
"超"大型新人ドライバー、小林可夢偉選手が初参加したラリチャレ豊田。モリゾウから一番近い取材場所としてコ・ドライバーを用意された自動車研究家 山本シンヤ氏がその様子をレポートした。
可夢偉選手のコ・ドラを指名された意味
それから1年後の2024年11月のある日。凄腕技能養成部部長代理(部長はモリゾウさん)の豊岡悟志氏から「ラリチャレ豊田、可夢偉さんが出るのでコ・ドラお願いします」と電話連絡が入る。
「えっ、あのときの話が本当だったんだ」と驚く一方、「なぜ僕が可夢偉選手のコ・ドラなのか?」という疑問が??
筆者は2018年からラリチャレにスポット参戦していたが、2022年からはTGR‐WRG*でGRヤリスDATの開発ドライバーを勤めた早川茂副会長のコ・ドラを担当している。
*TGR-WRG:トヨタ・ガズー・レーシング・ワールド・ラリー・蒲郡(愛知県蒲郡市にあるトヨタグループの研修施設KIZUNAのこと)
ラリチャレ豊田も当然そのコンビで参戦すると思っていたのだが⁉ 実はこの計画の主はやはりモリゾウさんだった。
「一番近い場所を用意したので、可夢偉の取材をよろしくね。早川さんのコ・ドラはノリさん(勝田範彦選手)に代わってもらい、マシンは僕のGRヤリス(104号車)を使います。すべて準備万端です(笑)」と。

もっといいモータースポーツを模索
そんなことで、レーシングドライバーとモータージャーナリストがタッグを組み「ラリーに参戦しながら取材を行う」と言う仰天プロジェクトがスタート。
筆者がまず聞いてみたのは「なぜ、ラリーに挑戦しようと思ったのか?」である。可夢偉選手は9歳でカートを始めて以降、参戦カテゴリーは全てサーキットで行われるレースである。
可夢偉選手
理由は大きく3つです。1つ目、ラリーは一般公道を走る競技ですが、山道を全開で走るような機会は僕の人生のなかで一度も経験したことがなかったことなので、『やってみたいな』という好奇心。
2つ目は『参加型モータースポーツ』を経験したことがなかったので、実際に体験して、その魅力を多くの人に発信することで、クルマ好き/モータースポーツ好きをもっと増やしたいなと。
3つ目はプロドライバーをしていると『レースを楽しむ』ということができなくなっていたので、『その気持ちを味わってみたい』と。
そんな可夢偉選手は、現在WEC/スーパーフォーミュラにレギュラー参戦する一方で、FIAフォーミュラE選手権やNASCAR(National Association for Stock Car Auto Racing)など他のモータースポーツカテゴリーにも参戦している。その理由は今回のラリーと同じ?
可夢偉選手
こちらはドライバーより代表としての目線で見ている部分が大きいですね。
さまざまなレースを実際に経験すると、各々の良いこと/悪いことが見えてきます。そんな経験をモータースポーツ運営に生かせないかなと。
例えば、NASCARは年間30戦前後レースが行われていますが、なぜそれが可能なのか?
実は練習時間は土曜日に25分しかなくその後にすぐに予選、日曜日にレースがありません。
そのため、通常のレースでは現場で行うセットアップ作業はファクトリーを出る前にほぼ完了。
つまり、現場でアレコレする必要がない→メカニックに負担が掛からない→数多くのレースがこなせる……と。
実はWECもレース前にシミュレーションを活用してセットアップを決めていますが、NASCARはその精度がより高い所にあります。
一般的にNASCARはアナログに思われがちですが、裏側はもの凄いハイテクです。
これも経験しなければわからないことでした。そのようなことを他のレースカテゴリーにクロスオーバーできれば『レースも変わるかな』と思ったりしています。
この辺りはモリゾウさんと同じく現状に満足することなく、常に「もっといいモータースポーツ」を模索しているのだろう。
可夢偉選手の凄い所は世界のトップカテゴリーを戦うスーパードライバーなのに、初めて参戦するカテゴリーでは「イロハから学ぶ」をリアルに実践していることである。
ラリチャレは初参加者対象にマナー講習が行われるが、もちろんこれに可夢偉選手は参加。「今回はプロドライバーではなく新人ドライバーなので」と、細かい質問もどんどん投げかけ、とにかく「知ろう」という気持ちは人一倍。

ちなみに2021年のS耐24時間で水素エンジンカローラのドライバーとして参戦したときも、日本人のなかで、もっとも耐久レースを知る男なのにも関わらず初心者講習に参加していた。
2024年にNLS(ニュルブルクリンク耐久シリーズ)にGRスープラGT4 Evoで参戦したときも、他のドライバーと同じように座学/実車講習を経てライセンスを取得するなど、常に同じ姿勢。

安全にレースをするための心構えを学ぶ大切さを知っているから、そこは決して妥協しないのが可夢偉選手なのだ。
ただ、唯一違ったことは参加受付でのライセンスチェックのときだ。提示したモノは、我々が見たことのない特別なライセンスで、「やっぱり可夢偉さん凄いんだ」と再確認。
ラリー前日(土曜日)はレッキを行いペースノートの作成をする。
「いつもは1人で走っているので何か不思議な感じ。あまり情報が多いと走っている時に悩んでしまうので、指示はシンプルでいいです(笑)」といいながらも、コーナーの曲率やライン取りの指示などはラリーが初めての人とは思えない正確さだ。
レッキでは競技スピードではなくスピードを抑えた走行だが、それでも「ダートで気持ちよく走れるセットなので、舗装路では曲がりにくいかも⁉」とモリゾウ号の特性を瞬時に見抜いてビックリ。
その一方で「レースでサイドブレーキは絶対に使うことがないので、上手くできるかな⁉」と悩んでいたが、それでも何だか楽しそうである。
リエゾン区間ではモリゾウさんから「可夢偉の取材をよろしくね」と言われているので、普段はちょっと聞きづらい質問も(笑)。可夢偉選手が代表を務めるWECチームは、WRCと並ぶTGRのワークスモータースポーツの重要な活動の一つだが、残念ながらその意義・魅力が上手く伝わっていないと筆者は思っている。

モリゾウさんも「WECのチームは今も昔もプロフェッショナルですが、モリゾウが大事に、そして目指すチームの理想は、あくまで『家族的でプロフェッショナル』という部分です。WECチームはそこが足りない」と語る。
筆者もいろいろなシーンで取材をしているが、同じ考えである。その辺りに関しては、ズバリどのように感じているのだろうか?
可夢偉選手
言われていることはその通りですし、我々の大きな課題だと認識しています。答えは見つかっていませんが、1つ言えるとするならば、WECは“勝つこと”が最大の目的ですが、ただ勝てばいいだけではないということです。
くわえて、トヨタのなかでWECの拠点となっているTGR-Europe(ケルン)の存在意義も再定義しないとダメだと思っています。
我々の持つ技術が量産車に生かせることはたくさんあるはずですが、残念ながらその連携は極めて限定的です。
要するに『トヨタの中のTGR-E』であることをより意識しないとダメだなと。さらにメディアへの発信の仕方も変えていく必要があると思っています。
単にレース状況だけを伝えればOKではなく、『何のためにレースに出ているのか?』、『レースを通じて何を伝えたいのか?』をより明確にしていく必要があります。
そこはなかにいると解らなくなることですので、シンヤさんのような外からの目で見たことを包み隠さず教えて欲しいです。
そのためには、WRCやニュル24時間だけでなく、WECにももっと取材に来てください(笑)。