「認知症の方の外出は不安」と思っている人は必読。当事者が語る真実と前例なきデバイス開発

2024.09.20

認知症の方が外出中に迷う不安を解消する腕時計型の徒歩ナビ「ツギココ」。誤解や偏見の多い認知症に懸命に向き合っている

視力0.8の人に、キツイ度数のメガネをかけるか

認知症のことは視力で考えるとわかりやすい。

視力がすこし落ちて0.8になった人に、無理やりキツイ度数のメガネをかけると、逆に前が見えなくなり視力の悪化も早まってしまう。一方認知症は、症状が軽くても一律に「認知機能がない人」と烙印を押されてしまう。

症状が軽度ならもっと社会で活躍できるはずだ。だがそのためには、目的地に行かないと何も始まらない。だからこそ「徒歩移動」にフォーカスしたデバイスを考えたという。

先進プロジェクト推進部 山田主幹

高齢者には「スマホの操作が難しい」という声や、お出かけ時にスマホ自体を忘れてしまうこともあります。なので、ウェアラブル(体に着ける)なものにしました。

介護の世界は、人手で解決することが多い。でも少子化の日本では今後難しくなる。デジタルを進化させることで、介護の人手不足も解決できるかもしれません。

全国の100人以上の当事者と交流し、実証実験にも協力いただきアップデートしてきました。自身のためではなく「未来の当事者のために」と協力してくれる方も多く、なんとしても形にしたいんです。

トヨタには国内で約7万人の社員がいる。1つのプロジェクトに多くの人が関わっている。ツギココは3年前、山田が新規事業の公募制度で提案。たった一人で開発を進めてきた。

認知症になると運転免許は取消・停止になるが「返納後、移動に困る人の力になりたい」という強い想いが山田を動かしているのだ。

「トヨタを辞めたほうが、フットワークも軽く進められたのでは?」と聞くと、こんなことを話してくれた。

先進プロジェクト推進部 山田主幹

普及させることを考えたら、絶対にトヨタ内でやるべきだと思いました。

トヨタにはあらゆる領域の仲間がいて、別業務を抱えながらも協力してくれる同僚や、全力で背中を押してくれる上司や役員もいる。現場で学んだことを組織に戻せば大きなものにしてくれる。そういう風土があるんです。

社会課題に向き合う部署も多く、それらを線でつなぐことでいろんなことができる。ツギココを使ってオンデマンドバスを呼び、パーソナルモビリティに乗り換えて目的の建物まで行けたり…

一人では何もできないですが、社内外の多くの仲間のみなさんに支えられているんです。

その目には涙も見えた…。前例のない開発には幾多の苦労がある。でも、その苦労を超える仲間のサポートがあったのだ。現在は社内のメンバーも8人まで増えたという。

プロジェクトを始めるきっかけになった認知症当事者団体との伊吹山登山。当事者たちからも多くの期待が寄せられている

福岡市 認知症フレンドリーセンター 党センター長

日本では「認知症は保護対象」というレッテルを貼ってきた歴史もあります。なので、診断されても認知症だと認めない当事者も多い。家族がこっそり靴にGPSを忍ばせることもありますが、ツギココは「自分の意志」でつけることが大きな特徴だと思います。

冒頭の丹野さんもこう語る。

認知症当事者 丹野さん

ツギココは「家族が安心するためのもの」ではなく「本人が安心できるためのもの」。クルマの運転ではみんながナビで迷わなくなったように、ツギココのようなデバイスが広がれば世の中がガラッと変わると思うんです。

「どこにでも行ける気がする」との声が

ツギココは福岡市でも実証実験が繰り返されている。この日は福岡市内に住む女性が参加し、自宅から徒歩10分の何度も通っている病院へのルートで実証が始まった。

まずは、ツギココを着けずに病院へ。交差点ごとに左右をキョロキョロ。まるで初めて訪れた場所のようだ。何かを必死に思い出そうとするが途中でギブアップとなった…

そしてツギココを着用すると、矢印で進むべき道を案内されるため歩くスピードも格段と早くなり病院に到着。途中で道を行き過ぎたが、ツギココの案内で戻ってこられた。たった1つのデバイスでここまで違いが出るとは思わなかった。

次はバスに乗って初めて行く場所に挑戦。これは難関だ。

画面には停留所の写真だけでなく、次々やってくるバスに乗り間違えないように系統番号も表示。乗車後も「次の○○で降りて」と教えてくれるので安心だ。

途中の商店街では、お団子屋さんや花屋さんに立ち寄るなど散歩気分。ツギココによる安心感が余裕を生み出すのだろう。無事、博多町家ふるさと館に到着した。

庭を眺めながら「石段をケンケンパしたい」と笑顔で話す女性。「どこにでも行ける気がする」と嬉しそうだ。

「困ったら画面を見ればいいので、不安なくスースー歩けました。一人でお出かけは諦めていたけど知らない場所に自力で行ける。本当にこんなことが起こるんだ!とビックリです」と満面の笑み。

「次は、近所の海鮮丼屋さんに行きたい」と早くもやる気満々。様子を見守っていた山田はこう語る。

先進プロジェクト推進部 山田主幹

服の裾が長いとウォッチの画面にあたって反応してしまうなど、実証したから分かることも多く一刻も早く改善しようと思います。10分歩くだけでも誰かと交流できたり、季節の花を楽しめたり、歩いて移動する楽しさに改めて気付かされました。

大勢の方に何度も協力いただき、期待していただけるからこそ早く社会実装しなければと強く感じます。

今後は医療機関とも実証実験を進め、2025年度には小規模でも世に出すことを目指している。誰もがなりえる認知症。だからこそツギココのような「備え」が世の中の大きな安心になる。

住み慣れた町で、一日でも長く安心して暮らせるように山田と仲間たちの挑戦は続く。認知症になっても、お出かけの楽しさは決して忘れないのだから。

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