トヨタが高速道路の工事現場に?作業をラクにするための"バーチャル現地現物"って一体なに!?
建設から50年を経てリニューアル・ラッシュを迎える高速道路。
そこで作業をラクにするために活躍しているのが、施工シミュレータ「GEN-VIR(ゲンバー)」だ。現地現物ならぬ“バーチャル現地現物”という聞きなれない言葉も登場。トヨタが工事現場でしていたこととは・・
「ほふく前進」で出勤するトヨタ社員
今回やって来たのは、多摩川河川敷。ここに謎の場所へ向かうトヨタ社員の姿が。関係者しか入れない急な階段を上がると、そこはなんと・・
鉄骨が入り組む、高速道路の橋桁の中だった。
慣れているのであろう。突如、なんのためらいもなくトヨタ社員はわずか50cmほどの隙間を這いつくばり、ほふく前進し始めた。
ヘルメットやゴーグルを装着。現場で働く方の管理のもと、安全に配慮しつつ“あることの成果”を現地現物で確認するために、さらに先へと向かっていく。
ハシゴを登ってたどり着いたのは、東京都と神奈川県をつなぐ東名多摩川橋の上。一日約10万台が走る、日本で三番目に交通量が多い高速道路だ。
猛スピードのクルマが次々と走り抜けていく場所。なぜここにトヨタ社員が出勤しているのか。
“バーチャル現地現物”の謎が明らかに
トヨタは、工事現場で働く人をラクにするための施工シミュレータ「GEN-VIR」を開発。この場所は、トヨタの改善を、コンクリート総重量1万トンの巨大工事現場に取り入れる“壮大な実証実験場”なのだ。
まずはどんな工事が行なわれているのか、シミュレーション動画を見ていただきたい。
今回のシミュレーション実証は、大林組との共同研究。建設から約50年を経て老朽化した高速道路「東名多摩川橋」の路面である床版を取り換える工事である。
高度成長期につくられた多くの道路が寿命を迎えつつある今、建設現場はリニューアル・ラッシュ。今後も大規模な工事が増えるものの、建設業界では深刻な人手不足に悩んでいる。
そこで求められているのが、働く人の負担を少しでも軽減すること。
首都圏をつなぐ高速道路を通行止めにすることは難しい。そのため分割して作業をする必要があり、関わる人や日数も大規模となる。さらに天候や作業人員など、条件も刻々と変わっていく・・
だからこそ、リアルな現場をシミュレーションで再現する「バーチャル現地現物」が必要だったのだ。クルマづくりの工場とは違った複雑な現場でも、改善は通用するのか。
未来創生センター 伊東裕司 第2インフラシステムグループ長
極力手を止めることなく作業できるように、作業内容や手順を整える「整流化」という改善に取り組みました。
クルマの運転を例にすると、流れのよい道路の場合、渋滞に巻き込まれたり、赤信号で止まったりすることも少なく、一定の速度で走り続けられ、目的地に早く着けます。燃費も良くなりますよね。
つまり、流れを良くすることはムダな時間をなくし、働く人をラクにすることになります。さらには工期も短くなり、利用者のうれしさにもつながっていきます。
しかし働き続けると当然疲れる。そこで肉体的負担が少なく、疲労回復の時間までを考えたラクな工程をシミュレーションすることにも挑戦。
結果、作業時間は20%低減。作業にかかる人員も20%低減に成功。シミュレーション上とはいえ、トヨタも大林組も大きな手応えを感じた。
作業員の仕事をラクにしたい
「繰り返しの作業が続く場所では、トヨタの改善が確かな効果を発揮する」。そう語るのは大林組・大林道路JV(以下、大林組JV)の兼丸所長だ。
大林組JV 現場所長 兼丸隆裕さん
「誰かの仕事を楽にしたい」と豊田会長がおっしゃるように、大林組としても最終目的は同じ。そのための効率化です。
新設よりもリニューアルの方が、技術的にも難しく、拘束時間も長い。さらに作業員への負担も大きい。
今後、工事が増えていくなかで、生産性を上げつつ作業負荷も軽減しないと建設業の未来はないと危機感を感じています。
シミュレーション結果を、リアルな現場に採用することで多くの作業員がラクになっていく。しかし取り組んだのはシミュレーションだけではなかった。
トヨタの現場には、作業順を見える化する“かんばん”がある。この現場ではビブスの色をかんばんとして応用。チームごとにビブスの色を分け、誰がどの作業をしているかを明確にしたという。
大林組JV 兼丸所長
これまでは、高速道路が渋滞する前に作業を終わらせようと、よかれと思って昼休みを取らずにどんどん次の作業を始める作業員が多くいました。誰がどの作業をしているかが混在していたのです。
作業のメリハリをつけるため「この色のビブスを着たら、ほかの作業はしない」という簡単な約束事で作業を整流化できました。
また、画期的なのが、作業員の疲労をチェックするシミュレーションを取り入れたことだ。
伊東 第2インフラシステムグループ長
「腕を上げた姿勢をどれだけ維持できるか」というデータがあって、それを元に疲労度合いを試算しています。豊田中央研究所と共同研究で、100%中、どれだけ作業員の体力バロメーターが残っているかを示すものです。
まるで格闘ゲームで「残りの体力」が見えるイメージだ。
数々の試みの結果、作業員からは「昼飯が取れるようになってありがたい」「ゴールへの区切りが見えて精神的にラクになった!」などの声が届いた。
しかし、現場の職人のなかには「こんなのできるか!」と言いたげな怪訝な表情をする方もいた・・