トヨタの工場の歩みと、未来への挑戦を紹介する連載「トヨタ工場の継承と進化」。今回は、鋳造と機械加工でトヨタの主力車種を支えてきた明知工場。2025年、半世紀にわたる鋳造の歴史に幕を閉じた明知で、受け継がれてきたものとは――。
「きつい」をなくす現場改善
「汚い」「危険」への取り組みが現場の意識を変えていったのと並行して、明知工場がもう一つ向き合ってきたのが「きつい」という課題である。1983年に入社し、長く設備保全と製造準備に携わってきた製造技術部の鹿島利夫主幹は、「きつい」の正体は鋳造部品の重さにあったと語る。
鋳造の最終検査はすべて目視検査であり、扱う部品は鉄製で5kgから20kgを超えるものまであった。当時、作業中に一人が持っていい重量は女性12kg、男性20kg未満とトヨタのルールで定められていたが、それでも1日に何百個と持ち上げるとなれば相当な負担になる。
そこで明知工場が掲げたのが、「7kg以上の部品は持たない」という独自の目標だった。だが、当時扱っていた部品の半数以上は7kgを超えていたという。
鹿島主幹
7kg以上を持たないようにするには、ロボットで人の作業を自動化するか、ホイストなどでアシストするか、あるいは持ち上げるのではなく滑らせるか、という選択になります。10kgの部品でも、滑らせれば2〜3kgの力で動かせますから、そういう方向に少しずつ取り組んできました。
設備改善のなかでも、ロボットによる自動化には大きな困難が伴ったと鹿島主幹は振り返る。人が見ただけで瞬時に判断できる作業も、ロボットはカメラでの認識と演算に時間がかかる。
それでも2000年代以降ピッキングソフトの精度が高まり、2010年代にはランダムに積まれた鋳造部品をロボットが自動で取り出せるところまで実現した。こうした地道な改善が積み重なり、鋳造から最終出荷までの工程のうち、ほぼ9割が自動化されるまでになったという。
こうした作業負荷の軽減は、明知工場に勤める女性の働き方も変えていった。最初はリフトに乗る作業など力のいらない仕事から始まり、多能工として活躍する場が広がっていったと鹿島主幹は語る。かつて男性中心だった現場に、いまでは女性の姿も珍しくない。
地域とともに、という思い
無窓式工場という理想を掲げて誕生した明知工場だったが、前述の通り初期の集じん機は性能が安定せず、粉じんを完全に抑え込むことはできなかった。村井さんはこう振り返る。
村井さん
集じん設備と脱臭設備を十分なレベルで設置していたんですが、想定したようにはいきませんでした。従業員の駐車場のクルマに鉄粉が付着してしまうことがありました。
工場の近隣に事務所を構え、集じん機・脱臭装置のメンテナンスも担ってきた地元の協力会社・豊誠工業。1973年11月の設立以来、明知工場とともに歩んできた同社の伊藤正彦社長と伊藤博文役員は、地元である明知下区の区長を務めたこともあり、住民の立場からも工場を見続けてきた。伊藤社長は当時の様子を振り返る。
伊藤社長
まれに弊社の駐車場に粉じんがたまることがありました。北風が吹くと、工場から弊社の事務所の方へ、風に乗って届いてしまうんですね。
こうした問題に向き合ってきたのが、明知工場で40年以上にわたって環境対策を担い続けてきた籏である。
籏
洗濯物の汚れや農作物への影響など苦情が入るたびに、説明と謝罪にうかがいました。技術的に難しかったのは、粉じんが漏れていてもすぐに原因を掴みにくいところでした。最終的には、発電所で使われていた高性能なモニターを集じん機の煙突に取り付けて常時監視するようにしました。フィルターの性能向上と、このモニターへの切り替えが大きな転換点でした。
地域にご迷惑をおかけしないというのは、常につきまとう課題です。何を生産しても、そこは同じです。
1985年には、地域住民・行政・工場の三者が集まる「地域環境保全連絡協議会」が発足。籏自身も、住民代表の方と一緒に定期的に粉じん・臭気・騒音・振動について工場周辺を定点測定し、結果を報告しながら意見交換を重ねてきた。
こうした地道な改善が実を結び、1998年には環境マネジメントシステムの国際規格「ISO14001」の外部認証を取得。以降、地域への悪影響や苦情はゼロを継続している。住民代表として連絡協議会に関わったことがある伊藤社長は語る。
伊藤社長
一報を入れれば、担当者がすぐに飛んできて対応してくれました。連絡会があること自体が、工場への信頼につながっていたと思います。人の顔が見える工場というイメージがありますね。
地域貢献の取り組みは現在までさまざまな形で続いている。地元小学校の工場見学受け入れ、工場周辺の用水路沿いに生息する外来種・オオキンケイギクの駆除といったボランティア活動、そしてコロナ禍にあっては、明知工場に在籍するトヨタ自動車ラグビー部「ヴェルブリッツ」の選手たちのユニフォームを再利用してマスクを手づくりし、地域住民へ無償で配布したこともあった。