MIRAIを購入したモータージャーナリストの岡崎五朗さん。ファッションデザイナーの相澤陽介さんを相手に、MIRAIについて伺う。
昨年末、モータージャーナリストの岡崎五朗さんは、自身が参加するYouTubeコンテンツ「全部クルマのハナシ#7」の中で「MIRAIを予約した」と宣言。
その後無事購入したとのことだが、果たして「10年前なら自分がトヨタのクルマを買うなんて思ってもみなかった」との番組内で発言していた岡崎さんが購入に至った経緯とトヨタへの評価は?
ファッションデザイナーでクルマ好きとしても知られる相澤陽介さんを相手に、MIRAIを買ってわかったこと、今後のMIRAIとクルマの可能性を探る。
「今買いたいクルマの条件」
乗ったら楽しかった。だからMIRAIを予約したんです
MIRAIをモータージャーナリストの岡崎五朗さんが予約したことを聞いたのは昨年の秋、自身が出演するYouTube番組「全部クルマのハナシ#7」の冒頭だった。
「まさか買うとは思わなかったけど、出てきちゃうんだものね、魅力的なクルマが」「旧来型はね、全く欲しいと思わなかった。それはデザインであり、ドライビング性能であり、ともかくプロダクトとしての魅力を感じなかった」という。
トヨタイムズはあれから半年以上がたった今、あらためてMIRAIの感想を聞くとともに、大きく変わったデザインについても探るべく、ファッションデザイナーの相澤陽介さんにも同行願った。
岡崎
モータージャーナリストがMIRAIを買って褒めると、あいつはトヨタからMIRAIをもらったんじゃないかとか、安く買ったんじゃないかという人がいるけど、ほとんど値引きしてもらっていませんから(笑)。
関係者に媚びないというのは、トヨタのいい部分だと思うんです。例えばアップルもそうですし、ブランドとして買ってほしい人に商品を届けるというのは、いいですよね。
岡崎
僕は日本車の在り方に疑問を感じていたんです。例えばユニクロはファストファッションでありながら日本のファッションセンスを底上げする気概を持って服のデザインをし、店舗をつくることで、プライスバリューだけではない価値をつくっている。
なのに、どうして自動車産業はそのレベルに達していないのか。クルマは良品廉価であればいいだけなのか、と。
相澤
なるほど、興味深いですね。
岡崎
ですが、2代目のMIRAIを初めて見たときに、トヨタはそこから一歩踏み出して変わりつつあるのかなと思った。
袖を通した瞬間、ああ気持ちいいなって感じる服ってあるじゃないですか。クルマも同じで、走り出した瞬間の感覚がとても大切なんです。
1台あたり1時間程度の試乗が多いんですが、実は走り出した最初の5〜10m、時間にしたらほんの数秒でクルマの良否はだいたい判断がつく。で、残りの59分はなぜ良いか、どこが悪いのかを分析しているんですね。
MIRAIを買ったのもまさにそこで、走り出しのフィーリングが抜群に良かったから。MIRAIで初めて走ったのはサーキットだったんですが、コースに入る前のピットロードですでに高評価の予感がしていました。
そして案の定、コースに出てみるとステアリングの効きは良いし、ラグジュアリーな乗り味なのに、気持ち良く曲がることに驚きました。まさにベストオブトヨタ。これは買うしかないと確信しましたね。
相澤確かに今、高速を走っていてとても運転しやすかったです。スポーティな雰囲気というか自分の感覚に合ってくれるというクルマでした。
実際、岡崎さんはその予約に至る経緯の話の中で「思い通りに走れる心地よさ」「クルマを知っている人たちが本気でいいクルマをつくろうとしていることがわかる」ということをポイントに挙げている。
岡崎
よく水素を燃料とする燃料電池自動車だからMIRAIを買ったんですよねと言われますが、それは理由の半分にすぎません。もう半分は走りとデザインなんです。
走りの良さについてはすでに語りましたが、いくら走りが良くてもデザインが好きになれなければ買えませんよ。その点、2代目のMIRAIはパーフェクトではないけれど、初代MIRAIと比べると相当よくなったと思うんです。
「デザイン」
MIRAIのデザインは八方美人ではない!?
MIRAIが水素を燃料とする燃料電池自動車であること以上に、クルマとしてのドライバビリティの楽しさに気づいたことを購入動機として挙げた岡崎さんだが、意外にも最終的に背中を押したのはデザインだったという。
ここからはトレンドを見据えながら、アディダスやバートン、モンクレールなど、機能とデザインを高い次元で実現しなくてはならないブランドでデザイナーを務めてきた相澤さんに岡崎さんから質問が。
岡崎
MIRAIは全体のデザインは好きなんですが、僕は顔がもうちょっと頑張って欲しかった。リアはいいんですけどね。相澤さんはMIRAIの気に入った点、気に入らない点はあります?
相澤
僕は真逆で、顔が気に入っちゃたんですよ(笑)。MIRAIのフロント以外はむしろふつうに感じました。一瞬、レクサスにも見えるのかなと。なので、デザインはもっと差別化してもいいと思いました。
岡崎
なるほど、僕と相澤さんの意見が割れたこと自体、おそらくデザイナーの狙い通りでしょうね。MIRAIのデザインは決して万人向けではない。特に顔は個性が強い分、好き嫌いが分かれる。でもそれが魅力なんだろうと思います。
レクサスに似てるというのは、おそらくプロポーションですね。クルマのデザインは近くで見ると、フロントや面のハリ、メッキの質感といったディテールが目に付きますが、遠くから見たときのかっこよさってプロポーションなんです。その意味でMIRAIのプロポーションはLSと同じプラットフォームを使っているだけのことはあるなと。
相澤デザインでチャレンジすることはマスマーケットを想定したクルマでは、どうしても難しいじゃないですか。だからMIRAIがあえて好き嫌いが分かれるデザインを採用したのだとしたら、面白いと思いますね。
岡崎
僕はどうしてダッシュボードに「MIRAI」ってロゴが入っているのかと思いました。開発者に聞くといろいろと理由があるようですが、普通の人の目に馴染みやすい部分を残しているというのも、悪い意味ではなく、とてもトヨタらしいなと思いました。
相澤
トヨタのクルマのインテリアはステアリングを含めて、3D的な奥行きのあるデザインというイメージが強いです、どこかデジタルな香りがするというか。そこは他の日本車と比べて好きですね。
岡崎
ツルンとしているより立体的な方が、クルマらしい感じがありますよね。
相澤
これはまったく個人的な感想ですが、MIRAIは現在の日本に違和感なく溶け込みながら、この先の未来を感じさせる、あるいは意識してデザインされていると感じました。
「クルマと環境問題」
ファッションは環境対策が価値化しつつあります
ここから話は水素の話、そして環境問題の話へ。相澤さんからは自身が関わってきたファッションブランドの環境へのアプローチ、岡崎さんからは自動車産業が抱える課題とその解決策が話題に。
岡崎
MIRAIは走行中に二酸化炭素を出さずに、水素と酸素を取り込んで発電して走るというのが特徴です。
ですが、このエコという部分は実は購入動機においては、一番の理由にはなかなかならない。一番大切なのは買う人の気持ち。クルマを嗜好品として捉えている我々にとっては、そこが重要ですよね。
相澤
クルマを生活必需品として考えている方には、MIRAIは手が出しづらいかもしれません。でも、デザインや環境に関しての考え方は、今後は考えざるをえないと思うんですよ。僕も子供が3人いるので、彼らが生きる20年後はどんな環境になっているか大人は知らなきゃいけないと思うんです。
岡崎
環境問題は自動車産業にとって常に大きな課題です。
相澤
長らく仕事をしていたアディダスは2024年までにヴァージンポリエステルを使用しているメーカーとは取引しないと通達しました。先日、大手繊維メーカーの方と話した時にその話になり、アナウンスがあったそうです。これを機に日本企業を含めて、世界の企業が環境問題に対しての考えを持たざるをえないことになる。これはいいとこだと思うんです。
スポーツウエアもファッションもクルマも嗜好品の場合は、環境問題が購入の二番目の理由になってしまうところに、企業がメッセージを出すことによって、新しい考え方に繋がりますよね。
メーカーやブランドが関係会社に通達して、この問題をクリアすべく一緒に取り組んでいこうという考え方は、これからのファッションデザイナーに必要なことだと思います。
岡崎
イギリスは2030年にガソリン・ディーゼル車の新車発売を禁止、2035年にはハイブリッド車の新車発売を禁止としていますが、僕はこれには反対なんですよ。
フェイクファーやフェイクレザーを使う動きはいいと思うんですが、選択肢をなくして、法で縛り付けてしまうのは、この民主主義の社会の中でどうなんだろうと。そういうものは残してほしい気がする。
相澤
まずはアディダスを例に出しましたが、一方で、パタゴニアの創始者イヴォン・シュイナードは、いいものを長く使い続けるのが環境に対する正しいアプローチではないかと。だからいいものをつくろうと。そういう考え方を自動車業界はなくしてしまうのかなと。
いまだ漠然としていますが、僕は旧車も好きなので、どうなっていくのか興味があります。そのうちに古いクルマはガソリンを入れる場所がなくなったり、修理するエンジニアがいなくなったり、いいものを長く使うという考え方もなくなってしまうのかなという危惧はあります。
一方で、環境問題は商品価格やユーザビリティとも直結する問題。話題は水素のユーザビリティから水素ステーションの話題へと移行する。
岡崎
晴海、豊洲、有明と自宅の半径2㎞以内に3つも水素ステーションがあるので、僕にとっては水素の充填も便利です。今のところ充填に関してはほとんど問題ないですね。高速道路のサービスエリアに水素ステーションができればもう、パーフェクトです。
相澤
自分は目黒区ですが、調べたら近くに水素ステーションはないんですよね(笑)。
岡崎
ご自宅の近くに水素ステーションのない方には、MIRAIはオススメしません(笑)。ですが、水素ステーションは今後数も増えますし、使い勝手はよくなる一方です。
じゃあBEVと比べてどうかというと、まず僕はマンション住まいなので自宅で充電ができない。となると急速充電を使った運用になりますが、急速といっても最低30分はかかるなんて、せっかちな僕には無理です(笑)。その点、水素の充填は3〜5分なのでほぼガソリンを入れているのと感覚的に変わりませんね。
「クルマの未来」
やっぱりクルマはこれからも楽しくないと
岡崎
事故や排気ガスはクルマが生み出してきたネガティブな側面です。それをどんどん減らしていこうとエンジニアが必死に開発を進めてきた。クルマを安全にする、環境への負荷を減らすということは、今後さらに進められると思う。
でもそれだけじゃあ、楽しいことにならないと思うんです。安全とエコに注力したら、その分、クルマの楽しさを増すということもやってほしい。
相澤
僕もクルマ好きとして、同感です。
岡崎
僕がMIRAIを買った理由はまさにそこで、このクルマの開発者は安全と環境を左手に持って、ワクワク感を右手に持って開発したんだろうなと思えたんです。安全と環境だけやっていたらクルマはコモディティ化が進み、人件費とコストの安い国が勝つことになるだけです。
相澤
これからの新しいクルマという考え方は、このクルマを所有したいというデザインが大きく切り替わるタイミングなんだと思います。MIRAIはデザインのインパクトによって、これは新しいジャンルのクルマであるということを、トヨタが明確にメッセージを出したことは非常に面白いと思います。
どんどんと簡略化されていくことが良しとされる時代の中で、そうじゃないものが少しくらいあってもいいと思うんです。急速に変わりゆく時代に対し、これからクルマがどう進化し、フィットしていくのか楽しみです。
この対談は2021年4月に実施したものです。
岡崎五朗
モータージャーナリスト
1966年生まれ。東京都出身。青山学院大学理工学部機械工学科在学中から執筆活動を開始。新聞、雑誌、webなど多くの媒体に関わる。ハードウェアの評価に加え、マーケティング、ブランディング、コンセプトメイキングといった様々な見地からクルマを見つめ、クルマを通して人や社会を把握することがライフワーク。
相澤陽介
デザイナー
1977年生まれ。埼玉県出身。多摩美術大学染織科を卒業後、2006年にWhite Mountaineeringをスタート。Moncler W、BURTON THIRTEEN、adidas Originals by White Mountaineeringなどのデザインを手掛ける。2019年からは、北海道コンサドーレ札幌のディレクターにも就任。また、2020年春夏よりLARDINI by YOSUKE AIZAWAをスタート。現在は多摩美術大学の客員教授も勤める。MIRAI
グレード:Z 全長×全幅×全高(mm):4,975×1,885×1,470 ホイールベース(mm):2,920 車両重量(Kg):1,930 モーター定格出力(kW):48.0 最高出力<ネット>(kW〔ps〕/r.p.m.):134〔182〕/6,940 最大トルク<ネット>(N・m〔kgf・m〕/r.p.m.)300〔30.6〕/0-3,267 バッテリー種類:リチウムイオン電池 FCスタック最高出力(kW〔ps〕):128〔174〕サスペンション前後:マルチリンク式コイルスプリング ブレーキ前後:ベンチレーテッドディスク タイヤサイズ前後:245/45ZR20