2025年、明知工場から鋳鉄の火が消えた。半世紀にわたり鋳造と歩んだ工場は、電池工場へと生まれ変わる。変化を前向きに受け止める風土、鋳造の現場で育まれためんどう見の良さは、今も人々の中に息づく。新たな挑戦に向かう想いに迫る。
鋳造の技が電池に生きる
1990年に入社し、35年以上にわたりアルミ鋳造ひと筋でシリンダーヘッドを手がけてきた佐相剛工長は、2023年末、上司から「来年は電池工場に行ってきてほしい」と告げられた。
佐相工長
鋳造にしか携わってこなかった人間が、人間関係の構築も含めて一から取り組んでいけるのか、正直、不安もありました。ただ、「やれ」と言われればやるだけです。迷いはありません。全社から集まった一人ひとりが、同じようにチャレンジしているのだと思っています。
学ぶべき先は、やはりPPESの姫路工場だった。当初は出張の形で通い、半年ほどかけてようやく現場に溶け込めるようになったという。2024年5月からは10カ月間の出向に切り替わり、佐相工長はもう1人の工長とわずか2人で、100名を超える出向者の面倒を見る立場となった。
佐相工長
最初は、何をすればいいのかすら分からず、本当にアウェイな立場でした。結局、一番大事なのは人間関係です。「教えてほしい」と求めるだけでは相手も動いてくれません。一緒に汗をかき、悩み、解決していく中で、少しずつ信頼が生まれていきました。
一方、鋳造の技能そのものが電池づくりに直結する場面もある。学生時代からバッテリー研究に取り組み、トヨタに入社以来、電池の設計や生産技術に携わり続けてきた、グローバル電池推進部(現グローバル電池生技部)の土屋憲司CPL(チーフプロジェクトリーダー)。明知・下山(電池)両工場の生産技術を統括する彼は、その一例を挙げる。
土屋CPL
電池には「塗工」という工程があります。金属箔の上に、材料を百数十ミクロンほどの薄さで塗り重ねていく工程です。そのため、使用する治具もミクロン単位の精度で組み上げなければなりません。技能が充分でなければ、何度組み直しても狙った精度からずれてしまう。
鋳造にも、型を精密に組み上げる工程があります。作業そのものは電池とまったく異なりますが、基準となる定盤に対して部品をミクロン単位で合わせ込むという、指先の感覚そのものは変わりません。鋳造に携わってきた人は、電池用の治具でも必要な精度をぴたりと出せるんです。
モノづくりの対象は一見まったく違っていても、要素技術まで分解していくと、匠の技には驚くほど多くの共通点があるんです。
2020年に期間工として明知工場で働き始め、2024年に正社員となった藤村紗妃は、鋳造部でシリンダーヘッドづくりに携わってきた。2025年7月、鋳造ラインのシャットダウンを機に、自ら電池への異動を希望したという。
藤村
鋳造部にいた頃は、経験豊富な先輩から教わることばかりだったのですが、電池工場ではみんなが初心者です。だからこそ、一緒に問題を解決していきたいと思いましたし、自分が鋳造で身につけた知識を発信することで、成長につなげたいと考えました。
配属直後はラインが思うように稼動せず、設備がどう動くのかもよく分からないまま、要領書とにらめっこする日々が続いたという。それでも藤村さんは、鋳造にいた頃とは違うやりがいを見出している。鋳造でつくっていたエンジン部品は、完成後にどのクルマへ搭載されるのか分からないことがほとんどだった。
だが電池なら、街でトヨタのBEVを見かけたときに「自分がつくっているんだ」と実感できる。そう周囲に話せることが、いまの励みになっているという。
土日のない工場で働き方をゼロからつくる
明知工場が電池工場に生まれ変わるうえで、最も高いハードルの一つが「働き方」そのものだった。明知・下山工場の電池生産立ち上げに携わったグローバル電池製造部前部長の大久保淳郎は、電池製造の特殊性をこう説明する。
大久保前部長
電池は生ものなんです。時間とともに変化していく材料を扱いますし、一度加工を始めると途中で止めることができません。だからトヨタとして初めて、土日も含めた稼働に踏み切りました。
だが、それは長年、月曜から金曜の稼働を前提としてきたトヨタの働き方の常識を覆す決断だった。大久保たちは、働き方のルールを協議する労働組合と、1年以上かけて交渉を重ねたという。
現場に落とし込む過程でも、改善は重ねられた。電池製造準備室で人材の受け入れを担ってきた同部の藤田貢次長は、姫路工場に出向したメンバーから伝わってきた11時間労働の負荷を踏まえ、勤務体系そのものを見直したと語る。
藤田次長
PPESの姫路工場は、1直あたり11時間の勤務でした。トヨタは1直8時間程度が基本ですから、11時間はさすがに長いだろうと考え、8時間ずつの3交代によるスライドシフトに組み直しました。中間の時間帯を担当する人が、前後をサポートする形です。
現在は、課長を中心に1直と2直の間で申し送りができるように勤務時間帯を調整するなど、現場発の改善も生まれています。どう変えていくべきか、みんなで考えながら進めている段階です。
だが、納得してもらうべき相手は労働組合だけではなかった。すでに触れたとおり、明知工場の電池部隊は全社の拠点から人を募った混成チームである。新しい勤務体系のもとで働いてくれる人を送り出してもらうには、その元となる各工場の理解も欠かせなかった。大久保前部長は、その説得にあたった日々を振り返る。
大久保前部長
「土日は休めないらしい」という印象の強さばかりが先行して伝わってしまう時期もありました。それでも、こういう選択的な働き方もできますという説明を、各工場を回って重ねていきました。実際に働き始めてみると、アンケートでは「この勤務形態は悪くない」という声のほうが予想以上に多く上がってきました。
この新しい勤務体系のもとで実際に働くのが、佐相工長、藤村たちである。早番・中間・遅番の3つの帯を、4日ずつ働いては2日休みながら順に渡り歩いていく「スライドシフト」だ。取材が行われたのは、ちょうど二人の勤務サイクルの最終日にあたる日だった。
「もう5日勤務には戻れないでしょうね。平日にどこかへ出かけたり、食事に行ったりできることをメリットに感じている人が多い印象です」(佐相工長)
「私も一人で出かけるのが好きなので、平日に買い物ができるのはありがたいです。5日連続で働く方が、むしろ今では大変だと感じます」(藤村)