『ジャパンモビリティショー 2023』に参加した、革新的なスタートアップに焦点をあてる「モビリティの未来を担う仲間たち」。第3回は、自分の声で録音した行き先ガイドによって移動をサポートする「LOOVIC」を取材。
2023年秋に開催された『ジャパンモビリティショー2023』。自動車産業のみならず、多様なモビリティ関連企業が一同に会し、「未来の日本」を創造する場として東京モーターショーから名称・コンセプトを変更し開催された。
この連載では、『ジャパンモビリティショー 2023』に参加した、革新的なスタートアップに焦点をあてていく。未来をともにつくる仲間たちが、モビリティをどう考え、どのような想いで事業を展開しているのか。ジャパンモビリティショーから生まれる物語、その先に広がるモビリティの可能性を探っていく。
人がそばにいるような移動支援サービス
LOOVIC(ルービック)は、自らの声でルート案内を録音&シェアすることで、大切な人の移動を支援するサービス。利用者はイヤホンから聞こえてくる知り合いの声を頼りに、画面を見ることなく、まるで一緒に歩きながら移動しているような感覚で目的地へ到着できるのが特徴だ。
「従来の地図サービスはとても便利ですが、スマートフォンを凝視する時間が増え、周囲を意識できないことが多くあります。LOOVICは、見落としてしまいがちな景色と共に移動ポイントを伝えることができるので、楽しみながら安心して目的地に向かうことができるんです」
そう語るのは、LOOVICのCo-founder & CEOである山中 亨さん。当初は、空間内にあるモノの配置をうまく認識しづらい、景色を覚えにくく忘れやすいといった「空間認知障害」の方の自立をサポートするために生まれたサービス。しかし現在では、各種モビリティでの安全支援と併用した活用など、幅広い層に向けた広がりも期待されている。
LOOVICは、2022年にトヨタモビリティ基金の「Mobility for ALL」部門で採択され、岡山国際サーキットなどでの実証実験にも参加。また、山中さんは「モビリティ」をキーワードにさまざまな情報を集めていることもあり、『ジャパンモビリティショー 2023』の開催はニュースなどで早くから認識していたという。
「モーターショーが生まれ変わり、すべての移動を意味するモビリティショーになったのであれば親和性が高いだろうと思いました。実際、我々のブースにもたくさんの方が足を運んでくださって、大量に持っていったリーフレットがすべて無くなりました。こんな経験は初めてです。」
出展後は、スズキとシニアモビリティのイベントで協力する関係になるなど多くの反響があった。また、取材オファーも増えたと語る。
「クルマ専門誌『ahead OVER 50』の取材では、インタビュアーの方がラリーにおけるコドライバー経験者で、“LOOVICは移動する人の視点に立って案内するところが、コドライバーの視点とまったく一緒です”と言われたのが印象的でした。これまでは歩行者の視点しかなかったのですが、クルマだけでなく自転車やパーソナルモビリティといった、さまざまなものと相性がいいことがわかったのは、モビリティショーに参加したおかげです」
「答えを教えすぎないこと」の難しさ
LOOVIC開発のきっかけは、山中さんのお子さんが空間認知障害だったことにある。しかし、子どもが生まれてすぐに開発に取り組んだのではなく、自身のキャリア形成と共に自然と起業という選択肢が生まれた。
それは、アイリスオーヤマでものづくりの現場を見たことに始まり、NTTPCコミュニケーションズや、Amazon Web Servicesなどで通信やクラウドの知見を蓄え、最終的にIoT関連のスタートアップで新規事業開発を経験したことから来ている。
「スタートアップで働くなかで、自分でも何か社会を変えることができるのでは?と思うようになりました。それを機に自らを見つめ直してみると、人とは違った経験を家族を通じてしていることに気づいたんです」
空間認知障害を抱えていた長男は、周辺の情報を覚えることが苦手なため、そもそも自分がどこにいるのか理解しづらく、何を目印にどの方面に向かえばいいのかを認識しづらい。中学からは電車で通学する必要があり、中学1年の一年間は、行き方を覚えられないため毎日一緒に登校する必要があったという。
「その経験から、同じ障害を抱える方々が自立して社会に出るにあたり、何かしら困らないものを作れないか?と考えるようになりました」
最初に注目したのは、アレクサなどのAIアシスタント技術と、Bluetooth電波を感知して位置情報を把握するビーコンだった。そのふたつを組み合わせることで、空間認知をサポートできないかと考えたのだ。
「最初に挑戦したのは、当時流行っていたリング(指輪)型のデバイスでした。しかし、バッテリーの問題で断念。その後も、触覚デバイスを付けることで腕を引っ張られる感覚が得られる技術を用いるなど、さまざまなことを試しました」
腕ではなく肩や首にかけるデバイスを新開発し、完成形として見えてきたのが、先述の岡山国際サーキットでの実証実験にも使用していた「音声」と「振動」によるサポート。音声サポートをしながら、肩に付けた触覚デバイスが曲がるべきタイミングで振動するというものだ。「右・左というのを直感的に理解しづらい人もいるため、そういう方には音声だけでは足りず、向かうべき移動方向の音声と、振動の方向を一致させることでより多くの人達を助けられる」と考えた。
「実証実験をしてみて、右・左というのは理解できるし、とてもわかりやすいのは思っていた通りでした。しかし、特に子供は、考えずに右・左の指示に従ってしまうんです。車が走っていても、そのまま車道に出てしまうので危険でした」
答えを教えすぎると、頼りすぎて自分で考えなくなってしまうリスクがある。開発当初から大切にしていたのは「答えを教えすぎないこと」であったにも関わらず、過度なサポートになってしまっていると感じていた。
苦渋の決断から生まれた最適解
しかし、振動があればもっと多くの人たちを助けられるという信念もあり、触覚デバイスの開発を進め続け、ほぼ完成というところまで進んでいった。
「2023年に出展したCESで各種ブースを見た結果、デバイスを売りにするとアジア系の企業が約1カ月で似たような製品を作ってしまうことに気づいたんです。お金のないスタートアップが2~3年かけて開発したものを、すぐに真似されたら敵わない。振動で伝えるデバイスのメリットはあるのですが、思い切って音声だけに絞りました」
デバイスは捨てがたいが、モノづくりと得意な会社といつか組めばいい。そうして、アプリをインストールしたスマホとイヤホンさえあれば完結するLOOVICが誕生。それが意外にも功を奏した。
「空間認知障害の人は聴覚優位の方が比較的多いんです。視覚にズレなど、やや弱さが出やすいので聴覚が発達する。音声は過度な支援にならず最適だったわけです。さらに、市販されているイヤホンであれば、人と違うものを装着することに抵抗を感じる障害をお持ちの方にも普及しやすいですし、方向感覚に自信がない人も気軽に使うことができる。活用範囲の広がりを感じました」
さらに、フォスター社から発売されている9軸センサ(3軸加速度・3軸ジャイロ・3軸コンパス)搭載イヤホンを使えば、曲がるべき方向から音声が聴こえてくることが可能に。このように、今後は他社のデバイスと組み合わせながら、さらなるブラッシュアップを目指す。
「振り返ってみると、子どもが幼い頃に、家族が声で向かうべき目印や方向などについてヒントを出しながら道を覚えさせていました。また、本人は極度の心配性でもあり、常に家族がそばにいなければ不安を持ちやすくなるタイプでもありました。特別なアイデアでもなく、単純に今までやってきた自立のための外出トレーニングをそのまま技術化した。原点に戻ったわけです」
「空間認知障害」と一言で言っても特性はさまざま。周辺情報を記憶していく外出トレーニングを繰り返すことによって解決をしていけるものだが、その程度の差には個別性が高い。ヒントの教え方も本人に合ったものでなければならず、LOOVICでは、使用する場所と、その場所で聞き慣れたアナログな声を一致させることで、本人の個性を理解している人からの情報であると信頼してもらい安心して使ってもらうことを大切にしている。コンセプトをしっかりと伝えるためにも、現時点では音声ナビガイド(ナビゲーション&ガイド)をオープンにシェアすることはおこなっておらず、あくまでも、自分の大切な人のために録音したナビ音声を仲間内でシェアする機能に留めている。
「まずは、私たちの事業の認知度を高めていきたいです。そこを踏まえたうえで、最近では動物園や植物園などレジャー施設と連携した実証実験もスタートさせています。あとは観光地での活用も進めています」今後、さらなる発展が期待されるLOOVIC。
最後に、本連載のお決まりでもある「モビリティとは?」という質問に答えてもらった。
「動詞のムーブが名詞になったものがモビリティ。つまり、自発的に動くことを、何かしらのカタチとして表現したものがモビリティだと考えています」