連載
2020.03.26
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第1回:「困っている人のために何かできたらそれで十分」【オリンピック聖火ランナー連載】

2020.03.26

電動義手に教わった誰かのためのものづくり。義手製作の輪をもっと広げるために、これ以上ない機会と語ったその想いとは。

はじめに

(トヨタイムズ読者の皆さまへ)
いつもトヨタイムズをお読みいただきありがとうございます。

この記事は東京2020オリンピック聖火ランナーに選ばれたトヨタ社員を紹介する記事として3月26日の聖火リレースタートに合わせて連載開始を予定していました。

聖火ランナーのみなさんは、自分のために走るということではなく、走ることで“他の誰かのために”何かを伝えたいという想いを持っている方々です。

しかしながら、東京2020オリンピック聖火リレーは延期が決まり、今は走ることができません。

走る姿を伝えることはできませんが、トヨタイムズは掲載を延期せず、彼・彼女達が、どんな想いを聖火に乗せて運ぼうとしていたかを伝えるため、予定通り記事を掲載してまいります。

「オリンピック聖火ランナー」~誰かのために走る人~ 導入編はこちら

パワートレーンカンパニー パワートレーン先行機能開発部
電力変換ユニット先行開発室 主任 城島悠樹
※オリンピック聖火ランナー選出時在籍部署

2008年にエンジニアとしてトヨタに入社した城島悠樹さん。ハイブリッドカーの設計部門に配属されて以来、一貫して自動車を走らせる動力源となるパワートレーンの技術開発に携わってきた。

最初にトヨタへ入社しようと思った動機について尋ねると、城島さんは真っ先に「ものづくりへの憧れ」を挙げた。

もともと父親が大工で、何もないところから家を造り上げるようすを間近で見ていて、「ものづくり」っていいなと思っていました。つくる方は使い手のことを思って一生懸命つくり、そうやってつくられたものをお客さんが喜んで使っている――。それが幼心には“魔法使い”のように見えて、自分も「ものづくりがしたい」と憧れましたね。

そんな城島さんは、今、トヨタでどのように「ものづくり」に携わっているのだろうか。

パワートレーンの開発には、自社生産している部品もありますが、関係会社が作るさまざまな部品も欠かせません。普段は自分の設計にもとづいて関係会社に開発依頼の書面を発行し、開発された部品が要求仕様を満たしているか、自動車に組み付けたときに正しく機能性するか、などをチェックしています。

ものづくりという観点でいうと、多くの部品は外部の関係会社と協働により「ものづくり」を進めるため、どうしても細やかな技術については協力会社に依存しがちになりますが、だからこそ自分もエンジニアとして、彼らについていけるだけの技術を身に付けなければいけないと思っています。

それと併せて、パワートレーンを構成する「部品」の設計だけにとらわれるのではなく、自動車という「製品」の全体を思いながら「お客さんはどう使っているのか?」という視点を大事にしたいと考えていますね。

電動義手に教わった誰かのためのものづくり

淡々と語る中にエンジニアとしての強い想いを感じさせる城島さんだが、実際に手を動かしているのは自分以外の誰か――という状況で感じていたのは、むしろ「ものづくりへの焦り」だったと言う。

自動車という製品を思いながら…と言いつつも、なかなか深く入りきれない実情があり、プラスαの何かで自分がなりたい姿に近づけたらとずっと思っていました。職場の他にものづくりを訓練したり、トレーニングする機会があってもいいんじゃないかと。そこで自分でものを作ってみよう、それもイチ部分ではなくてひとつの製品として作ろう、と考えたわけです。

そう思い立ち、動き出したことで出合ったのが、今まで一度も触れてきたことのない『電動義手』だった。

最初は何かを作ってみたいと思っていただけで、電動義手じゃなくてもよかったんです。いろいろ調べていく中で、たまたま『HACKberry』という電動義手の作り方を公開しているベンチャー企業を見つけて、ホームページに載っていたマニュアルを見ながら自力で作ってみたのが始まりでした。

でも、作り終わったときに感じたのは、達成感ではなくて虚しさでした。本来「義手」というのは人に使ってもらうことが前提の製品なのに、自分が作ったものを一歩引いて見たときに、誰にも使ってもらえないし、誰のことも思っていない。そう思ったらすごく虚しくてたまらなくなり、実際に使っているのはどういう人なのか見てみたいと思ったんです。

でも何のつてもないし、突然押しかけていって「どういう障がいですか?」とか「どんな思いですか?」なんて怖くて聞けないと思いました。そこで先のベンチャー企業の代表に相談したところ、彼が参加しているNPO法人の集まりを紹介してもらい、「いろんな人がいるから見に来たらどうですか?」と誘われるがままに参加したのです。

そこに2回、3回と通う中で出会ったのが、事故で親指より先の4本を無くされた男性でした。実は世の中にある義手は手首からすっぽりはめるタイプがほとんどで、その方は「義手には憧れるけど自分に合うものはないので…」と諦めているようでした。でもそのときのちょっと寂しげな口ぶりや、普段は明るく振る舞っている様子を見ていて、「この人のために何か作ってあげられないか」と素直に思ったんです。そこで「あなたの義手を作らせてもらえませんか?」と、自分から提案しました。

城島さんが「誰かのためのものづくり」をともにする“運命の男性”と出会ってからおよそ1年。公開されている電動義手製作の情報を参考に、公開者からのアドバイスやサポートも受けながら実作に励み、201912月に完成品をお渡しすることができたという。

最初の試作品は4ヶ月ぐらいで作ったのですが、使用者の男性に試着してもらいながらフィッティングする、要はその人が使いやすいように調整するのに残りの8ヶ月かかりました。特定の誰かに合わせてカスタマイズすることの難しさをあらためて感じましたね。

男性には実際に着けて使ってもらっていて、いろいろなものをつかむ動画を撮っては送ってきてくれるのが嬉しいです。その中で特にいいなと思ったのは、義手で娘さんとトランプをしているシーン。きっと今までは出来ていなかったことを、娘さんとすごく楽しそうにされているのを見て、「ああ、やってよかったな」と心から思いました。

実際の動画より

今となっては「ものづくりしなきゃ…」とか、関係会社と比べて「自分は遅れている…」と焦っていた気持ちがどこかに消えてしまって、本当に困っている人のために何かできたらそれで十分だなと思っています。

義手製作の輪をもっと広げるために

「ものづくりへの焦り」から始まった取り組みは、人から喜ばれる製品をひとつ作り上げたことで、新たな境地にたどり着いたのかもしれない。そのタイミングを見計らったかのように、城島さんの前に「オリンピック聖火ランナー」という機会が現れた。

「実はこういうことをやってるんですよ」と、上司にこれまでの義手製作について見せたところ、「一人でやって広げるより、もっと多くの人に知ってもらうことを考えた方がいいんじゃないか」とアドバイスをいただき、気づいたときには「(オリンピック聖火ランナーに)推薦したい。部長ともそのように話しているけどいいいかな?」と(笑)。

取り組みの内容がデリケートなので、よもや自分から手を挙げて聖火ランナーになろうとは考えませんでしたし、他薦で選考が始まってからも義手使用者の男性に意見を伺うなどいろいろ気を遣いました。でも実際にランナーに選ばれてみて、身の回りの人や職場の同僚にじわじわ広がっているのを実感しますし、この活動をさらに多くの人に知ってもらうにはこれ以上ない機会かもしれないと、今はとても感謝しています。

というのも、義手は誰でも同じように使えるパソコンや携帯電話と違って、人それぞれの手の形や障がいの度合いに合わせてカスタマイズする必要があり、多くの人に提供していくには自分一人では無理だと痛感したからです。

この課題を解決するためには、障がいを抱える本人やまわりで支える人たちが、自主的に作って使える仕組みがあればいいのではないかと思っていて、今回私が作ったタイプの義手製作マニュアルをまとめ、公開準備をしているのは、まさにその仕組みづくりのためです。

もちろん困っている人は国内にとどまらないので、日本語版の次は英語版を展開し、国外からの問合せにも対応したいと思っています。こうした情報発信を通じて一人でも多くのエンジニアに興味を持ってもらい、義手製作の輪をもっと広げていきたいですね。

「義手の製作期間中、妻にたくさん迷惑をかけたことは後悔してます」。取材を終えた帰り際、そう言って気まずそうな笑みを浮かべた城島さんは、一番近くで自分を支えてくれた家族への想いを確かめるようにうなずくと、再びエンジニアの顔に戻っていった。

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