レースの取材で会場を訪れていた自動車研究家の山本シンヤ氏。アポなしインタビューに快く応じてくれた。
レース開始直前、森田記者は、これから熱い戦いがはじまるサーキットを眺めているひとりの男性を発見。トヨタの決算解説でもおなじみ、自動車研究家の山本シンヤ氏だ。森田記者は絶好のチャンスとばかりに、アポなしで突撃。ジャーナリストの視点から水素エンジンへのチャレンジをどう見ているのか、話を聞いた。
これまでの積み重ねが水素エンジンに結びついている
最初に発表を聞いた印象は、「え、水素エンジンですか?」という驚きと不安だったという山本シンヤ氏。水素エンジン自体は、過去に他社でも開発されていたが、モータースポーツで使われるイメージはなかった。「本当にやるの?」と半信半疑だったという。
その印象は、目の前で走っているレーシングカーを見て、変わったのだろうか。
森田
どうですか、実際。
山本
あれ、ちゃんと走ってる、と。すごく言い方はヘンですけど、未知のエンジンがこれだけの速さで走っている。なんでそんなことできるの?と。
山本氏は、これまでトヨタが積み重ねてきた幅広い分野の技術が、今回の水素エンジンに結びついたのだと分析する。例えば、2017年に復帰し、参戦し続けているWRC(世界ラリー選手権)では、強い車体づくりの技術を磨いてきた。水素の扱いに関しては、2014年に燃料電池車(FCEV)の初代MIRAIを実用化しているから、安全性は十分に担保されている。さらに今回の水素エンジンのベースとしたGRヤリスのエンジンは、モータースポーツを念頭に置いて設計されているから、水素エンジンでネックになる高温高圧に強い。
山本
トヨタがやっているさまざまな研究を上手に使っていくと、実は水素エンジンってこんなに短いタイミングで、モータースポーツに実戦投入できるんだという、底力みたいなものを感じました。
レースはクルマと同時に人が鍛えられる
これまで長年モータースポーツを取材してきた山本シンヤ氏。やはりレースはクルマを鍛えるのだろうか。
森田
耐久レースを通じて強くなっていくクルマ、鍛えられていくクルマというのを、ずっとご覧になってきたのですか。
山本
クルマが鍛えられると同時に、本当に人が鍛えられるんですよ。「24時間を速く、安全に安心して走れるクルマって何?」というのが、この24時間に凝縮されているんですね。だから人間ドラマですよ。
そんな耐久レースの現場に、いきなり水素エンジンを投入するという判断について意見を聞くと、山本氏はハイブリッド技術の例を挙げた。
山本
トヨタがハイブリッドでモータースポーツに挑戦したのって、やっぱり24時間レースだったんですよ。2000年代前半(※正確には2006年)に北海道で十勝24時間レースがあったんですけど、そのときにGS(レクサスGS450h)で出たんですよ。
そのときも、「なんでハイブリッドで出るの?」なんて言われていました。でも最初の笑い話のような挑戦が、ル・マンの制覇につながってるじゃないですか。
世界三大レースのひとつに数えられるル・マン24時間レースで総合優勝を勝ちとり、WEC(世界耐久選手権)でも圧倒的な強さを誇るトヨタのハイブリッド技術も、今回と同じようにひとつの「前例のない挑戦」からはじまったのだ。
水素エンジンは「夢の扉を開けたエンジン」
もちろん、カーボンニュートラルに向けた挑戦という側面も重要だ、と山本氏。世界中が2050年のカーボンニュートラル達成という共通の目標に向かって努力している中、「モータースポーツは例外」という訳にはいかない。
山本
(カーボンニュートラルの時代になったときに)「モータースポーツをやったって別にいいでしょ。だって水素エンジンですよ」って本音で言えるじゃないですか。「排出するのは水蒸気だけですよね」って。
山本氏は、水素エンジンはモータースポーツに限らず、大きな可能性を秘めているという。「もしかしたら、自動車業界のいろんな問題がすべて解決するかもしれない」ほどのインパクトがあると見ている。なぜなら、自動車業界が過去100年以上かけて培ってきた内燃機関の技術を、すべて生かせるからだ。
森田
壮大な可能性が詰まった種を今日、われわれは、このあと目撃すると。
山本
そう。だから、「夢のエンジンじゃなくて、夢の扉を開けたエンジン」なんです。
「夢のエンジンは、もっと先に出てくるはずだ」と山本氏。今回の挑戦は、夢のエンジンへの扉を開けたところに意義がある。だからこそ、山本氏は今回の水素エンジンを「夢の扉を開けたエンジン」と表現したのだ。
森田
今日、相当楽しみじゃないですか?
山本
そうですよ。だから24時間寝られないんです。何が起きるか分からないから。