ランクルの場合、鍛えてくれるのがお客様ではありますが、ニュル24時間レースのように厳しい環境で鍛えて開発に活かしていくことと、走りに経験則が生きている点は同じです。
大阪GX
自分はランクルで、ニュルのような極限状況を走ったわけではないですが、クルマからのインフォメーション、人とクルマが対話できることを開発陣と詰めてきました。
これまでのランクルは、オンロードでは動きが穏やかで、いい面もあるんですけれど、ドライバーがクルマの動きを先読みして操作する必要もあった。
300シリーズでは、ステアリングを軽くするために、新しいアクチュエーター技術を使ってもいますし、GR SPORTについては「E-KDSS」という電子制御スタビライザーを採用したことにより、オンロードではきっちりロールを抑え、オフロードではしっかり足を伸ばすことができます。ドライバーの操作にクルマの動きが遅れないという点にも注意したので、本当に自然な感覚でコントロールできるクルマに仕上げられたと思っています。
ランクルに携わる人々に共通するお互いをリスペクトする感覚
「道が人を鍛え、人がクルマをつくる」とは、ランドクルーザーの開発チームが連綿と継承してきた開発思想だ。
今では、TOYOTA GAZOO Racingをはじめとするモータースポーツ活動を通じて、同様の思想がトヨタの開発全体にまで及んでいる。それには、壊れるまで、限界まで走り込む開発ドライバーの存在が重要となる。脇阪氏は横尾主査に、単刀直入に質問する。
脇阪氏
横尾さんにとって、開発ドライバーの大阪さんや上野さんは、どういった存在なんでしょうか?
横尾主査
やはり先生です。かつて、レクサスRC Fの駆動系の設計を手掛けていた時に初めて大阪さんにお会いして、自分のつくったシステムを試してもらったのですが、車両の挙動やクルマそのものに対する考え方に感銘を受けました。
その後、現在もランドクルーザープラドと70系のチーフエンジニアを担当されている小鑓さんに声をかけていただき、ランクルの開発チームに異動したのですが、そこで上野さんとお会いしました。
やはりオフロードの走り方を、僕は全然分かっていなかった。(ステアリングの反力でケガをしないよう)ステアリングの中に指を入れないとか、下り坂でブレーキから足を離すとか。ランクルが本当にお客様の命を支えるために、苛酷な道を走っているクルマであることを、教えてくれた先生が、上野さんです。
ランドクルーザーとは、「行きたい時に行きたいところに行って、無事に帰って来られる相棒」であることを、歴代モデルが体現してきたが、それが途切れなかった理由について、脇阪氏が聞いた。
上野CX
歴代のランクルがそうした価値を継承してこられたのは、開発者がこの言葉を語り継いできたから。
横尾さんをはじめ、前任の小鑓さんもそうですが、主査の方々が自らの思いを開発チームに伝えてきました。その意味で、本当にランクルの開発部署はワンチームという雰囲気です。
今回のメンバーでランクル開発においてもっとも古株の上野CXに、横尾主査は苦笑いしながらこう語る。
横尾主査
現在の部署に異動した当初は、ランクルを知らない人間が製品企画をやるなよ、という雰囲気がありました。
例えばフレームの開発ひとつとっても、それこそ生き字引のような人がいるんです。個々の部品はもちろん、クルマをトータルで見たときにフレームがどういう成り立ちをしているか、当然知らないといけません。
本当に勉強させてもらいながらチームに溶け込んでいった感じです。でも上野さんがおっしゃる通り、ランクルは開発チーム全員の思いが本当に強いので、チームの思いが間違った方向にいくことはあまりないんです。
開発者と開発ドライバーの関係は、命令系統としていずれの言い分が上流側にあるか、という話ではない。現地現物の原則が生きている現場では、目指すものがはっきりしている。
脇阪氏
トヨタ・スタンダードという、すべてのトヨタ車がクリアすべき品質基準がありますね。ランドクルーザーにはそれとは別に、ランクル基準があると聞いたのですが。
上野CX
はい。ランクルにはTS(=トヨタ・スタンダード)とは別に、ランクル基準があります。
ランクルは常に世界中のお客様に鍛えられてきました。我々は、モデルチェンジのたびに最良ものを開発したつもりでも、お客様に使っていただくうちにいろいろなご意見をいただきます。彼らの期待をもっと上回るために、TSの上にランクル基準ができました。
耐久性や信頼性において、その基準を守って開発を進めています。それでもお客様の使い方はさまざまなので、絶えずそうした声に耳を傾けながら、開発しています。
横尾主査
やはり70年間ランクルが守り続けてきた『行きたい時に行きたいところに行って、無事に帰って来られる相棒』という価値を死守すること、それがスタートでした。
信頼性、耐久性、悪路走破性の3点で、絶対に旧モデルを上回らなくてはいけません。200シリーズの開発時ですが、フロントのデフケースをアルミ化することに、私がチャレンジしたんです。目的は軽量化ですが、本当にアルミを使っていいのか、当時、開発チーム内で大きなテーマなりました。
それで、デフをあえて壊すためのテストに、2年くらい取り組みました。岩があったら、本当にそこにテスト車を当てにいくんです。それでも割れないものになっていればいいと。そうやってモノにしたことがありました。
ランドクルーザーの開発においておなじみの「壊す」というキーワード。脇阪氏は満面の笑みで、上野CXにこう話を向ける。
脇阪氏
壊してくれって言われたら本望ですか?
上野CX
言われなくても、壊しますよ。歴代の開発ドライバーの方々から伝えられてきた手法です。
国内の使用環境では想定外でも、グローバルな視点で見ると想定外ではない。ランクルの場合、そうした想定外の環境も想定内として、テストに挑みます。
横尾さんも最後まで壊し切ってくれという思いでしょう。私たちがテストして、悪いものは悪いってちゃんと言える体制ですから。そこの部分ではお互いに理解しているので、大丈夫だと思います。
いきおい真面目な表情で、横尾主査はこうコメントをつないだ。
横尾主査
やはりフルモデルチェンジして軽量化も果たした以上、衝突安全性のためにも結局は壊すことが必要になります。
最近、とくにGRヤリスを起点にモータースポーツの現場でも、壊してまた直して、という開発手法がなされていますが、ランクルというクルマの開発はいたるところで壊さないと前へは進まない。ランクルもGRヤリスも、本当に同じところにつながっていると感じます。
かくしてランドクルーザー300シリーズはついにデビューしたが、やはり脇阪氏の興味はモータースポーツ。究極のチャレンジの場であるダカールラリー車両は、今どんな段階で、いつから投入されるのだろう?
三浦選手
2023年のダカールラリーから投入する計画です。すでにラリー車としての開発が始まっていて、ルールに適合させるために車両をバラしたり、ボデーやシャシーをつくり込んだり、ラリー用のエンジンプログラムを組んだり、まさに今、作業を進めています。
早ければ今秋にシェイクダウンするのですが、200シリーズでは見えなかった新しい領域をきっと見せてくれると思います。
新型ランドクルーザーは、モータースポーツにおいても新たな地平を切り開いていくことだろう。