自らを「しんがり」と称する豊田章男会長。在任14年で守り抜き、遺したものとは? 最後の議長席から涙ながらに届けたメッセージ。
トヨタ自動車の株主総会が、6月14日、本社のある愛知県豊田市で行われた。今年は、豊田章男会長が議長を務める最後の会。3,774人の株主が足を運んだ。
会場では、豊田社長時代の14年間の総括、新体制が継承するもの・変えるもの、トヨタの電動化戦略など、11の質問が寄せられ、登壇者が自らの想いとともに、トヨタの取り組みについて説明した。
なお、総会では豊田会長や佐藤恒治社長ら取締役10名の選任をはじめとする3つの議案が可決された一方、気候変動に関する定款変更を求めて出された18年ぶりの株主提案は否決された。
全ての審議を終え、豊田会長があいさつをした。
しんがり社長が守り、遺したもの
豊田会長
この14年間、私の役割は、「しんがり役」だったと思います。「しんがり」とは、昔の武士の時代に例えると、負け戦に臨むときに、みんなが退却できるように砦を守る役割です。
私にとっての敵は、「トヨタらしさ」を忘れてしまった企業風土であり、守ろうとしたものは、「モノづくりの現場」と「トヨタの未来」だったと思います。
そして、「しんがり社長」の私が遺せたものがあるとすれば、それは、未来を担う「人」だと思います。
「あなたは何屋さんですか?」そう聞かれたときに「クルマ屋です」と胸を張って言える「人」だと思います。
最初は「誰からも望まれない社長」でしたが、トヨタの長い歴史の中では、こうした役割の社長が必要だったのではないかと、今では思っております。
37万人が示したこと
私が経営のタスキを託した佐藤社長は、グローバルトヨタ37万人とその仲間に対し、こう呼びかけております。
「クルマの未来を変えていこう」。今のトヨタに、この言葉を笑う人は誰もいません。
佐藤社長を見つめる眼差し、ひと言たりとも聞き漏らすまいとする姿勢。トヨタの仲間の姿からは「やりましょうよ!」という声が聞こえてくるようでした。
そこにいる全員がクルマ屋でした。私には、それが何よりもうれしかったのです。
グローバルトヨタ37万人が私に示してくれたこと。それは「自分と未来は変えられる」ということです。
佐藤社長をキャプテンとする、これからのトヨタが、多くの仲間と一緒にどんな未来をつくるのか。私はそれを見てみたい。心からそう思っております。
「一年で一番苦手な日」が「鏡に映す大切な機会」に
思い起こすと、初めてこの議長席に立ちました2010年6月、私にとって、株主総会は「一年のうちで一番苦手な日」だったかもしれません。
しかし、議長を務めた14回に及ぶ総会で、株主の皆様からのご質問にお答えする中で、私たちは、これまでの自分たちが大切にしてきた価値観や、これから目指すべき方向など、改めて、多くのことに気づくことができました。
私は今、「株主総会は1年に一度、自分たちの姿を鏡に映し出す大切な機会だ」と思っております。
「台数や収益を一番に考えるのではなく、もっといいクルマをつくろうよ」
「世界一ではなく、町いちばんの会社を目指そう」
「石にかじりついてでも日本のモノづくりを守りたい」
これまで私がしてきた決断は、時代の潮流にも、トヨタの保守本流にも、逆行することが多かったと思います。
私が、大きな流れに逆らいながらも、なんとか前に進むことができましたのは、中長期的な視点に立ち、ずっとトヨタを応援し、ずっと私を支えて下さった株主の皆様のおかげでございます。
「トヨタがんばれ」「モリゾウがんばれ」。議決権行使書に書かれた温かいメッセージ、声には出されなくても、総会で見せてくださる皆様の表情や大きな拍手に背中を押していただき、何とかここまで来ることができました。本当にありがとうございました。
すでに次世代のクルマ屋たちの「未来を変える闘い」は始まっております。何が正解かわからない中で、うまくいくことよりも、いかないことの方が多いと思います。
彼ら彼女らは、その「ありのままの姿」を、株主総会でお見せすると思います。
どうかその挑戦、長い目で見ていただき、私以上のご支援をたまわりますようお願い申し上げます。
14年を振り返り伝えた感謝
感謝を伝える声が震え、瞳は涙で濡れていた。
社長就任時に誓った「現場に一番近い社長でありたい」との言葉通り、豊田章男は社長室ではなく、現場に居続けた。
自ら先頭に立ち、行動で「トヨタらしさ」という価値観を示し続けてきた。
「過去に時間を使うのは自分の代で最後にしたい。次の世代には、未来のために時間を使わせてあげたい」と孤軍奮闘を続けてきた。
そんな背中を見て、志に共感する仲間が一人、また一人増え始め、経営基盤も整ってきたからこそ、トヨタは未来に向けて挑戦を掲げられる会社に変化してきた。
豊田会長はグローバルトヨタ37万人が「自分と未来は変えられる」ということを示してくれたと語ったが、その背中に「自分と未来は変えられる」ことを教わった従業員も少なくないはずだ。
「時代の潮流にも、トヨタの保守本流にも逆らう」豊田会長の決断が度重なる危機からトヨタを救ってきた。そして、その決断を後押ししたのが、総会を通じてエールを送り続けてきたサイレントな株主の存在である。
深々と頭を下げ、心からの感謝を伝える議長に大きな拍手が贈られた。「ありがとう」を伝える「しんがり社長」へ「ありがとう」を届けているようだった。