進化を続けるAIバスケロボット、CUE。数々の不可能を可能にしてきたプロジェクトメンバーへ、開発当初から現在に至るまでの活動にかける想いを取材した。
Bリーグの選手としてアルバルク東京に所属し、2019年には、「ヒューマノイドロボットによる連続して行ったバスケットボールのフリースロー最多数」のギネス世界記録を打ち立てたトヨタのAIバスケットロボット、CUE(キュー)。
これまでトヨタ自動車公式企業サイトにて3回にわたりお届けしてきた、開発の軌跡を簡単におさらいしておきたい。
お手本は、漫画界のスーパースター
CUEは、2017年、「一から人工知能の開発に挑む」というテーマのもと、トヨタ技術会(以降、ト技会)
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で始まったプロジェクトから生まれたロボットである。誰かが何か新しいことを始めるきっかけになってほしいという思いから、“きっかけ”という意味の「CUE」と名付けられた。
メンバーの一人が口にした有名バスケ漫画「SLAM DUNK(スラムダンク)」の主人公・桜木花道のセリフ「(シュート練習)2万回で足りるのか?」という言葉から「人工知能でゴールまでの距離を計算し、百発百中シュートを決めるロボットが開発できたらすごくないか!?」というアイデアが生まれ、夢のAIバスケットロボット「CUE」の開発が動き出した。
ミスなくひたすらシュートを入れ続ける、正確無比なシュート。CUE3では、「ヒューマノイドロボットによる連続して行ったバスケットボールのフリースロー最多数 2020回」というギネス世界記録を樹立。この時は、意図的に2020回で挑戦を終えたため、人間によるフリースロー最多記録5,221回(1996年)には及ばなかったものの、NBA史上最高のシューターと名高いステフィン・カリーのフリースロー連続ゴール数が80本(2020シーズン)であることと比較しても、桁違いの記録であることが分かる。
そしてこの度、さらに進化したCUE5が誕生。
東京2020オリンピック競技大会にてデビューを果たしたCUE5が、茨城ロボッツ戦(2021年12月18日)でパフォーマンスを行うと聞きつけ、取材した。
正確無比なシュートだけじゃない。
ドリブルもこなす、新たなステージへ。
そこにいたのは、CUE5。CUE4からモデルチェンジした新型だ。これまでのシュートスキルに加えて、新技のドリブル(時速7キロ)も披露した。
CUE4まで固定式になっていた左手の稼働軸を増やしたことで、より人のような滑らかな動きに。これにより、「これまで実現できなかったドリブルの動きにも対応できるまでになりました」とR-フロンティア部の辻本崇好主幹は話す。
辻本主幹/開発マネージャー・制御システム担当
動きの無駄がなくなったことでロボットを動かすうえで必要な出力が減少し、激しい動きでの揺れを軽減できるようになりました。
加えて、足にもカメラを取り付けてセンシング機能も大きく進歩しました。操作画面上に、サーモグラフィーのような色が付いている部分が、手のひらからボールまでの距離と、正確な位置を認識するための新システムです。
バスケットボール競技を観ていてもなかなか気付けないことですが、実はボールの空気圧や、コートの条件によって毎回弾み方が微妙に変わってきます。そんな状況でも人は無意識に対応しているのですが、ロボットは精度を欠いてしまいます。
そこで、バウンドごとにボールの位置を正確に読み取り、自らの判断で手を動かせるように学習させることで、どんな会場でも柔軟に対応できるようにプログラムしています。今は左手でドリブルを行なっていますが、理屈上は左右遜色無くドリブルが可能です。
コロナの影響もあり、しばらく表舞台から遠ざかっていたCUEだが、裏では開発者たちの絶え間ない努力が重ねられ、大きなバージョンアップを遂げていた。
CUE5が一般に披露されたのは、上の動画でも紹介したアルバルク東京の試合会場でのパフォーマンスだが、これまでのBリーグでの活躍が評価され、国際オリンピック委員会(以降、IOC)からの依頼で東京2020オリンピックにも参加していた。テレビでは放送されなかったが、試合前とハーフタイムに行なわれるエキシビションでのパフォーマンスを担った。
約2週間にわたって実施したパフォーマンスの様子はSNSで拡散され、ハーフコートシュート(ゴールとの距離14m)を外したことが、海外メディアに「まさかCUEがシュートミス」と報道されるほど、正確無比なシュートは世界も認めるものになっていた。
バッターボックスに立ち続けた素人集団
ト技会のいち企画から始まり、世界からも注目される存在になったCUEだが、「順風満帆に見える取り組みにも、数え切れないほどの苦労と失敗はありました」とプロジェクトリーダーのR-フロンティア部 野見知弘主査は話す。
野見主査/プロジェクトリーダー
ト技会の時は、あくまでも自主活動で、(自分たちでも)できるかどうか分からない目標を掲げ、それに向かって仕事のやり方を変え、挑戦することで人が成長し、実際の仕事にも良い影響があればと思って始めました。
(開発の)ゴールも、自分たちが主催する無料ボランティアイベントだったので、失敗があっても「僕たち素人なんで」で済みました。
アルバルク東京へ選手登録されてからは、仕事として活動するようになりました。(アルバルク東京の)試合会場にはお金を払って見に来てくださるお客様がいます。そして、仕事として活動する以上、トヨタやアルバルク東京の看板も背負います。「僕たち素人なんで」という言い訳は通用しません。
自主活動が仕事へと変わり、背負うものが出来た結果、プロジェクトメンバーには自然とプロ意識が芽生え始めたという。
野見主査/プロジェクトリーダー
また、開発開始から4年の間に、ギネス世界記録会やBリーグ オールスターゲームなど、大舞台でのチャレンジの機会をいただきました。とにかくバッターボックスに立たなければ何も始まらないという思いで、そうした大舞台を目標に挑戦を続けてきました。
高い壁に挑み続けることは、当然、失敗もある。それが学びとなり、同じ失敗を繰り返すまいと取り組み続ける。活躍の舞台が広がり、背負うものが大きくなっても、ひるむことなく挑戦を続けてきたからこそ、今のCUE5が立つステージに辿り着けたのだ。
やりたいことは、バスケットボール界への恩返し
CUE5まで進化を遂げ、主にBリーグをお披露目の場としてきたが、それは決してトヨタの技術アピールがしたいわけではない。開発当初を振り返りながら、活動にかける想いを語ってくれた。
野見主査/プロジェクトリーダー
アルバルク東京の試合に出始めた当初は、神聖なバスケットボールコートにロボットが立っていいのか、技術者のエゴで選手やスタッフの皆様に迷惑をかけていないか、という心配もありました。
CUEの活躍が海外で話題になったときに、アルバルクの選手がCUEを“チームメイト”だとSNSで紹介してくれたんです。選手の邪魔になっていないかと思い続けていたので、選手自ら投稿してくださったことが、とても嬉しかったです。
アルバルク東京の方からは、「従来、企業とチームは資金提供だけの関係でしたが、CUEでは共創というこれまでにない関係で、トヨタとアルバルクにしかできない、新たな価値づくりに挑戦できている。これも、トヨタの技術力があってこそです」と声をかけていただいたことがあります。そのときに、少なからず、自分たちの取り組みが誰かの役に立っていると思うことができました。
その後も、Bリーグ内でCUEが移籍させてもらうなど、リーグ全体でCUEの活動を応援いただいています。
東京2020オリンピックへの参加も、日本バスケットボール協会、国際バスケット連盟そしてIOCと、多くの関係者の協力あってこそでした。
東京2020オリンピックでの活動は世界で話題になり、SNSでは「バスケでこんなすごいショーが見られるのは日本だけ」というコメントもあり、日本開催のオリンピックで、ほんの少しだけ、お世話になった皆様に恩返しができたような気がしました。
CUEの活動を応援してくださっているバスケットボール界への恩返しができるよう、これからも挑戦を続けていきたいと思います。
次なる挑戦は、ジグザグドリブル
新技のドリブルも磨くCUEが次に目指すのは、2023年のBリーグ オールスターゲームでのスキルズチャレンジ ※ への出場だ。
※スキルズチャレンジとは、スリーポイントコンテスト、スラムダンクコンテストと並ぶ、プロバスケットリーグではお馴染みのエキシビション。障害物を交わしながら、ドリブル、シュート、パスの技とスピードを競う。辻本主幹/開発マネージャー・制御システム担当
技術者からすると、1年はあっという間です。過去に出場したBリーグ オールスターゲームのスリーポイントコンテストよりも技術的にはだいぶ難易度が高い、次なる挑戦です。
ドリブル、シュート、パスとバスケット選手としての総合的な能力が求められるコンテストになります。
シュートは放物線を描くようにボールを放ちますが、パスはもっと直線的なライナーになります。単発の動きだと、今もパスは成功できるんですが、ドリブルからの一連の流れでスムーズにやるとなると課題が山積みなんです。それを両手投げにするか、片手投げにするか、実証実験はこれから。もちろん出場するからには、アスリートレベルを目指したいと思っています。
目標は1分。これは、Bリーグ オールスターゲームでスキルズチャレンジに出場するトップアスリートの平均タイムレベルです。
今の倍くらいの速度で走なければならない計算になります。しかも、障害物をよけ、左右にカラダを振らす動作も加わえたジグザグドリブルとなると、さらに高難度です。シュート動作も時短しなければ、1 分という壁は打ち破れないと思います。
「頑張っても無理じゃないかという目標に挑戦することこそ価値があると思っています。正確なスリーポイントシュートだって、挑戦するまでは実現できるなんて誰も思っていませんでした。だから、きっと不可能はないと思うんです」と野見主査も強い意気込みを話してくれた。
数々の不可能を可能にしてきたプロジェクトメンバー、そしてCUEの次なる挑戦が始まっている。