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「粉じんも騒音も出さない工場を」地域と共に歩んだ明知工場、半世紀の鋳造史

2026.10.01

トヨタの工場の歩みと、未来への挑戦を紹介する連載「トヨタ工場の継承と進化」。今回は、鋳造と機械加工でトヨタの主力車種を支えてきた明知工場。2025年、半世紀にわたる鋳造の歴史に幕を閉じた明知で、受け継がれてきたものとは――。

鋳造の火が消えても、匠の技は次の現場に生きる

時代とともに、明知工場の鋳造部門は大きな変化を迎える。2000年代に入るとユニット生産の集約・再編、いわゆる「寄せ止め」が進み、生産ラインは徐々にグループ企業や協力会社に移管され、縮小していった。

長年にわたり鋳鉄ラインに溶けた鉄を送り続けてきた溶解炉「キュポラ」も、2010年にその役目を終えている。操業停止式では、「キュポラの火が消えても、明知鋳造の火は燃やし続けよう」という言葉が、参加者の間で誓いとして交わされたという。

その言葉どおり、鋳鉄ラインそのものは半世紀近くにわたって稼働を続け、明知工場の鋳造を支え続けた。そして2025年、明知工場最後の鋳鉄ラインがシャットダウンを迎えた。明知工場から鋳鉄の火が消えた瞬間である。

鋳鉄ラインのシャットダウン式の様子(2025年)

シャットダウン式では、最後まで現場を率いた当時の課長が、村井さんにこう語りかけたという。

「最後の日が、一番奇麗な状態になるよう努めてきました」

村井さんはその言葉を耳にして、マスクレス活動から四半世紀を経てなお、現場を磨き続けるという精神が受け継がれていたことに、深い感慨を覚えたという。

鋳造ラインの火は消えても、そこで培われた技術と精神は、形を変えて現場に息づいている。その息づかいを、いまも動く2つの現場に見ることができる。

過去一のラインを次代へ

1990年代初頭、堤工場や三好工場、元町工場など各拠点に分散していたディファレンシャル(デフ)生産ラインが明知工場へと集約され、以来30年以上にわたってデフ製造を専門に担ってきたのが第1DL(ドライブライン)製造部である。

もっとも、2023年前後にはドライブライン事業の競争力強化を目的に、デフ生産ラインは三好工場へと再集約されることになった。明知工場に残ったのは、ランドクルーザー250など大トルクを要する一部車種専用のラインのみである。

1991年に入社した山本勝巳課長は組付担当、翌1992年に入社した川岡己由工長は加工担当と、長年デフづくりの両輪を担い、互いに切磋琢磨しながらキャリアを重ねてきた。

デフは車輪の左右の回転差を調整する重要な駆動部品であり、わずかな精度のズレが異音などにつながる。なかでもギアの加工には高度な技能が求められると、川岡己由工長は説明する。

川岡工長

デフの歯車は湾曲していて、加工方法が複雑です。昔は、いわゆる“カン・コツ”がすごく必要な作業で、専用の測定器をあてがいながらダイヤルゲージで寸法を確認し調整するような作業を、感覚を頼りに行っていました。一人前になるまでには3年ほどかかります。

時代とともにデジタル化が進み、NC加工機の導入でだいぶ楽になりましたが、それでも昔ながらのカンコツ作業が伝承されてきたことが、今の第1DL製造部の文化になっています。

近年はハイブリッド車(HEV)をはじめ電動化が進み、明知工場が手がけるデフの種類も大きく絞られてきた。そして2026年、デフ生産ラインは役目を終え、設備をそのまま協力会社のジェイテクトギアシステムへ移管するという、大きな節目を迎えている。この移管にあたり、山本課長たちが掲げてきたのが「過去一のライン」を送り出すという目標だ。

山本課長

ジェイテクトギアシステム様に設備を送るために、今まで以上に止まらない、故障しない、きれいなラインを目指しています。歩留まり(つくった製品のうち、良品として使える割合)はすでに98%を達成していますが、残りの2%がどうしても難しい。なんとか1%でも上げて、これまでにない、我々のDNAを引き継いでいくラインを渡したいと考えています。

明知工場のラインは、設備が古いという難しさがありますが、壊れないように整備を重ねながら、人のレベルもラインの出来高も、両方上げていかなければいけません。最も重要なのは、結局のところ人材育成なんです。

自分たちの手で改善を重ね、育ててきたラインだからこそ、寂しさもある。それでも、次の担い手に託すその瞬間まで、改善の手を止めるつもりはない。川岡工長は、ラインを前にこう語る。

「改善は最後まで止めません。改善することによって学べることが、たくさんあるんです。そこで得た知識や経験は、次の職場に行っても必ず活きるはずです」

現在、デフ製造ラインではジェイテクトギアシステムのスタッフを迎え入れつつ、「過去一のライン」を目指して改善が進められている

アルミ鋳造の新たなる挑戦

もうひとつ、明知工場の鋳造の技を今に伝える現場が存在する。鋳造から電池生産へと役割を移していくなかで、唯一残されたアルミ鋳造の現場「GR鋳造課」だ。

同課の西山利夫副課長は、ここで手がけているのが、トヨタのモータースポーツ活動を象徴するGR GTの部品だという。

西山副課長

私たちが担当しているのは、V8エンジンのブロックとヘッド、そしてボデー用の9個のアルミ部品です。この9部品によって、フレームが構成されています。

レーシングカーに求められる精度を満たす鋳造を支えるのが、「塗型(とがた)」と呼ばれる職人技だ。金型の表面にセラミック系の塗料を吹き付け、溶湯と金型が付着しないようにする工程である。膜厚は100から260ミクロンほど必要だが、一気に吹き付けると不良の原因になるため、
30から40ミクロンずつ塗り重ねていく必要があるという。

GR GTの部品開発では、これまでの常識を覆す新たな工法にも挑戦している。シリンダーヘッドの燃焼室部分は、エンジンの性能を左右する重要な箇所であり、軽量化と強度を両立することが課題だった。そこで採用したのが、通常の鋳造する際の製品姿勢とは天地を逆にした「倒立低圧鋳造」という工法である。

西山副課長

通常のシリンダーヘッドは製品下部から溶湯を流し込み上部から固めていくため、下部にある燃焼室部分が最後に固まることになります。最後に固まる部分は組織が粗くなりやすく、強度が出にくい。それを逆さにすることで、燃焼室部分を最初に固めて高密度な組織をつくることができるんです。単純に逆さにしただけのようですが、これが非常に難しいんです。

やはり、いいものをつくりたいという思いがあります。私たちが持っている技術や知見を、新しい部品の開発にフィードバックしながら、チームとして次の世代につなげていかなければいけないと思っています。

50年前と変わらないもの

明知工場の事務館前の通路には鉄とアルミの鋳造の歴史を記したオーナメントが埋め込まれている

1973年、公害という社会課題に向き合いながら誕生した明知工場。その理念は、半世紀を経て形を変えながらも、現場に脈々と受け継がれてきた。高橋工場長は、この50年をこう総括する。

高橋工場長

明知工場は、50数年前にできた当時とあまり変わっていないような気がします。時代の変化に対応しながら改善し続けること、生産技術を発展させていく開発拠点であること。そこは変わらない。ただ、それをやり遂げるのは結局のところ人であって、人は人材育成によって育っていくものだと思っています。

鋳造工場としての役割を終えようとする現在もなお、人を大切にする姿勢と、現場で技を磨き続ける文化は変わらない。


進化編では、明知工場が新たに担うことになった「電池工場」としての挑戦に迫る。

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