世界初の液体水素車、完走までの1年半 第2戦富士

2023.06.30

液体水素を燃料とするGRカローラが24時間レースを完走した。開発が始まって1年半。世界初の挑戦はいかにして成し遂げられたのか? 現場に密着した編集部がその軌跡をレポートする。

24時間の戦い 進化はクルマだけではなく…

開発の評価段階から、レース本番まで開発陣が一番苦労してきたのが、タンクから液体水素を送り出すポンプだった。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

伊東主査が「液体水素の技術の中で今一番難しい」と言うように、-253℃という極低温の環境で、24時間機能する部品の強度や信頼性があるとはいえなかった。

したがって、本戦では安全な走行のために、あらかじめ夜と朝、2度のポンプ交換を計画。壊れてしまう前に替えることにしていた。

しかし、その作業は大掛かりなものだ。まず、水素を抜いて、安全な窒素に置き換え、新しいポンプに替える。その後、窒素を抜いて、水素ガスを入れて、最後に液体水素を入れる。

1度目の交換作業には4時間かかった。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

翌早朝、2度目のポンプ交換を控えたころ、開発陣のもとにドライバー・モリゾウがやってきた。伊東主査と話し、1回目の交換作業に4時間かかったことを聞くと、「じゃあ(次は)3時間だね」とニヤリ。

伊東主査は「折衷案で3.5時間でお願いします」と伝えると、「限界を自分で決めないこと!」と発破をかけられた。

実際、3.5時間というのは単に間をとった時間ではない。メカニック、エンジニアが何度も練習してきて見積もった限界値だった。

しかし、この“激励”にスイッチが入ったメンバーは、ここ一番の集中力を発揮。3時間もしないうちに、再びエンジンに火が入ると、ピットは大きな拍手に包まれた。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

ポンプを交換したのはプロのレースメカニックではなく、トヨタの開発現場で働く従業員たち。24時間レースという過酷な現場で、クルマだけでなく、人も鍛えられ、今までにない進化を遂げた。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY
撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

挑戦で広がる仲間の輪

クルマも人も鍛えられた24時間レース。途中で大きなトラブルでピットインすることなく、358周、1,634kmを走破した。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

それは、奇しくも、気体水素で初めて24時間レースに挑戦したときと同じ周回数だった。水素の新しい可能性を見出して、再びスタート地点に立つ。そんな巡り合わせを感じるレースになった。

24時間の戦いを終えた山本主任は、「初めはポンプで1滴も送れないところから始まって、いろんな会社の方と協力して、やっとクルマが走れるところまで持ってこれました。いろいろな挫折もありましたが、何とかここまでたどり着けました」と感謝を述べた。

豊田会長はレース前の朝礼で、チームメンバーにこんな言葉を送っている。

「時はカーボンニュートラル。意志と情熱ある行動で、未来の選択肢を広げようと、水素のエンジンを搭載したGRカローラが今年も参戦します。毎回、S耐の場で開発を進めてきて、その都度、仲間が増えてきました。今回、燃料が液体になるということで、さらに仲間が増えました。このクルマが1周でも多く、1秒でも長く走ることによって、未来への扉をさらに広げていきたいと思います」

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

今回のレースでは、京都大学、東京大学、早稲田大学と液体水素ポンプ用の超電導モーター技術の共同研究をすることも発表された。

超電導とは極低温環境下で電気抵抗が0になる現象のこと。-253℃という液体水素を送り出すポンプに応用することができれば、ポンプやそれを駆動させるモーターを小型・軽量化できる可能性があるという。

新しい挑戦を起こすことで、新しい仲間が増えていく。新しい仲間が増えることで、まだ誰も見たことのない新しい未来が開けていく。意志と情熱をもって起こした行動の輪を大きなうねりに変えていく。

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