70周年を迎えたランドクルーザー。開発に携わっている小鑓貞嘉主査と横尾貴己主査が、その歴史と設計思想を語る後編です。
「現地現物」が「実車評価」につながる
前編にて、現在、70系とプラドの開発を担当する小鑓貞嘉主査の口から語られたように、初代BJシリーズとその開発者たちは、70年前にすでに、今日へと続く「信頼性」「耐久性」、そして「悪路走破性」というランドクルーザーの原点を確立していた。
小鑓主査からランドクルーザーのクルマづくりを受け継ぎ、最新世代300系の開発を担当した横尾貴己主査は、このように言葉をつなぐ。
「いま一度、ランドクルーザーとは何かを考えてみると、すごく強い言葉だと思うんですけれど、アフリカや中東、オーストラリアといった市場はもちろんのこと、極地を含めて世界中のあらゆる地域で、お客様の命、生活を支えるクルマなんです。
ランドクルーザーが守るべき要件は、『どこにでも行けて生きて帰って来られるクルマ』であること。300系は300系としてのベストを目指しました。
世の中にある技術、環境の変化によって、求められる最適解は変わるかもしれません。お客様や地球が必要とするもの、求められるものは変わり続けますから」
SDGsや脱炭素社会といった将来の目標にも対応しつつ、ランドクルーザーは世のため人のために、必要にして欠くべからざるツールであり続ける。
だからこそ、これまで、行ったこともないところに踏み込むことがあり得るし、従来にはなかった想像を絶するほどの使われ方をされるのが、ランドクルーザーであると、横尾主査は述べる。
横尾主査
『現地現物』、つまりランドクルーザーが使われている苛酷な環境に実際に足を運び、自分の目で見て、人の生死に関わる切羽詰まった環境が本当にあること、それがどのようなものか知ることから始まって、次の開発のキーワード、『実車評価』にたどり着くと思うんです。
今日、自動車の開発におけるシミュレーション技術はあらゆるところに入り込んでいて、進化もしていますし、解析能力は良くなっています。極端な話をしますと、それだけでもクルマはある程度、つくれます。
ですが、ランドクルーザーの開発ではシミュレーションのしようのないところで、車両評価のプロドライバーが実車を走らせるのはもちろんですが、壊れるところを見つけて直すことが重要。もっといえば、どういう条件下で壊れるか、確認するのが大事ということです。
数値化された目標や社内基準を達成することはもちろんだが、「それらをクリアしたから安全」という考え方では、お客様の命を背負えないのがランドクルーザーの宿命だと小鑓主査は語り、横尾主査も大きくうなずく。
実際、ランドクルーザーの開発における耐久テストで走った距離は、結果的に延べで100万キロ(目標ではない)、つまり地球25周以上に達する。
「現行同等以上」を実現させるための「壊し切り」テスト
「100点のクルマはない。使われ方によっては60点かもしれない。極端な状況に踏み込んでいくクルマだからこそ、『これで大丈夫』という線引きをしてはならないし、力の及ばぬものに対して自らを戒め続けることが必要になります」
そう小鑓主査は強調する。それゆえ開発においては徹底的に壊れるまでテストするし、新型があらゆる側面で従来型より劣る部分があってはならないことを意味する「現行同等以上」というキーワードを掲げているのだ。そこに直近で取り組んできた立場から、横尾主査はこうも述べる。
横尾主査
ニューモデルを開発するには、いろいろな目標値があって、当然あらゆるところでコストも意識しなければなりません。
一方をとると他方のコストがオーバーするといったようにトレードオフを天秤にかける必要があるとき、ランドクルーザーは守らなければいけない、譲れない、という部分が明確なんです。
先進国の舗装の行き届いた道路で乗り続けられる限りでは、結果的に過剰なクオリティとなる部分は出てきます。信頼性を、数値目標で掲げるのは難しくないんです。ところが現行同等以上、というところがスタート地点になると、途端に難しくなります。
例えばですが、従来型の200系で大丈夫だった環境、走れたところを、300系でクリアできないとなると、単なる性能ダウンではなく、お客様の命に関わりますから。ですから、やることはいっぱいあるというか、壊すものがいっぱいあるんですね(笑)。それに一つひとつ打ち勝って進化していくことが、ランドクルーザーの使命なんです。その一端を担うのが、開発チームが「壊し切り」と呼ぶさまざまなテストだ。
例えば耐久強度の加速試験では考えられないほどの大きなストレスを繰り返し加えて、限界強度を探るテストがあり、人間がシートに座っていられないほどの強さで(自動運転での試験)、車両を地面に叩きつけ続けるという。
それは、ある基準をテストでクリアしたからOK、というものではない。「ここまでやると壊れる」という限界を確認するからこそ、世に送り出せるという開発思想である。それこそランドクルーザーならでは、ひいてはトヨタ的なQDR(クオリティ/デュラビリティ=耐久性/リライアビリティ=信頼性)の根幹ともいえる考え方だ。
とはいえ、信頼性は完成車の時点で100%を期したものであると同時に、オーナーの手に渡った後、さまざまな使われ方をされ、ときには過酷な状況で酷使されるなかで、改善を重ねていくことでも確保される必要がある。その点について、小鑓主査はこう説明する。
小鑓主査
信頼ほど、市場でお客様から得られる成果として、最上のものはありません。40系は24年間、70系は37年間もつくり・使い続けられています。
自分がランドクルーザー50周年、60周年も経験しているので意識してきたことですが、先代の開発者たちがランドクルーザーをどう考えてきたか?
修理性・スペアパーツの観点で掘り返してみると、20~40~55 系とか、40~60~70系といったそれぞれのシリーズ間で、驚くほど多くの流用パーツがあるんです。
つまりモデルサイクルが代々長く、世界に広まるほどに、リペアビリティが高まる。
「生きて帰って来られる」ために踏襲するもの
一方で、今日、本格クロスカントリー4WDに求められる価値観は多様化している。過酷な状況で破綻しないことは大前提としつつも、先進国では、市街地や高速道路といった日常領域での扱いやすさが重要になるし、たとえ砂漠や悪路であっても、ドライバーが楽に安心して走れることに越したことはない。そうした現状について、横尾主査はどう向き合ってきたのだろうか。
横尾主査
ランドクルーザーはあくまで、走る・曲がる・止まるの機能を、できるだけ最後まで保っていられるように設計することが基本です。極端な話、生きて帰って来るのに、バンパーやボデーパネル、ルーフがなくても何とかなりますから。
だから、今ではSUVでもシャシーとボデーが一体化したモノコックというボデー構造が一般的ですが、シャシーの強度を確保しやすいボデーオンフレームという、ラダーフレームの上にゴムマウントでキャビンを載せる構造を、新しい300系でも踏襲しています。
300系の最も新しいところは、トヨタ全体が進めている『もっといいクルマづくり』の一環で、TNGA(Toyota New Global Architecture)という設計思想に基づく全く新しいプラットフォームを採用しているところです。
今回、300系で大きく変えたのは乗り味の部分です。
私はよく“ストレスフリー”という言葉で表すのですが、ステーションワゴン系のランドクルーザーは決して小さなサイズではありません。
そこで200系以上に軽量化・低重心化を推し進めたことで、オンロード/オフロードを問わず、手の内に収まるような扱いやすさ、運転のしやすさを実現できた点が、300系の特徴だと思います。
それでも、そこはお客様の判断に委ねられるところであると、二人の開発者は口を揃える。
「先ほど小鑓さんが話したように、市場で培ってきた信頼性、いわばお客様との約束を守っていくこと、そこが私たちの仕事であり、ミッションなのだと思います」
日本とは全く異なる環境や文化の市場で、ユーザーと向き合ってきた、代々の開発者たち。彼らの現地現物の経験があったからこそ、ランドクルーザーはその期待に応え、約束を守り続けてきた。
約束とは当然、顔の見える相手と交わすものであるゆえ、ランドクルーザーにおける「信頼性」「耐久性」、そして「悪路走破性」とは、実はごくシンプルなところから、今も守られているのだ。
小鑓貞嘉 Sadayoshi Koyari
Mid-size Vehicle Company MS製品企画 主査。1985年、トヨタ自動車入社。第1技術部に在籍し、ハイラックス およびランドクルーザープラドのシャシー設計を担当。1996年からは、トヨタ第3開発センターにて製品開発を担当、2001年よりランドクルーザーと、 新型フレーム系プラットフォームの製品開発に、主査として従事。 2007年、トヨタ第1開発センターのチーフエンジニアとなり、現在 ランドクルーザー70系、ランドクルーザープラドの開発に携わる。
横尾貴己 Takami Yokoo
Mid-size Vehicle Company MS製品企画 主査。2000年、トヨタ自動車入社。ドライブトレーン設計部に在籍し、ランドクルーザー・ランドクルーザープラドのディファレンシャル設計ならびにレクサスRC F用トルクベクタリングシステムの開発を担当。2014年からは、製品企画本部にて製品開発を担当、2017年のランドクルーザープラド マイナーチェンジの担当を経て、2019年には開発責任者としてランドクルーザー300系に携わる。